翻訳-具体的な訳し方など

2011年11月18日 (金)

アップル「think different」広告の日本語訳

翻訳に正解はありません。明確なまちがいはありますが、まちがいとまでは言えない範囲にはいるとあとはいい・悪いの世界になります。また、いい・悪いも、明快な基準があるわけではなく、最後は読み手との相性で決まることになります。

プロの翻訳としていいか悪いかという判断は、「幅広い人と相性のよい翻訳がいい、ごく一部の人としか相性がよくない翻訳は悪い」と考えればいいと思います。細かいことを言いだすと例外もあるはずですが、まあ、一般的にはということで。

一例として、アップルが昔使った「think different」広告の日本語訳を3通り、並べてみます。

  • アップルが日本語版で使った訳(公式訳)
  • アップルやジョブズ関連で有名なITジャーナリスト、林信行さんの訳
  • 井口訳

読み比べて、自分はどれがいいと思うのか、それはなぜなのか、考えてみるとおもしろいと思います。

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2011年6月15日 (水)

「~や」

え~、なんというか、翻訳を仕事にしている人間がこういうことを言ってはいけないのではないかという気がしていままで翻訳関係の仲間にもあまり話したことがないのですが……実は、翻訳本、苦手です。それなりに買うのですが、最後まで読めずに放りだすことも珍しくないほどで……

カミングアウトしたのは、先日行われた翻訳フォーラム勉強会のときがはじめてだろうと思います。

どうしてこうなってしまったんでしょう。小学生時代は推理物のルパンやホームズ、ファンタジー系のナルニアあたりをくり返し読んでいたし、中学から高校にかけては、バローズの火星シリーズとか(地底シリーズとかもあったような???)、レンズマンのシリーズとか、必ず買って読んでいました。っていうか、あのころは、日本人作家というと文学全集みたいなものにはいってる人くらいしか知らず、そういう人の本はおもしろくないと、翻訳物のSFを中心に読んでいた記憶があります。

その後、いつどうなったのかはわからないのですが、少なくとも、ここ20年ほどは、翻訳物を読むのがかなりつらくなってしまいました。

例外として強烈に記憶しているのが『さゆり』(↓)です。

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2011年5月 7日 (土)

原著者が日本語を知っていたらどう書くか

先日のエントリー、「『越前敏弥の日本人なら必ず悪訳する英文』刊行記念講演会」でも取り上げましたが、「原著者が日本語を知っていたら書くはずの日本語にする」という基本方針のもと「表現に対する原著者の工夫をどこまで織りこむか」というのは悩ましい問題です。

このブログに書いたエントリー関連でも、古くは、2005年に書いた「『スティーブ・ジョブズ-偶像復活』」のコメント欄における"Two years later, CG closed its doors."の話とか、最近では、昨年の2010年夏にいろいろと検討した「『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』-誤訳の指摘」の"Apple Unleashes Leopard Operating System"などがあります。

原著者がある表現を使った背景にはそれなりの理由があるはずです。逆に言えばそれ以外の表現を使わなかった、使いたくなかった理由があるはずなのです。もちろん、なんとなく書いただけってこともあるわけですが。

ともかく、工夫については、工夫の「意図」が翻訳の読者にも通じるようにすべき、そうしたほうがいいのは明らかでしょう。でも、原文における工夫の意図を伝えようとすると普通の表現ではなくなり、「わかりにくい」「日本語が不自然」「翻訳がおかしい」という感想を持つ人が出てきがちです。説明っぽくなりがちなのも問題です。ある意味、ノイズとして、読者の足を引っ張ってしまうのです。

この問題は、ここ数年、ずっと頭の片隅に引っかかっていて、折々検討してみたり、訳文の中で実験して様子をみたりしているのですが、自分の中でどうにも折り合いがつかず、困っています。

というわけで、『越前敏弥の日本人なら必ず悪訳する英文』に出てきた"While a cat is away, mice will play"をネタに、何をどう考えたらいいのか、改めて検討を加えてみたいと思います。

念のため申し添えておきますと、『越前敏弥の日本人なら必ず悪訳する英文』の内容をあげつらおうという話ではありません。あの本は翻訳初心者が対象読者の中心であり、そういう人に向けて方向性を示すという意味において、あの記述はそのままでアリだろうと思います。ここで行うのは、あくまで、あの話をきっかけとして、いろいろ掘り下げてみようというものです。

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2011年4月 9日 (土)

Stay Hungry. Stay Foolish.

