『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか: 知られざる戦後書店抗争史』
もうだいぶ前から書店は減りつづけています。出版不況だからとかいろいろと言われていますが、この本を読むと、どうやら、根本的に、「書籍の店頭販売」という我々が思う「書店」は経済的に成立しないものらしいことがわかります。少なくとも戦後は、学校向けの楽器やスポーツ用品、文具、雑貨、タバコ、各種レンタル、中古ゲームなど、高利益率・高単価の「おいしい兼業」に頼ってなんとかしのいできたということのようです。
どうしていまのような仕組みになったのかについては本書を読んでいただくとして……出版社~取次~書店~消費者という流れにおいて、各プレイヤーは、仕組みや関連する各種法律という枠組みのなかで、自分にとって経済的となる行動を取ることになります。そのとき、出版社・取次など取引条件などを決める力を持つところは(儲かるようにさまざまな条件を変えたりできるから)なんとかなるわけですが、そういう力のない零細書店は、しわ寄せを受けるような形になり、苦境が続いてしまいます。資本主義経済ならそうなるのが当たり前というか、資本主義経済を前提にするかぎり、出版社や取次の判断や行動を責めるのはお門違いでしょう。
そんな苦しい状況でもそれなりに続けてこられたのは、書店(個人経営の小さなところも多い)がまとまって業界団体を作り、条件の悪化にあらがってきたことも一因としてあるようです。ですがそれも、「競争の不当な制限である」などと公正取引委員会から指導され、牙を抜かれてしまいました。公正取引委員会は、競争で商品価格が下がったほうが消費者にとっては利益だと考えるからです。
「まとめ」の章には、以下のように書かれています(366ページ)。
■「業界一律の条件設定」「業界団体同士の団交」「他の事業者の施策や取引条件への干渉」が封じられた1981年時点で書店団体および中小書店は競争と淘汰が起こる見通しと覚悟を持つべきだった。
ここを読んだとき思いました。我々出版翻訳者も、「淘汰が起こる見通しと覚悟を持つべき」なのかもしれない、と。
印税率など出版翻訳は条件が厳しく、専業で食べていくのは無理だ、業界団体を作って交渉するくらいのことをしないといけないのではないか――そんな意見も目にすることがあります。でも、本書を読むと、昔ならいざしらず、いまは、そういう形で経済的に実効のある成果は得られないであろうことがわかります。個人経営が多い零細書店がまとまって業界団体となり、なんとか食える条件を獲得しようとしたら独禁法に抵触するおそれがあると横やりが入るのでは、個人事業主である我々が業界団体を作っても同じことになりそうです。個人事業主が労働組合を作るケースも報道されていますが、団体交渉権を持たないところもあるなど、いろいろと難しいようです(←私は、このあたりに詳しいわけではない)。
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