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2018年6月 6日 (水)

翻訳フォーラムシンポジウム2018――アンケートから

翻訳フォーラムシンポジウム&大オフ2018、参加した方々にアンケートをお願いし、たくさんの方から回答をいただきました。ありがとうございます。不満や改善要望なども含め、今後の参考にさせていただきます。

訳出の実例を披露した私のセッションも、おおむね好評だったようでほっとしております。

私のセッションについて、あれは翻訳じゃない、新規執筆のようなもので通常の翻訳ではありえないというような感想をいただいたので、ちょっと補足などを。

セッション冒頭でも触れましたが、私がいま主戦場としている出版翻訳は訳者の名前で訳文が世に出ることから訳者の裁量がかなり大きいと言えますし、そのなかでも、私は踏みこんだ訳を作る方だと思います。対して産業翻訳ではいろいろな制約があり(特許とか制約が多そうですよね~。まあ、出版翻訳にもそれなりに制約はあるのですが……)、そこまで踏みこめないことも多いでしょう。また、踏みこんだ訳にすればするほど勝手訳に陥る危険性が高まります。なので、翻訳を勉強中の方やプロになって日が浅い方は安易にまねしないほうがいいと思います。

勝手訳については(↓)をご覧ください。

一般論としては上記のようになるわけですが……じゃあ、私自身についてはどうなのか、産業系の仕事をするときには「お行儀よく」するのかと言うと……基本的にそんなことはしません。それどころか、ああいう踏み込みを売りにしてきた、が正直なところだったりします。産業系の仕事にも、あそこまで踏みこんだ訳が評価される案件があり、私はなるべくそういう案件を選んできたと言ってもいいでしょう。そういう案件を「通常」と呼ぶのかどうかという問題がまた別にあるかもしれませんが、少なくとも私の場合、クライアント直はほとんどがそういう案件でしたし(というか、そこを買ってもらったから翻訳会社の売りより高い値段で仕事を請けられたんだと思います)、翻訳会社経由の仕事も後半はそういう案件ばかり請けていました。つまり、私にとってはそれこそが「通常」だったわけです。

傍証としては、たとえば、「TRADOSを使う理由・使わない理由」のコメント欄に(↓)のようなことが書いた方がおられます。

私は講座などで、Buckeyeさんの訳文を原文と比較対照して読んだことがあります。そしてBuckeyeさんが、語順だけでなく文の順番を変えて訳すことがあることを知りました。

なるほど。Buckeyeさんの場合、英文と和文が1対1で対応しているのはあくまで結果であって、目的ではないわけですね。

この投稿があった当時、出版系は始めたばかりで、講座などで取り扱っていたのは産業系の題材です。そのなかでも上記のようなことになるわけです。

もちろん、字面訳に近いものが求められる案件もあります。そういう案件は、基本的に、「ほかの人にやってもらったほうがいいでしょう」とお断りするのですが、相手との関係から断れず請けてしまうこともありますし、そういうときは、私も、字面訳に近い訳文を書きます。仕事ですからね。

上記の感想を書かれた方がどういう分野のどういう仕事をしておられるのかわかりませんし、その方の仕事ではありえない訳し方であった、というのは、たぶん、事実なのだろうなと思います。でも、仕事はいろいろあります。そして、仕事を選ぶのは我々です。ああいう訳し方など論外という仕事を選ぶのか、ああいう訳し方が求められる仕事を選ぶのか――その選択権は翻訳者にあるのです。どちらがいいという話でもありませんし、どちらを選ぶべきという話でもありません。ただ、選んだ方向によって求められる訳し方が違うのはまちがいのない事実です。

ああいう訳し方はありえない仕事をしている方にとって、私のセッションがあまり参考にならないものであったというのは、それはそれで事実でしょうし、その方には申し訳ないとしか申しあげようがないわけですが。

ちなみに、シンポジウムで示したあれこれのうち、ほとんどは、「英語という制約で書かれたものを日本語という制約のもとで表現する」ためにしたことで、私は、あれこそが翻訳だと思っています(あくまで私個人の考え方です。異論はあってしかるべきだと思います)。「翻訳フォーラムシンポジウム2018の矢印図――話の流れ、文脈について」にもちょっと書いているように、いろいろといじっているところはそれぞれに理由があってしていますし、そのほとんどは、原語である英語側にそろえるためでした(シンポ時には、訳の変更は必ず原文に戻ってしていると述べるにとどめ、詳しい説明は時間の関係から割愛しましたが)。例外は、最後、文をつなげたところ。あそこは、英語側でも問題なくつなげられるのにつなげられていなかったところを日本語ではつなげたわけで、言語の制約と関係のない話になりますし、そういう意味で、最後だけは、翻訳というより執筆に踏み込んだ部分だと言えるかもしれません。それでも、原文と訳文で絵が同じになるようにする、は外していないつもりです。

ああ、あと、ず~っとああいう処理をくり返しているわけではありません。本によってはほとんど自動運転でできてしまうこともありますし、今回の本だって、あそこまでいろいろ考えたのはそう何カ所もありません。実例としてひとつだけ出すなら、なるべくいろんなことを考えた場所のほうがいいだろうとあそこを選んだわけですから。

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