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2019年10月

2019年10月30日 (水)

JTF翻訳祭2019のレポートを読んで思ったこと-その2「MTPEと実力涵養」

JTF翻訳祭2019のレポートを読んで思ったことの第2弾です。前回に引き続き、屋根裏通信のレポートから(余談ながら、ここのイベントレポートはいつもすばらしいできです)。

翻訳祭2019(於:パシフィコ横浜)」@屋根裏通信

今回は、3時間目「NMT+PE=医学翻訳の新たな潮流」(津山逸)から。

>> 人力翻訳能力が高い翻訳者でなければよいPEはできない

これは、まあ、そうでしょうね。翻訳能力が高い翻訳者ほどPEをやりたがらないという問題がありますし、そこに理由があるというか、その理由がMTPEの欠点だったりはするのですが、「MTPEをする」を前提に考えるのであれば、上記のとおりでしょう。ほかのセッションでも、似たような話が出たようですが、まっとうに考えればそういう話になるので、当たり前だと言えます。

>> 100点を求める必要はない。「ちょうどよい」レベルでよい。

これは、MTPE推進派の方々がよく言われることですが、しごく妥当な話だと思います。基本的にコスト削減が目的なわけで、MTPEにおいては、「ちょうどよい」レベルを超える部分は過剰品質だと考えるべきでしょう。

また、レベル40のMT出力をレベル60まで引き上げるなら最低限の手直しですむかもしれないが、その先、レベル60→レベル80とか→レベル90とかは加速度的に修正量が増え、そのどこかで「訳直した方がはやい」となってしまいます。

というわけで、このあたりまでは、推進に賛成している方の意見として妥当ですねという感じなのですが……

>> ただし、常に100点のものができる実力はつけておく必要がある

はぁ?

「MTPEをする」を前提に考えたとき、その力、どうやって身につけるんでしょう。百歩譲って、その力がついてからMTPEをやれということだとしても、その場合、その力をどうやって維持するんでしょう。

何点なら「ちょうどよい」レベルなのかは案件によって異なるんでしょうけど、でもそれは、当然ながら、100点より低いわけですよね? ご本人も、「100点を求める必要はない。『ちょうどよい』レベルでよい」と言われているわけですし。毎日毎日、下手すれば1年365日、朝から晩まで、60点なのか70点なのか80点なのか、ともかく、「ちょうどよい」レベルのアウトプットを続けて、100点の力、維持できるんですか?

寝言は寝てから言ってください。

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2019年10月26日 (土)

JTF翻訳祭2019のレポートを読んで思ったこと-その1「multi-profession(複業)」

JTF翻訳祭2019について、ぽつぽつレポートが上がり始めました。企画された方々と登壇された方々ががっぷり組んで、全体として、とても勉強になるいい会になったようですね~。行けなかったのが残念です。

そのひとつでちょっと気になる部分があったのでこの記事を書いています。

「翻訳祭2019(於:パシフィコ横浜)」@屋根裏通信

まずは、2時間目「機械翻訳時代のサバイバル戦略」(井口富美子・梅田智宏・加藤泰・成田崇宏)において、生き残り戦略として提案されたとレポートされている(↓)です。

>> multi-profession(複業)で生きる

どういう文脈で出てきたのかわからないんですが、「機械翻訳時代のサバイバル戦略」のひとつが「複業で生きる」なはずで、ということは、普通に考えると、「MTが普及して翻訳業界の仕事じゃ食えなくなったら、なにか別のことも始めて複業にしたらいいんじゃね?」という話のように思えます。

んなアホな。

どんな商売でも軌道に乗せてお金を稼ぐのは容易じゃありません。片手間でやってがんがん儲かるなんて話はまずありません。たまたま、なにかについて人並み外れた目利きだとかがあればいいけど、普通の人がまじめにやって稼げる額なんてたかが知れてます。

……と、これだけでもいい気がしないでもないのですが、もう少し詳しく検討してみましょう。

念のため書いておきますが、この点がそんなはずないじゃんという話だったとしても、このセッションの全体がだめということにはなりません。っていうか、このセッション全体は、いろいろと考えさせられるとてもいいものだったと多くの人が評価していますし、そういう人たちが言っていることを読んでも、また、そもそもパネリストの顔ぶれを見るだけでも、よかったんだろうなと思うものだったりします。

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2019年10月25日 (金)

逃げ切り世代

このところMTが業界内で話題になっていますが、その関係でキーワードになっているように思える言葉があります。標題の「逃げ切り世代」です。今年のJTF翻訳祭でも、この言葉が出てきたというツイートを見かけたりしています。

その状況を見ていて思ったことを記しておきたいと思います。

■「逃げ切り世代」など存在しない

いや、まあ、私も、今年はじめ、通訳翻訳ジャーナルに書いた記事で「逃げ切り世代」なる言葉を使っていたりするのですが……でも、改めて考えてみると、「逃げ切り世代」などというものは、基本的に存在しないのだと思いました。

仮に、今後、MTPEなりMTなりがどんどんこの業界を侵食していくとして、どの「世代」だったら逃げ切れるのでしょう。70歳以上? 60歳以上? 50代は? 40代後半くらい以降?

