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2018年8月17日 (金)

『新版 社員をサーフィンに行かせよう――パタゴニア経営のすべて』

発刊は2017年6月15日ですから、1年以上も前に出た本なのですが……こちらで紹介を忘れていたので。

パタゴニアさんの本は、『レスポンシブル・カンパニー』(ダイヤモンド社)に続く2冊目です。『レスポンシブル・カンパニー』の評判がよかったのか、こちらもというお話をいただきました。

「新版」とあることからもわかるように、この本は10年前に出た『社員をサーフィンに行かせよう―パタゴニア創業者の経営論』(東洋経済新報社)に最新の知見を加えた改訂新版です。大幅な加筆修正が行われていますが、でも、前のまま残っている文章もあります。私にとって、こういう既訳のある仕事は初めてです。

翻訳というのは訳者ごとにスタイルが異なり、同じ原文でも雰囲気の異なる訳文になるものです。原文は楽譜、訳者は演奏者という言い方をする人もいるくらいで。ですから、今回、既訳があるところも改めて訳しなおし、全面新訳の新版としています。ただ、前著も話題になった本でかなり多くの人が読んでいるはずなので、用語レベルは既訳にそろえられるかぎりそろえたほうがいいだろうと既訳も参照しつつ訳出作業を進めました。写真もたくさん掲載されているので、パタゴニアさんが出されている写真集などを入手し、固有名詞の表記など揺れないほうがいいものが揺れないようにするといったこともしました。

パタゴニアさんの本は、編集さんとアウトドア系趣味の話で盛りあがって『レスポンシブル・カンパニー』を担当することになったという経緯もあり、今回の『新版 社員をサーフィンに行かせよう』も楽しく仕事をすることができました。そのあたりは訳者あとがきを読んでいただいてもわかるかと。趣味全開なものになっております(^^;)

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訳者あとがき

 昨年夏、早朝にロードバイクで長野県川上村を走っていたら、地元大手スーパーの看板に並んでパタゴニアの看板があった。地元の人でもなければ行かないような場所だ。パタゴニアが出店するとも思えない。もしや、地元のお店がたまたま同じ名前を付けてしまった? でも、看板の文字を見ると頭の中にはあのパタゴニアがイメージされる。ということは、確信犯でロゴまで劇似にしている?
 確認したくてもスーパーは閉まっている。今度通ったら寄ってみるか――と思いつつ広い駐車場を見渡すと、その一角に小さな建物ができている。近寄ってみたら、どう見ても本物のパタゴニアだった。
 数日後、今度は夕方に通りかかったので立ち寄ってみた。店内に入ると、たしかにパタゴニアである。どうしてこんなところにとお店の人に尋ねてみたところ、せいぜい夏山縦走くらいまでで岩をやらない私は知らなかったが、この先に、「日本のヨセミテ」などと呼ばれたりするフリークライミングのメッカがあるという。そのメッカ、小川山に行く人がみんな食べ物を買っていくので、土日は、すぐ横のスーパー、ナナーズ川上店のお客さんは地元の人よりクライマーのほうが多いかもしれないほどらしい。この日も日曜日だったからか、地元住民とは思えない人が次々とパタゴニアのお店に入ってきていた。
 クライミングはパタゴニアの原点であり、その分野の顧客と密につながれる場所に店を置こうということだろう。さすがに期間限定のようだが(基本的に装備は出発前にそろえるはずで採算がいいとは思えない)、世の中の常識ではかれないところのあるパタゴニアらしいと言える。
 そのパタゴニアの歴史から理念まで、すべてがわかるのが本書『社員をサーフィンに行かせよう』だ。10年あまり前に書かれ、世界中でさまざまな企業が参考にした本の増補改訂版である。この10年に著者イヴォン・シュイナードが学んだことがたっぷりと追加されており、前著を読んだ方にも新しい発見がたくさんあるはずだ。
 この10年で始められた新たな試みもいろいろと紹介されている。そのひとつが食品事業のパタゴニア プロビジョンズである。「最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」というミッションを食品の世界でも実現していこうというわけだ。
 そのパタゴニア プロビジョンズでバイソンのジャーキーを作っていると本文に書かれていたので探してみたのだが、残念ながら、まだ日本に入ってきていないようだ。ジャーキー好きとしては、ぜひとも味を確かめたかったのだが。
 そのかわりと言ってはなんだが、ビールを入手した(これはうれしい。出先で地ビールがあれば必ず飲んでみるほどクラフトビール好きなので)。本文で紹介されている多年生の古代種小麦カーンザが使われている「ロングルートエール」だ。名前が長い根(ロングルート)となっているのは、カーンザの根がとても長いからだろう。もちろん、カーンザはもとよりすべての原料が有機栽培品だ。
 ちなみに、バイソンもカーンザも、地球温暖化の緩和に役立つと本文で紹介されている。どちらも、上手に使えば大気中にある炭素の土中固定が進むというのだ。
 さて、このロングルートエール、パッケージに「パタゴニア」の文字はない。だが、青を基調に下のほうに稜線が描かれているなど、パタゴニアのロゴにしか見えない缶となっている。
 グラスに注ぐと少し濃いめのきれいな色をしている。日本で一般的なのは下面発酵のピルスナーだが、これは上面発酵のペールエールだからだ。ペールエールらしく香りがよく立っている。味わいは、ホップがほどよく効いていてちょっとスパイシーだ。アメリカン・ペールエールと呼ばれるものだと思う。アウトドア活動で気持ちよく疲れたあと、ごくごくと渇いたのどを癒やすのにいいくらい軽いのどごしだが、1日をふり返りつつじっくり味わうのもまたいいと思えるコクと深みがある(私はもっぱら後者派)。一見すると普通のビールだが主張がしっかりあるのだ。ビールさえパタゴニアらしいと言うべきか。
 缶には小さく「責任ある飲み方をしよう(Drink Responsibly)」と書かれている。これもまたパタゴニアらしい。なにせ、「責任ある行動を」といつも呼びかけ、そのためには自社製品をなるべく買わないようにしてもらったほうがいいとまで言う会社だし、イヴォン・シュイナードは、数年前、『レスポンシブル・カンパニー』(ダイヤモンド社)という本も書いているくらいだ。
 責任ある行動を常にしようとするのは大変だ。できることからということで、まずは責任ある飲み方にトライしてみようかと思う。そのためには、ロングルートエールをもう少し買ってこなければ……。

2017年5月
パタゴニア プロビジョンズのサーモンをつまみにロングルートエールを飲みつつ
井口耕二

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実はこの夏、ロングルートエールが割引販売になっていたので1箱買って飲んでいたのが発端で、この記事を書き忘れているのに気づいたような次第でして……

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