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2019年10月25日 (金)

逃げ切り世代

このところMTが業界内で話題になっていますが、その関係でキーワードになっているように思える言葉があります。標題の「逃げ切り世代」です。今年のJTF翻訳祭でも、この言葉が出てきたというツイートを見かけたりしています。

その状況を見ていて思ったことを記しておきたいと思います。

■「逃げ切り世代」など存在しない

いや、まあ、私も、今年はじめ、通訳翻訳ジャーナルに書いた記事で「逃げ切り世代」なる言葉を使っていたりするのですが……でも、改めて考えてみると、「逃げ切り世代」などというものは、基本的に存在しないのだと思いました。

仮に、今後、MTPEなりMTなりがどんどんこの業界を侵食していくとして、どの「世代」だったら逃げ切れるのでしょう。70歳以上? 60歳以上? 50代は? 40代後半くらい以降?

70歳以上とか60歳以上とかだったら、逃げ切れなくなったら引退すればいいと思っている人も少なからずいるでしょう。そういう人は、ある意味、たしかに、逃げ切れますね。でも、なにがしかの理由で、死ぬまで働きたいとか××までは働きたいとか思っていたら、逃げ切れない可能性が出てきます。

だいたい、翻訳は実力の世界なわけで、実力がどのレベルなのかによって、いつごろ、MTPEなりMTなりに「追いつかれる」のか、大きく違ってきます。言い換えれば、年齢と関係ないところで決まるわけです。つまり、「世代」で逃げ切れるなんてことないんです。

実力と年齢と仕事の種類とによって逃げ切れる人もいれば逃げ切れない人もいる。そのような状況で、最終的に逃げ切れた人は、のちに、「自分は逃げ切り世代だった」と言えますが、逃げ切れなければ、「逃げ切り世代だと思ったんだけど……」となるだけのことでしょう。

結局、「逃げ切り世代」など存在せず、「逃げ切れた世代」が後に出てくるだけのことなんじゃないでしょうか。

■逃げ切り世代と思うのは危ない

さらに、自分は逃げ切り世代だと思うのはかえって危ないとも言えます。

なぜか。

「逃げ切り世代だと思う=自分は逃げ切れると思っている」だからです。逃げ切れると思えば隙ができます。だって、大丈夫なんですから。しゃにむに前に進むモチベーションが弱まることこそあれ、強まることはないでしょう。「××、やろうかな。いや、まあ、いいか。私、逃げ切り世代だし」と、つい、甘えが出がちなのが人間というものです。少なくとも、私はそうですね~。

そして、後退が始まります。これまたそういうものです。だって、「人は下りのエスカレーターに乗っている」のですから。

逃げなきゃいけないのに後ろに下がる? そんなの、追いつかれるに決まってますよ。

■狙うべきは「逃げ切る」

逃げ切り世代という言葉から受ける印象は、「逃げ切れる」です。でも、のほほんとしていても必ず逃げ切れるなんてことは、前述したように、ありえません。

「逃げ切れる」なんて思ってちゃだめです。なにがなんでも逃げ切ってやる――そう思わなきゃ。

「逃げ切れる」は受動的、「逃げ切る」は能動的なんです。「逃げ切る」ためには努力が必要。やれることはなんでもやって、逃げまくるんです。そうすれば、まだまだ逃げ切れる可能性はあります。それこそ、いま、若手の人にだって。簡単だとは言いませんけどね。

今回のJTF翻訳祭で、機械翻訳は今後どんどん普及し、30年後には99%が機械になるという予想を示された方がおられたようです(どなたかのツイートで見ました)。たぶん、機械翻訳の導入に積極的な翻訳会社の方なんじゃないかと思いますが、ともかく、仮にその予想が正しかったとして、残り1%に入れれば逃げ切れるってことですよね。

