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2019年1月23日 (水)

翻訳者視点で機械翻訳を語る会

先日(1月14日)、「翻訳者視点で機械翻訳を語る会」なるものに参加してきました。

正直なところ、私には、無縁の話なのですが。機械翻訳+ポストエディット(MT+PE)に関わる必要のまったくない分野で仕事をするようになっていますし。そうなってからもしばらくは、自分と関係はないが業界の健全化をめざして情報を集め、翻訳会社などにできるかぎりの働きかけをするといったことをしていましたが、日本翻訳連盟の理事も退任し、そういう立場でもなくなったので。なので、もともと参加はしないつもりでいました。ですが、主催するコアメンバーから、できれば来てくれとの話があり、行くことになりました。

それはともかく。

かなりインパクトのある会になり、参加した人がいろいろな感想をネットに上げられています。

当日どういう話があったのかは上記を読んでいただくとして、思ったことをメモしておきたいと思います。かなりとっちらかった記事になりますが、あくまで雑感ということで読み流していただければ。

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最後、フロアを交えてディスカッションしたセッションで、MT+PEを体験した人から「いいものに仕上げようとしたら時間ばかりかかって割に合わない。そういうこともあって、MT+PEでは翻訳と違う考え方をしてしまう。これをいくらしても翻訳はうまくならないと思った。また、導入時には料金引き下げの通知がきた、それからしばらくしたら、さらなる引き下げが通知された」というようなお話がありました。MT+PEではきっとこうなってしまう、それでは翻訳の力がつかないというようなことを、過去、機会があったときには訴えてきましたし(日本通訳翻訳学会第19回年次大会など)、料金はどんどん下がっていくよとも語ってきましたが、あまりにその予想そのままの展開で、さすがに驚いてしまいました(予想しといてこんなことを言うのもどうかと思いますが、予想はあくまで予想で多少のずれはあるだろうと常に考えているもので)。

最近のギョーカイの雰囲気は、私が専業翻訳者として独立した20年前とよく似ています。Tradosが登場したころで、ああ、きっと、翻訳メモリーが特に意義を持たない分野にもコストダウンの口実として導入され、そのうち翻訳メモリー必須みたいな話になっていくんだろうなと思っていました。Tradosを使っている人たちには、「絶対にそんなことにはならない。くり返しのない分野に導入しても意味がないから」って言われつづけましたが。

一般産業翻訳と翻訳メモリ」に書いたように、2008年時点でもまだそんな状態でした。その後、一般産業翻訳にもTradosなどの翻訳メモリー(なんにでも使えるよとアピールできるように、「CATツール」と呼び名を変えていますが)が導入され、いまにいたります。

2015年のJTF翻訳祭で、機械翻訳のパネルでモデレーターが「翻訳メモリーがこれほど広く使われるようになるなど、10年前には、だれも予想しませんでしたよね?」と言われてましたが、その言葉を私はフロアで聞きながら思ってました――「そうですね、いくら訴えても、だれも信じてくれず、みんな否定ばかりでしたもんね」と。

Tradosはそこまでの普及に15年ほどかかりましたが、今回は、ずっと急速に導入が進みそうな気配があります。世の中全体がAIブームになってきていますから。

とは言え、MT+PE以外の仕事がなくなってしまうことはないでしょう。いまだって、CATツール指定でない仕事が残っているのと同じように。上で紹介した記事でYoshiさんが語られているように。

ギョーカイ内で珍しい仕事と言われようが、個人にとっては十分な量があるもので、あとは、その仕事を獲得できるか否か、そういうやり方をするか否か、です。でも、ギョーカイの変化に飲み込まれた人、積極的・消極的いずれにせよその変化を肯定する人は、Yoshiさんも書かれているように、「また老翻訳者の自慢話か、昔とはちがう」って否定したりします。私も、「もうそんな時代じゃない。そんな仕事はなくなった」と何度言われたことか(「Buckeyeさんはいいかもしれないけど、我々は……」みたいなことも)。まだクライアントを開拓して、ちゃんと新規で「そんな仕事」を取っていたから「あるよ」と自信をもって語っていたんですけどね。