スタンフォード大学の卒業式における祝辞でスティーブ・ジョブズが締めに使い、有名になった一言です。この一言、私は、「ハングリーであれ。分別くさくなるな。」と訳しています。この祝辞があったころ、ちょうど『スティーブ・ジョブズ-偶像復活』を訳していたところだったので、訳者あとがきでとりあげたのです。

「ハングリーであれ。馬鹿であれ。」という訳し方が広まっているようですが(ほかに「ハングリーであれ。愚かであれ」などもあります)、私としては、やはり、「分別くさくなるな」のほうがいいと思っています。

どうしてそう思うのか、何をどう考えて「分別くさくなるな」としたのかを簡単にまとめてみたいと思います。

この件についてはブログを別サイトで書いていたときに記事を書いた記憶があるのですが、今、サイト検索をしてもみつけることができません。移行時にトラブって消えてしまったのかもしれません。

今もまた、ジョブズが登場する書籍の翻訳を進めているのですが、当然ながら、そこにも"Stay Hungry. Stay Foolish."が登場します。それでこの話を思い出したのですが……それはまあ、置いておいて。この数年の状況の変化も考慮にいれ、改めて考えてみましたが、やはり「分別くさくなるな」だろうなぁと思います。悩ましいですけどね(悩ましくないことなんて、産業系も含めてほとんどありませんけど)。

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2011年2月10日 (木)

百聞は一見にしかず

仕事で、"Cold Stone Creamery"というアイスクリームショップの話が出てきました。どんな感じでサーブしてくれるかが書かれているのですが、"scoop rich, delicious ice cream, slather it on cold granite, and mix in any ingredient"とか"Toss a tip into the jar"とか、どうなってるのって感じです。字面からは、「アイスクリームを冷たい石に塗る」みたいな話で、それもなんじゃらほいですし、"Toss a tip into the jar"にいたっては想像もつかない。文脈からtipはいろいろ混ぜてできたアイスクリームを指しているように思うのだけど、それをTossするって? いや、投げたら落としたりするでしょう、普通。

言葉からだけでよくわからないと思えば事実確認。最近のことなので動画があるんじゃないかと検索してみました。Googleの動画検索で「"Cold Stone Creamery"」をチェック。

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2010年10月12日 (火)

「に」が連続したときの書き換え例

先日、「『の』の連続は避ける」というエントリーを書きましたが、そのとき、「"の" に限らず助詞の連続はなるべく回避する」というコメントをいただき、「『に』なんか、よく重なりますよね」と書いたのですが、ふと気づけば、ネタ帳(^^;)に例文がメモってありました。

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2010年9月25日 (土)

a(b + c) や (a + b)c の訳し方

「IT翻訳者の疑問」の「[Linguistic Reviewerの疑問]a(b + c + d)をab + ac + adと訳す手法?」で、a(b + c + d)をab + ac + adと訳すのはよくないというようなことが書かれていますが……なぜ、いけないのでしょうか。というか、そうしないとおかしくなることのほうがむしろ多いと私は思うのですが。

前にも書きましたが、数式を展開するみたいに「mobile devices and applications」を「モバイルデバイスとモバイルアプリケーション」と訳すというやり方がしばらく前から流行しているような気がします。私の経験では、こう訳す翻訳者は一人や二人ではないし、翻訳会社から支給されるTMにも登録されていることがありますが、どうやって流行していったんでしょうか。こういう表現は「冗長」だといって嫌われるものだとばかり思っていましたが。

英語の構造からだけ判断するなら、"mobile devices and applications"という場合、そのアプリケーションはモバイルなアプリケーションか、モバイルかどうか関係なくすべてをひっくるめたアプリケーションか、いずれかですよね? で、内容的には、そのアプリケーションもモバイルなものということが多いでしょう。

アプリケーションもモバイルだとすれば、訳し方は、「モバイルデバイスとモバイルアプリケーション」か「モバイルのデバイスとアプリケーション」か、どちらかしかないでしょう。

後述するコメント欄でbaldhatterさんが指摘されているケースの順番逆版として、「モバイル・デバイスおよびアプリケーション」なんて、さすがにやらないですよね?

で、これだけならどちらでもいいっちゃいいんですが、たとえば原文が"the latest mobile devices and applications"だったら? 「最新のモバイルのデバイスとアプリケーション」は「の」が連続するというのも問題ですし、「最新」がかかる位置の問題から変な日本語になってしまいます。「最も新しい、モバイルのデバイスとアプリケーション」なら一応、日本語として成立すると思いますけど、ローカリ系なんかで"the latest"は「最新の」と訳せなんて言われていたらどうにもなりません。こちらを「最新の」とするなら、全体は、「最新のモバイルデバイスとモバイルアプリケーション」にするしかないでしょう。

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2010年7月14日 (水)

『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』-誤訳の指摘

『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』、先行販売分を買った方などから、明日からの一般販売を前に続々と書評があがっています。そして……はい、出てしまいました。「誤訳や安易な訳が多いのが唯一の難点だ」という書評。

訳者としては、もちろん、いちばん出てほしくないたぐいの話なのですが、「翻訳が正しいか否かは翻訳後に決まる」でも書いたように、「どうがんばっても一定数には届かない」のが翻訳なので、出てしまうことが避けられないものでもあります。もちろん、人間がする以上、ミスをゼロにすることも不可能で、解釈間違いという狭義の誤訳さえもやってしまう可能性だってあります(『スティーブ・ジョブズ-偶像復活』では、1個所、解釈間違いという大誤訳が残っており、読まれた方にブログのコメント欄で指摘していただきました)。