椅子取りゲームで1%に残るのは無理と思うかもしれませんけど、でも、ネット経由でちらちら見ている現状からすると、かなりの人数がはなから椅子取りゲームに参加しないであろうと思われます(あきらめてそっちに流れる人が多いと思いますが、積極的に導入する人もいるでしょう)。また、今後新規参入する人はMTPEから入るものと思ったりするでしょう(いま、CATツールありきで入ってくる人たちのように)。あと、30年後の話が考えられる人は、せいぜい30歳代の人ですよね(私なんて30年後にはこの世にさえいない)。その人が、30年後、自分が最年長クラスになったとき1%に入れればいいわけです。そのとき、自分よりある程度下の世代は、はなからMTPEに行った人ばかりになっている。翻訳者の仕事寿命をえいやっと40年くらいだと仮定すると、その1/4、10年分くらいの人が競争相手になりうるという感じでしょうか。で、たとえば少なくともその半分とかははなから椅子取りゲームに参加していない。そんなこんなを考えると、10%強の人が1%の椅子を取り合うことになりそうです。言い換えれば、椅子を取り合う中で上位10%くらいの実力を身につけられれば、30年後には99%が機械になるという予想が正しかったとしても、逃げ切れることになります。そして、いま、40代とか50代とかで仕事人生の残りがそこまでない人は、もっと緩い条件で逃げ切れるわけです。

ま、そんな小難しいことは考えず、MTを使わない翻訳がしたいなら必死でそれを追求するだけでいいんだとは思いますけどね(苦笑。自分であれこれ書いといて、それ言うんかい)。20年後、逃げ切れなくなったら、どうするか、そのとき考えればいいわけですし。仮にそのとき、MTに行くとして、20年後に行くのといま行くのと、どっちが自分の望みに近いのかといえば、そういう人は、まちがいなく、行くのが遅い方がいいはずですから。そして、そのほうがいいのであれば、逃げ切れるか逃げ切れないかと心配なんてせず、逃げられるだけ逃げてやると逃げまくるのが、たぶん、一番、幸せなのではないでしょうか。

私は、20年あまり、逃げまくってきてよかったなと思っています。

■道は自分で選ぶ

こういう話のとき、必ず言うんですが……もちろん、逃げないという選択肢を選ぶのも個人の自由です。そのほうが自分にとっていいと思う方はどうぞご自由に。

余談ながら、私だったら、「逃げない」は選択肢として考慮しませんけど、ね。考慮するなら「積極的に導入する」「先行する」ですね。積極的に導入して先行者利益を狙うか、逃げるかの二択ということです。「流される」のは最悪ですから。

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コメント

こんにちは!

→JTF翻訳祭で、機械翻訳は今後どんどん普及し、30年後には99%が機械になるという予想を示された方がおられたようです

こちらは、ちょうど私が参加していたセミナーの中で話された内容だったと思うので、状況をお伝えします。

こちら、別のブログで書かれていた「サバイバル戦略」の中で話されていた内容で、その中で登壇されていた翻訳会社の方(PEはできるだけ入れたくない、という立ち位置の会社の方です)が話していました。

2種類の数字が示されて、
ワーストケースだと、
1:99 (人間翻訳:機械翻訳)、

そうじゃない場合、
5:95

くらいかな、という話でした。

この投稿での「逃げ切り世代」の話とは、ずれてしまいますが、ちょうど聴講した内容だったので、お伝えします。

投稿: 朱宮令奈 | 2019年10月27日 (日) 00時34分

情報、ありがとうございます。そういう話だったんですね。

検討という意味では、最悪ケースを考えておくのが一番なので、ブログ記事はそのままにしておきます。

ワーストケースじゃなくても5:95、ですか。けっこう、我々にとっては厳しい数字ですね。でも、いま、CATツールが入っているあたりはほとんどぜんぶ、MTが導入されるでしょうし、MTPEで安くなれば市場も広がるだろうしで、あながち否定もできない数字という気もします。ま、あくまで予想ですし、それも、たくさんのデータから導き出したものというより、えいやっと出してこられたもので、当たるも八卦当たらぬも八卦の世界だと思いますけど。

投稿: Buckeye | 2019年10月27日 (日) 09時27分

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