その人は否定したくなるような状況に陥っているんだろうなとは思いますけど、その人がそうなっているからといって、だれでもそうなるわけじゃないって話まで否定できるわけじゃありません。そういう「特殊例」を肯定したら、自分が厳しい状況に追いこまれているのは自分のせいだって認めるに等しいから認めたくないっていうのもわからないじゃありませんが。

もう1点。

MT+PEが本格導入され、使い続ける形になった場合、30年もしたら、業界は悲惨なことになっているだろうなとも思っています。MT+PEでは翻訳する力はつかないので、まっとうな翻訳ができる人がいなくなってしまうはずですから。当面はいいんです。我々みたいな過去の遺産が残っていますから。でも、30年もしたら、私は当然にいません(引退して業界からいなくなっているのは当然として、おそらくはこの世からもいなくなってる)。もう少し下のMT+PE前にそれなりの力をつけており、導入後もまっとうな翻訳の力を必要とする案件を担当して力を伸ばす一群もほとんどが引退するでしょう。そうなったとき、まっとうな翻訳の力を必要とする案件はだれが訳すのか。いまでさえ、上手な人が足りないって言われているのに。

そうなるころには、読者がMT+PEのおかしな日本語になれてしまい、「まっとうな翻訳の力を必要とする案件」なんてものが存在しなくなるというか、そこで要求されるレベルがいまより格段に低くなるという意見もあります。最近の日本語の変化とかを見ていると、それはそれでありそうな未来だったりします。いろんな意味で悲しい未来ですけどね。

■余談

松田さんが「用語を何万語か集めている。これは自分にとってとても大事な資産」みたいなことを言われていました。具体的な数字は忘れましたが、3万語だったか5万語だったか、そんなオーダーでした。

その話から、じゃ、私の用語集フォルダには何語くらい貯まっているんだろうと数えてみました。といっても、私は、ソースクライアントごとに分けているので(共通で使っているものもありますが)、同じ単語があっちにもこっちにも重複していたりしますし、インターフェースとインタフェースとインターフェイスは別にカウントされていたりします。なので、SimplyTermsを使い、用語集をすべてひとつにまとめてみました。こうすれば、原語と訳語がまったく同じものは同じとして排除されますから。結果、約13万語。

これは、別に松田さんより私のほうがすごいとか、そういう話じゃありません。私はいろんな分野のいろんな案件を産業翻訳でやってきましたし、出版はまた傾向が大きく異なりますから、その分、いろんな単語の訳語を固定する場面に遭遇してきたというだけのことです。対して松田さんは特許ですし、特許翻訳を本気でやってる人はみんなそうだと思うのですが、技術分野も自分が得意とする範囲にかぎっておられるでしょう。

ちなみに、実際に訳すとき利用するのは、せいぜい1万語くらいでしょう。クライアントや分野によって異なる用語まで利用するとおかしなことになりますから。ああそうだ。最初にあててはいないけど、これ、過去にどっかで出てきたよなと思ったときは、用語集のフォルダーをgrep検索し、利用できるなら利用するってことはやります。

■2019年1月24日追記

登壇者のひとりによるまとめ

これは必読。特に、ディスカッションのところがきっちりまとめられているのがすごい。ピックアップしたいと思ったけど、当日、メモも取らずに聞いていたので(個人的に真剣度が低かった証左^^;)記憶があやふやで記事にできなかったことなどがあちらには書かれています。

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コメント

補足。

用語集ですが、上にも書いたように、私は、ソースクライアントごと、書籍ごとに分けているので、一度に使う用語の数はン百のことが大半ですし、多くてもン千がいいところです。分野やクライアントの違う言葉が混じっても混乱するだけなので。

投稿: Buckeye | 2019年1月23日 (水) 09時52分

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