世界は舞台、人生はプレゼン。そしてジョブスのキーノートはその道しるべ」(Lifehacking.jp)に、内容がすばらしいという絶賛のあと(内容の良し悪しは著者の責任であり、我々翻訳者は著者の足を引っぱらないことが基本的な仕事です)、最後に(↓)とあります。

難点など

唯一の難点は、あきらかな誤訳や、安易な訳に逃げた箇所や、音読していればさけられたはずの日本語の間違いが少なからずある点です。

“We’re here to put a dent in the universe” を「宇宙に衝撃を与える」と訳すのは言葉が足りない気がしますし、p.31 の「レオパードからリードを外す」「アップル、iPod を詰める」はまったく意味をなしていません(原文は、”Unleashes Leopard” つまり「Leopard を解き放つ」と、”Apple Shrinks iPod” 「アップル、iPod を縮小する」)。

「少なからず」と書かれているので、おそらく、ここに挙げられたほかにもいろいろと気になったところがあるのだろうと思いますが、とりあえず、挙げられた点について何を思って訳したのかなどを書いてみましょう。こういう裏話を聞きたいと翻訳者仲間からはよく言われますので。

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2009年10月15日 (木)

計画とのギャップが生じるのは実行か実績か

1カ月ほど前に納品した案件について大元の発注者からフィードバックがあったので、そのコメントを参考に全体を見直し、修正して納品しなおしてもらえるかとの連絡がありました。

直しを見ると、誤変換1個所(「他品種」→「多品種」。お恥ずかしいことに見逃しがありました)と今見直すと直された形のほうがいいなと思う点が一つあり、そこはもちろん直さなければならないわけですが、あとは、好みの問題でどちらでもいいものが2割(固有名詞を当該クライアント内でどう表記するかを含む)、残りが改悪という感じでした。改悪であっても、産業翻訳の場合、どうしようが最終的に使う人の自由なので、直すことは別にかまわないと言えます。産業翻訳において我々は材料の下ごしらえをすることが仕事であり、いかに後工程で使いやすいものを出すかが勝負だと言ってもいいでしょう。

ただ、それ以外の部分でかなり字面訳寄りへと直されているところが何カ所もありました。当然、文脈も無視して一文単位で英語の形式を踏襲した訳になっています。「コメントを参考に全体を見直して修正」ということは、つまり、字面訳寄りにしろということなのでしょう。それはさすがにちょっと……。これまた発注元の好みの問題なので字面訳がいいならそれで私はかまわないのですが、そういう案件なら私が訳すことはないし、私よりもずっと発注元の好みに合った訳文をあげられる人がほかにたくさんいるはずです。

というわけで、おかしな直しが多いが直せということなら単語レベルは直す、訳文の直しは対応できないので、私への支払いをあててくれていいから別の人に訳し直してもらってくれという返事を出しました。

下手な相手に出したらけんかになるのでよい子はマネしないように。このくらい言ってしまっても大丈夫なくらい窓口の人には信頼されていると思うから今回は書いてしまいましたが、私も普通はこんなこと書きません。

厳しいことを書いたメールにはこちらが恐縮するくらい丁寧な返事をもらい、結局、窓口部署のほうで直すことになりました。

それはともかく。

いい機会なので、守秘義務に触れない部分の例を何点か紹介したいと思います。

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2009年10月10日 (土)

「最大」と「最大級」

翻訳会社、Dynawordさんの「誤訳の泉」、第4回は「和訳編:『the biggest』は『最大級』?」でした。

ココ、ちょっといろいろあってときどき読みにいってます。

"the biggest"を「最大級」と訳してある例をよく見るがコレは「最大」に直す、という記事で、書かれている内容については異議がないのですが……この話を取りあげるなら、「最大級」などと訳すべき"one of the biggest/largest"を「最大のものの一つ」と訳してあることが多い件も取りあげて欲しかったなぁ。

書かれている内容には異議がないが、"the biggest"を「最大級」と訳してあることが多いという話には驚いた。きちんと考えればきちんと訳しているはずだし、何も考えずに訳したら「最大」(あるいはその同意語)に訳すだろうと思っていたから。

"one of the 最大級"というのは英語でよく出てくる表現。コレが「最も~なものの一つ」的に訳されているのをよく見かけます。何が言いたいのか分かるのは分かるし、そういう意味で誤訳ではないと言うことが不可能ではない表現なのだけれど……日本語として不自然でしょう。違和感を感じる人は多いようで、「"one of the" 違和感」などでググると「おかしい」という意見を書いている人たちがけっこういます。逆に言えば、多くの人が気になるくらい「最も~なものの一つ」みたいな書き方が増えたということでしょう。

"one of the 最大級"はその性質においてトップクラスであることを意味しているので、大きさなら「最大級」とか品質なら「最高級」とか、多くの場合、「~級」型の表現ですませられます。ほかにも「有数の」「指折りの」みたいな表現も使えます。もうちょっと広げれば「秀逸」などの表現もあるし、「とても優れた」みたいな形もあり得ます。英語がくどすぎ、訳文側でさらっと流したほうがいいなんて場合は、逆に、「優れた」的な表現にとどめたほうがよかったりもします。

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