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2019年2月14日 (木)

『PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』

3月15日の予定で、新しい訳書が出ます。『PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』(文響社)というものです。

 

 

訳者あとがきにも書いているように、アニメーション企業ピクサーの舞台裏を中の人が描いた本です。やっぱり、舞台裏の話は読んでいておもしろい。訳していて、こんなにおもしろく、おもわずにやけながら仕事をしていたのは、『アップルを創った怪物―もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝』以来ですね~。

 

こういう本は、ノンフィクション作家(記者さんとかが多い)が綿密に取材して書くのが普通です。ノンフィクションですから、なにが起きたのかを描きだしていくのが基本。人によって意見や記憶が違えば、この人はこう言ってるけど、こっちの人は別のことを言っていると多面的に描くなどして、客観性を担保します。

 

この本は違います。中の人、当事者が書いているのですから。客観性などくそくらえの主観全開です(いや、もちろん、登場する人には改めて会って事実確認したりして書かれていますが)。心の声がダダ漏れ状態。だからおもしろい。ほとんど私小説の世界です。

翻訳は、追体験ができるように、を目標にしました。著者は、最高財務責任者としてピクサーを株式公開に導いた人。だから、読む人にも、自分がピクサーの最高財務責任者として四苦八苦しているように感じてほしいと思ったのです。なので、徹底的に著者目線の訳文にしたつもりです。原文も、基本、一人称で書かれていますしね。ちなみに、"I"の登場は約1500回。すごく多い。しばらく前に出た『スティーブ・ジョブズ 無謀な男が真のリーダーになるまで』(日本経済新聞出版社)(文庫版は『Becoming Steve Jobs ビジョナリーへの成長物語』)は2冊で約850回ですからね。対して訳文の一人称は500回ほど。このあたりは英語と日本語の違いですね~。

 

ほかに、今回、気をつけたのが、他の登場人物との距離感。社員との距離感(著者はピクサーの最高財務責任者とえらいわけで)、ジョブズとの距離感、奥さんとの距離感など、相手によって距離感は大きく異なるはずです。相手が筆者に対して抱く距離感も。特に奥さんは、自宅で夜遅くに夫婦で話をするなど、とてもプライベートな世界で登場します。であれば、奥さんの言葉遣いも、また、著者側の言葉遣いも、それなりのものになるはず。少なくとも日本語なら大きく変わるのが普通でしょう。なので、ノンフィクションの本では珍しいと思うくらい、くだけた調子にしてあります。何カ所か、くだけすぎじゃないかと指摘が入ったくらいに(そういう箇所も、理由があってなのでママという処理になってます)。

 

ピクサーとかジョブズとかに興味のある人は、ぜひ、読んでみてくださいませ。ジョブズの伝記などを読んだ人にも、あの時期、実務ではこんなことがあったんだという新しい発見もありますし。そもそも、小説だと思って読んでもおもしろいというくらいおもしろいと思いますし。

 

 

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訳者あとがき

 

 この夏、『トイ・ストーリー4』が公開される。ディズニーの、いや、ピクサーの最新アニメーション映画だ。シリーズ第1作『トイ・ストーリー』は、子どもたちが小さいころにDVDをレンタルして見た。そして、その後、ちょうど公開になった『ファインディング・ニモ』はもちろん、『Mr.インクレディブル』、『カーズ』、『レミーのおいしいレストラン』と映画が公開になるたび見にいくことになった。家族ではまってしまったのだ。

 