70歳以上とか60歳以上とかだったら、逃げ切れなくなったら引退すればいいと思っている人も少なからずいるでしょう。そういう人は、ある意味、たしかに、逃げ切れますね。でも、なにがしかの理由で、死ぬまで働きたいとか××までは働きたいとか思っていたら、逃げ切れない可能性が出てきます。

だいたい、翻訳は実力の世界なわけで、実力がどのレベルなのかによって、いつごろ、MTPEなりMTなりに「追いつかれる」のか、大きく違ってきます。言い換えれば、年齢と関係ないところで決まるわけです。つまり、「世代」で逃げ切れるなんてことないんです。

実力と年齢と仕事の種類とによって逃げ切れる人もいれば逃げ切れない人もいる。そのような状況で、最終的に逃げ切れた人は、のちに、「自分は逃げ切り世代だった」と言えますが、逃げ切れなければ、「逃げ切り世代だと思ったんだけど……」となるだけのことでしょう。

結局、「逃げ切り世代」など存在せず、「逃げ切れた世代」が後に出てくるだけのことなんじゃないでしょうか。

■逃げ切り世代と思うのは危ない

さらに、自分は逃げ切り世代だと思うのはかえって危ないとも言えます。

なぜか。

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2019年10月23日 (水)

著作権――許諾・引用・盗用……

書かれたモノには著作権があり、他人が勝手に使うことは許されません。ほかの人が書いたモノを使いたければ、許諾を取るか、引用にするかしなければなりません。

■許諾

これはわかりやすいでしょう。著作権を持つ人に「使っていいよ」と言ってもらえば使えるよという話ですから。もちろん、許諾を申請したら、いくら払ってねということになるかもしれません。その場合は、お金を払って使うか、使うのをあきらめるかになりますね。

■引用

許諾を取らないと他人の文章を引けないとなると、いろいろ面倒になります。たとえば、論文などでは、こういう過去の研究を踏まえ、今回はこういう研究をしたといったことを冒頭に書いたりしますが、既往研究の関係者全員から許諾を取るなどとてもできることではありません。だから、一定の条件を満たせば「引用」として自由に使えることになっています。

逆に言えば、その条件を満たさなければ引用にはなりません。「以下引用」と書けばすむといった話ではないのです。

■引用の要件

表現のしかたはいくつかありますが、わかりやすく列挙すると、以下のとおりです。

  • 引用する必然性があること
  • どこからどこまでが引用なのかを明示すること
  • 出典を明記すること
  • 引用部分が従であること

たとえば、「以下引用」などと書き、新聞にこう書いてあったとか、ある英文がこういうふうに翻訳されていたとか続けて、そこに出典を添えても、2番目と3番目の条件しか満たせないわけです。

じゃあ、どうすればいいのか。

質的にも量的にも引用部分が従となるくらい、自分の考えを書けばいいのです。そうすれば、自分の考えを支持する材料やそれに対する反対意見、あるいは、自分がそういうことを考えたきっかけなどとして「引用する必然性」も生まれます。

要するに、それだけの手間暇をかければ「引用」として勝手に使ってもいいよ、そういう手間暇かけず他人のふんどしで相撲を取るのはまかりならんよ、というわけです。

■盗用

許可を得ての利用でもなく引用でもないのは「盗用」です。

無断引用なるわけのわからない言い方をする人がいますが、引用とは、上記のように、一定の条件を満たせば無断で使っていいよという仕組みなので、引用が無断なのは当たり前です。

この引用、著作権と縁が深いはずの翻訳業界関係者でも誤解している人がたくさんいます。前述の「以下引用」と書いて盗用している人とかもそうですね。「以下転載」というのさえ、見たことあります。

■職業人としての倫理

さて、ここまで、許諾・引用・盗用の法律的な話をしてきたわけですが、我々としては、もうひとつ、倫理的なことも考える必要があるのではないでしょうか。

翻訳という我々の仕事を支える根幹のひとつが、この著作権です。翻訳成果物にも著作権があるから、お金を払ってもらえて、プロ翻訳者という職業がなりたつわけです。

だから、我々は、少し神経質なくらいに著作権を尊重すべきだと私は考えています。著作権に守られているから仕事ができている我々が他人の著作権をないがしろにするようなことをしていたら、世の中、だれが著作権など尊重してくれるのでしょう。

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