『「編集手帳」の文章術』
これはよかった。一読をお勧めします。
文章術というと、どういう材料をどう料理するかが中心のことが多く、「そのあたり、翻訳ではさわれないんだよなぁ」と思ってしまいます。この本もそういう部分がけっこうありますが、文の書き方や単語の選び方などに割いている紙面も多く、翻訳の仕事にもかなり役立ちそうです。
以下、役立ちそうだと感じた部分で私が思ったことです。詳しくは、本のほうを読んでみてくださいませ。
■第1章 私の「文章十戒」
●【第四戒】第一感に従うなかれ
●【第八戒】「変換」を怠るなかれ
本書で第一感はどういう材料をどう料理するかについて書かれていますが、我々なら「どう訳すか」について同じことが言えると思います。「最初に浮かんだ訳は使わない」――そのくらいのつもりで「変換」を試みる。最終的に、最初に浮かんだ訳に戻ることだってありますが、それは、最初と同じ訳だけど違う訳です。そこだけ見れば同じ文字が並んでいるけど、この過程を踏むか踏まないかで文章全体は違うものになっていて、全体の中に置かれたとき、その文が果たしている役割というか、その文の効果というか、伝わり方が違う、という意味で。
●【第三戒】大声で語るなかれ
●【第六戒】刑事コジャックになるなかれ
●【第七戒】感情を全開にするなかれ
このあたり、特に英日で、大げさな英語をそのまま訳すと抵触する「戒」だと言えます。私はかなり気にして調整しているほうだと思うのですが、もっと思い切りやったほうがいいのかもなと、最近、また、悩んでいます。
●【第二戒】接続詞に頼るなかれ
ここは微妙。
英語は接続詞が少ないので(そのかわり文の並び順に意味があったりする)、英日のとき、原文では隠れている接続詞を表に出す必要があったりします。翻訳者の成長段階としては、まず、これができるようにならなければなりません。原文で文同士の関係を読み取る。この文はなぜここにあり、どういう役割を果たしているのかを読み取る。そして、同じ関係・役割になるように訳文を組み立てる。そういう処理ができるようにならなければならないということです。
これができるようになったら、次は「接続詞がなくても流れる、文同士の関係や各文の役割がわかるように訳文を組みたてる」に進みます。「接続詞に頼るなかれ」に入るわけです。
■第3章 「出入り禁止」の言葉たち
ここに取りあげられている言葉、私はあんまり気にせず使っているものが多いですね~。アイデンティティとか「使う必要を感じません」とありますけど、英日の翻訳ではアイデンティティがキーワードになっていて、ひとつの単語でずーと通さなきゃいけないみたいなことが少なくありませんし。
産業系はもちろん、ノンフィクションも消費期限が短いので、言葉の陳腐化とか、あんまり考えてもしかたないかなとも思います。崩した言葉も、それなしだとキャラ立ちが難しかったりしますし。
出入り禁止にまではせず、気にして、ひとつずつ、ひとケースずつ、使う・使わないを判断していく、くらいだと思います。こういう言葉をどこまで使うかは、分野や文書によって大きく違うはずですから。
■第4章 耳で書く
翻訳は基本的に文字で読んでもらうものです(吹き替えなどは例外)。なので、あまり当てはまらないと言えば言えるのですが、でも、世の中に出回っている翻訳を見ると、もうちょっと耳にやさしくしてもいいんじゃないかと思ってしまうのもまた事実でして。単語の選び方という面でも、文の構造という面でも。(本書のテーマ、「編集手帳」も基本的に文字で読んでもらうものなので、そのあたり、実は同じです)
私自身の翻訳も、文の構造、これでいいのかと感じることがけっこうあるのですが、そのあたり、この「耳で書く」を実践すると少しよくなるかもしれません。やってみます。
●テン、「の」
p.122~125あたりで、テンの打ち方や「の」の連続に関連して、いろいろと書き換えてみてどれがいいのか選ぶという話が実例入りで紹介されています。
思いました。これよこれ、これなのよ。テンの打ち方とか「の」の連続についてこのブログで書いてきたこと。実例があるとわかりやすいなぁ~って(サボったやつがなにを言う^^;)。
産業翻訳は事実を正確に伝えることが求められる――そのとおりです。事実が正確に伝わるのが一番大事なのだから、ここに書いてあるようなことまで気にすることはない……なんでしょうか。いや、まあ、「気にすることはない」と言われれば、そうでしょうねとしか答えようはないんですけどね。でもでも、「気にして悪いことはない」はずだし、「気にした方がベター」でもあると私は思います。だからベターを追求したい。そして、そこに価値を見いだしてくれる人と仕事をしたい。そう思うのです。
■第5章 ここまで何かご質問は?
●ひらがなと漢字
●カタカナ言葉
ここの内容も、上のテンや「の」について書いたのと同じことが言えると思います。
産業翻訳は事実が正確に伝わるのが一番大事なのだから、ここに書いてあるようなことは気にすることはないのかもしれないけど、気にして悪いことはないし気にした方がベターであり、私は、ベターを追求したい、と。
●欠点と反省
①~④は、そうそう、そうなのよねぇと思ってしまいました。⑤だけは違いますけど、それは訳文についてであって、ふだん書いている文章については同じことを思っていたりします(^^;) だれしも同じようなことを悩むんでしょう。そう思えば、少しは慰めになる!?
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コメント
どうもバッカイさんの言葉は僕の心にささる。
思考の焦点が自分と(たぶん)似ている上に、それを論理的かつ親しみやすい文章で書く能力に長けていらっしゃるから、私の琴線に触れるのかなあと思います。
この記事でズキュンと心を打ち抜かれたのは、「耳で書く」です。
これは20年くらい前から私がこだわり実践してきたことじゃないかと思います。
「耳」で聞いてすんなり理解できる訳文を目指して、私の訳文は100%、高性能な音声合成エンジンの読み上げによる校正を経ています。
耳で聞いてすんなり理解できる訳文が私の理想だからです。一次訳作成中も、最終的な自己添削中も、何度も音声合成エンジンに読んでもらって、自分がすんなり理解できるかどうかを試しています。
地元での翻訳者の勉強会でこの手法を熱く語ったこともあるのですが、私が話し下手で準備も十分でなかったこともあって、出席者の心にどれほど響いたかはわかりません。
投稿: べんがら | 2022年10月20日 (木) 19時30分
>> どうもバッカイさんの言葉は僕の心にささる。
お~、うれしい言葉、ありがとうございます~m(._.)m
投稿: Buckeye | 2022年10月24日 (月) 15時54分