 本書は、そのピクサーが生き残りをかけて『トイ・ストーリー』の制作に乗りだしたころから、ディズニーに買収されるまで、10年あまりの物語である。
 ピクサーはスティーブ・ジョブズがオーナーの会社だ。スティーブ・ジョブズについてはたくさんの伝記が書かれており、ピクサーの台頭はそのいずれにも必ず登場する。アップルから追放されたあと、鳴り物入りで推進したネクストもこけてしまい、もうだめだと言われたジョブズが大復活を遂げた部分なのだから当然だ。また、ピクサーの創造性や制作手法をテーマにした本もたくさん出版されている。だから、ピクサーについてはもう知ってる、ほかの本で読んだよという人も少なくないだろう(私もそうだ)。そういう人も、だまされたと思って本書を読んでみてほしい。大丈夫、失望はさせない。
 著者は、この時期に実務を取りしきっていた最高財務責任者ローレンス・レビーである。つぶれかけていた会社がヒットに次ぐヒットを飛ばし、形式的にはディズニーによるピクサー買収だが実態は小が大を飲み込んだとも言われる事態にいたる時期、ピクサー社内ではなにが起きていたのか。それを中の人がつぶさに語ってくれているのだ。おもしろくないはずがない。
 彼が着任したころ、ピクサーは、にっちもさっちもいかない状態になっていた。ジョブズが5000万ドル、60億円相当の私財を投じて支えてきたにもかかわらず、儲けの出そうな事業がない。なのに、ジョブズは株式の公開を望んでいる。社員とジョブズの関係もよくない。ピクサーを立てなおし、株式公開を実現するなら、ジョブズと社員、両方が納得するやり方をみつけなければならない。板ばさみである。いまふうの言い方をすれば「どんな無理ゲーだよ」という状態だ。
 選択肢をひとつでも選びまちがえたらバッドエンド直行としか思えない状況で、悩み、もがき、工夫していく。事実は小説よりも奇なりを地で行く展開だ。
 伝記や歴史書なら客観性が重視されるが、本書の方向性はそれと真逆だ。著者が、自分の見たこと、聞いたこと、感じたこと、思ったことをつづっているのだから。でも、おかげで、我々は、追体験ができる。波乱の時期に最高財務責任者としてピクサーを立てなおし、エンターテイメントの世界を大きく変える経験を疑似的にできるのだ。ぜひ、みなさんにも、ジョブズと友だちになって一緒に散歩をしたり、ジョン・ラセターをはじめとする魔法使いの技に驚嘆したり、我が事として読んでいただきたい。
 側近として一緒に仕事をした著者が描くジョブズ像も興味深い。伝記などで語られるジョブズとかなり違うのだ。人につらく当たったり尊大な態度を取ったりすることもあったらしいし、意見があればそれを強く打ち出すところは変わらないが、ピクサーをどのような形で自立に持っていくのか、その検討は著者に任せているし、その意見は意見としてきちんと聞いて尊重する。普通に建設的なのだ。ちょっと投げやりなジョブズ、あいまいな答えを返すジョブズ、交渉すべきかどうか慎重に検討し、悩むジョブズなど、ほかではお目にかかった記憶のない側面も登場する。

 

 原題について少し説明しておこう。本書の原題は“To Pixar and Beyond”で、これは『トイ・ストーリー』に出てくるバズ・ライトイヤーの決めぜりふ“To infinity and beyond”のもじりである。東京ディズニーランドの人気アトラクション「バズ・ライトイヤーのアストロブラスター」では、建物に入ってすぐ、等身大のバズが出迎えてくれるが、そこで彼が高らかに宣言しているひと言、「無限の彼方へ さあ行くぞ!」がその日本語版だ。
『トイ・ストーリー』関連では、リトルグリーンメンも人気が高い。第1作ではちょっとしか登場しないモブキャラだったのに、人気の上昇をうけて『トイ・ストーリー』全作に登場している。今度の『トイ・ストーリー4』にもきっとどこかで出てくることだろう。また、東京ディズニーランドでは、「バズ・ライトイヤーのアストロブラスター」前のフォトロケーションもリトルグリーンメンなら、「リトルグリーンまん」なるお菓子まで売られている。著者レビーとジョブズはディズニーとの契約を必死で改訂し、生みだしたキャラクターの権利をピクサーが維持できるようにした、その後、キャラクターグッズのラベルにピクサーのロゴがあるのを確認しては笑っていたという話が出てくるが、ジョブズがまだ生きていたら、リトルグリーンまんを食べてにっこりしてくれたのではないだろうか。
 エンドロール関連の話もぐっとくるものがあった。私はエンディングの音楽を聞きながら最後まで見てしまうタイプで、ピクサー映画はエンドロールが変わっているよなぁと思っていたのだが、そこにどういう思いがあり、どういうドラマを経ていまのような形になったのかは、本書ではじめて知った。著者はピクサー映画のエンドロールを見るたび涙ぐんでしまうというが、それももっともなことだろう。

 

 子どもたちが大きくなり、それぞれに忙しくなったこともあって、しばらくピクサー映画にご無沙汰してしまっているが、この夏の『トイ・ストーリー4』は、久しぶりに見にいってみようかなと、いま、思っている。そのエンドロールを見たら、私も、涙ぐんでしまうかもしれない。

 

『トイ・ストーリー』をブルーレイで見返しつつ 2019年1月 井口耕二

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コメント

この本、発売になり、あちこちで感想を見るようになりました。一気読みした、泣いたと、楽しんでいただけているらしいものばかりでうれしい限りです。原著の足を引っぱらずにすんだかな、と。

投稿: Buckeye | 2019年4月12日 (金) 08時39分

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