私が日本翻訳連盟の会員になっている訳
来年度も日本翻訳連盟(JTF)の個人会員を続けることにして、さきほど、会費を振り込みました。
理事をしていた当時、会員になってなんのメリットがあるんだって、よく尋ねられました。会費分のメリットが感じられない、と。いろいろと思うことはあったのですが、理事という立場では言えることと言えないことがあって、もごもごと歯切れの悪い返事をしていました。
理事は退任したのではっきり書いてしまいましょう。
JTFのような団体の場合、会費分の「メリット」が払った個人に戻ることはありえません。特に金銭的なメリットなんてありえない。そんなもんです。税金だって、払った金額以上のメリットなんて返ってきません。どこかで儲けないかぎり原資がないのだから当然です。
JTFの会員になるメリットは、個人翻訳者を代表する理事に発言権が出ること、その理事を通じて自分たちの想いや利害を翻訳会社に訴えられること、そのような動きを通じて翻訳会社を、ひいては翻訳業界を変えられること、です。これができる組織は、現状、JTFしかありません。
消費税増税時、外税できちんと払いましょうという動きが理事会社(つまりは大手)を中心にあり、気づかないうちにだったりするかもしれませんが、かなり多くの翻訳者がその恩恵に浴したはずです。こういう動きが生じたのは、JTFが翻訳会社と個人翻訳者の団体で、個人翻訳者を代表する理事から翻訳会社の理事に年単位で根気よく働きかけがあったからです(さらに、そういう訴えを聞く耳が法人理事にあったからです)。2016年や2017年の翻訳祭は個人翻訳者にとても好評でしたが、ああいう企画ができたのも、翻訳会社と個人翻訳者が話し合えるJTFという場が貴重であるとの認識が翻訳会社側にも、現状、あるからです。そして、2016年や2017年の翻訳祭で翻訳者はどのセッションに集まり、そこでなにが語られたのか、どういう質疑があったのか、少なくとも理事は見てくれています。それでも、いまは、みんな、機械翻訳+ポストエディットに雪崩を打ちかけているわけですが。逆に言えば、我々からの訴えかけがなくなれば、その流れが加速することこそあれ、減速することはないと言えます。
そういう力、多少なりとも業界を変える力を我々は会費で買ってるんですよ。具体的な額は、セミナー参加時の割引とかを使うかなどにより、2万円なのか、1万数千円なのか、1万円なのか、人によって多少の違いはありますが。現状の会費2万円分のメリットがない人が全員脱退したら、それこそ、個人翻訳者の会員は全滅です。そしたら、2016年や2017年の翻訳祭みたいな企画もできなくなるし、消費税増税みたいな件の対応だって、もう一段、翻訳者に厳しいものとなるでしょう。逆に、個人会員の数がいまの何倍にも増え、会費で比べても法人会員の上を行くような事態になったりしたら、業界も、さぞ、変わるんじゃないでしょうかね。
個人翻訳者がばらばらになにか言っていてもたいした力にはなりません。個別に翻訳会社とやりあえば、たいがいは翻訳者のほうが弱い立場で負けます。でも、まとまればそれなりの力にはなるんです。
実は、翻訳者と翻訳会社は利害が対立する、両者が一緒の組織なんておかしい、翻訳者には日本翻訳者協会(JAT)もあるのだから、連盟は翻訳会社のみの組織にしたほうがいい、そのほうが業界の改革をどんどん進められる、という意見、昔からJTF内にあります。それはそうでしょうね。現状は、翻訳会社にとってのみ都合のいい話だったりしたら、個人翻訳者を代表する理事から反対意見が出ますし、その意見に一理も二理もあったりするので、少なくともポーズとしてはそちらに行かない、行けないということになりますから。そもそも、ふだんから翻訳者の話を聞かされていれば、身勝手な提案は出すこと自体はばかられることになります。別組織になれば、公式にも非公式にも、翻訳者の言葉が耳に入ることは少なくなり、翻訳会社が好きにできるというのは、まちがいなくそうだろうなと思います。
と、いろいろ書いていますが、正直なところ、私には、もう、関係のない話です。通訳翻訳ジャーナル2019年4月号の特別寄稿「道を拓く」にも書きましたが、私は、出版専業に近い状態に舵を切ってしまいましたから。いや、そもそも、翻訳会社との取引を広げようとしなくなった2000年くらいからこっち、業界がどうなろうと関係のないところでずっと仕事をしてきているわけで、そういう意味では、もう、20年近く前から、私には関係のない話だったりしたわけです。でも、そうなれているだけに、翻訳業界が翻訳者にとって少しでもいい環境になるように、せめてお布施くらいは出したいとも思っています。少しでも、いま、理事としてがんばってくれている人たちのバックアップになることを期待して。
個人の翻訳者にとって万単位の年会費は負担がかなりあります。だから、みんな払えとは言いません。言えません。考え方だって、いろいろあるわけで、私のような考え方をしろというつもりもありません。ただ、こういう考え方にも一理あると思っていただければ、そして、賛同する方で会費を負担できる余裕のある人がひとりでもふたりでも会員になる、あるいは会員を継続するという選択をしていただければ、もしかしたら、将来的に業界がいいほうに変わってくれるかもしれない。そう期待したい、そういう期待を捨てたくないと思っています。
■負担について
翻訳会社からは、個人会費のほうが安いじゃないかと言われそうですが、個人の売上は平均すると年間300万とか400万とかですよね。400万として、2万円は0.5%。社員5人の小さな翻訳会社で売上はざっと5000万でしょうか。その0.5%なら25万円。でも、法人会費は5万円です。個人会費って、安いんでしょうかね?
| 固定リンク
「翻訳-業界」カテゴリの記事
- 私が日本翻訳連盟の会員になっている訳(2019.02.27)
- 河野弘毅さんの「機械翻訳の時代に活躍できる人材になるために」について(2019.02.22)
- 産業系の新規開拓で訳書は武器になるのか(2019.02.21)
- 『道を拓く』(通訳翻訳ジャーナル特別寄稿)(2019.02.15)
- 翻訳者視点で機械翻訳を語る会(2019.01.23)
コメント