マネージャー、マネジャー、マネージャ
IT分野のinterfaceと同じで、表記がいろいろあり、どれも使われていて困ってしまう単語です。ちなみに、私が訳すようなビジネス系書籍では、なぜか「マネジャー」が主流です。
……なんですけど、これ、気持ち悪いんですよね。日本語で「マネジャー」と発音する人がいったいどれほどいるんでしょう。ちなみに、私は「マネージャー」と発音しますし、「マネジャー」と発音する人には会ったことがありません。いや、この単語を私の前で使わなかっただけで、おれは「マネジャー」って言うよって人がビジネス界の主流を占めているのかもしれませんが。
あまりに気持ち悪いので、マネジャーに直すと言われるのがわかっていて、必ず、マネージャーと書いて原稿を出しています。インターフェースとインタフェースとインターフェイスとインタフェイスはそこまで気にならないのに不思議です(と言いつつ、指定がなければ、日本語における発音の主流だと思うインターフェースにしていますが)。
表記が違うと、当然、もしかして違う単語かと思ってしまったりするわけで、(↓)みたいな記事が世の中にはたくさんあったりします。
ここの説明では、「マネージャー」は芸能界や部活動などでよく使われ、「マネジャー」はマスコミ・速記など、「マネージャ」は情報処理などで使われるのだそうです。
ビジネス書はマスコミに近いって感じでしょうかね。
情報処理系が「マネージャ」なのは、昔、マイクロソフトの方針で末尾の音引きをなくしていた時代の名残でしょう。つまり、これは「マネージャー」の亜種。
速記で「マネジャー」が使われるのは、書かなきゃいけない文字数を少しでも減らそうという涙ぐましい努力の結果かなと思いますが、これは私の勝手な推測でホントのところはわかりません。
なお、「『マネージャー』は芸能界や部活動などでよく使われる」は、まちがっていないっちゃいないのかもしれませんが、誤解を招く表現なのではないかと私は思います。
正確には……一般には「マネージャー」だが、マスコミ・速記などでは「マネジャー」、情報処理などでは「マネージャ」が使われることが多い、と書くべきなのではないかと。
とりあえず、辞書を引いてみましょう。たかが辞書、信じるはバカ、引かぬは大ばか、ですから。
「マネージャー」は、手元の国語辞典すべてでヒットします。対して「マネジャー」がヒットするのは広辞苑と日本国語大辞典のみですし、どちらも、見出し語は「マネージャー」です。ビジネス書だと「芸能人のマネージャーじゃなくて企業の管理職なのでここはマネジャーに……」と直されるのですが、私が引いた限りの国語辞典は「マネージャー」の第一語義に支配人、管理人あたりをあてています。
ま、辞書は後追いになるので、日本語が変わっちゃってるって可能性もあるので、これだけでどうこうは言えません。言えないのですが、でも、では、どうして(↓)のような質問が出てくるのでしょう。
「マネージャー」と「マネジャー」は何が違うのですか???
最初私は「マネージャー」と言う言葉の方しか知らなくて「マネジャー」というのはただの印字ミスだと思ってました。
この人も、私と同じで、「マネジャー」と発音する人には遭遇したことがなかったのでしょう。
「そのほうが原語の発音に近いから」と言うなら、メールはメイルにしましょうよ。シャツはシャーツにしましょうよ。ワイシャツはホワイトシャツ、もとい、ホワイトシャーツにしましょうよ。マネジャーなんて書くのもやめて、マーニジャーにしましょうよ(英語の「マ」も長音ではないが、アクセントがあるため自然に長くなり、音としては「マー」に近くなる)。
外来語も、日本語に取り込まれた時点で日本語です。原語の発音なんかくそくらえ。だって、日本語で書くとき、日本語に訳すとき、対象読者として想定するのは日本人(正確には日本語で育ったいわゆる日本語ネイティブ)なんですから。日本語ネイティブにとって一番一般的な発音になるように表記するのが基本でしょう。
余談ながら……、上記ページでは、「初期にこの語が入ってきた時にmanagerのアクセントが2つ目の音節にあるという間違いが起き」と回答している人がいますが、私は、単純に日本語の発音として「マネジャー」より「マネージャー」が言いやすいから後者になったのではないかと思っています。シミュレーションをシュミレーションと言い間違う人が多いのなんか、どうみても、日本語としての言いやすさからだと思うんですけど、それと同じ感じで。ま、このあたりは根拠もなにもない、単なる私の推測ですが。
「マネジャー」という表記を見ると、ああ、おれはいまビジネス書を読んでるんだ……とうっとりしてもらえるのかもしれませんが、でも、それは私がめざすところじゃありません。私としては、前掲の知恵袋に質問をしたような人がはじめてビジネス書を手にしても、「マネジャー」ってなんだろう、印刷ミスかなぁ、「マネージャー」と違うなにかなのかなぁなどと雑音がよぎらずするっと読めるようにしたいんです。
もちろん、ビジネス書で「マネージャー」と見たら、読者の大半が「おいおい、芸能人のマネージャーじゃないんだから。ひでー本だな」って思うのなら、私がどう思おうが「マネジャー」しかないでしょうね。自分の常識、世間の非常識で、世間の常識に従うのが翻訳者ですし、この場合の「世間」はビジネス書の読者という「世の中全体の部分集合」を第一に考えるべきでしょう。そういう人たちがまず買ってくれなければ、そもそも本が出ることさえなく、ビジネス書になじんでいない人にまで読者層を広げるもへったくれもなくなりますから。
でも、ネットで傾向をざっと調べた範囲では、そこまで思う一般人はほとんどいないんじゃないか、冒頭に紹介したサイトにあるように、「なんか表記が違うけどなんで違うんだ?」と疑問に思うくらいの人が大半なんじゃないかと思います。なにしてんだと思うのなんかビジネス書の出版に携わっている人くらいだと言ってもいいかもしれません。いや、それはさすがに言い過ぎかも。そういうトリビアが大好きな人って、世の中に一定数はいるものですから。
と、まあ、いろいろ書いてきましたが、冒頭にも書いたように、修正という話が来ればいままで了承してきています。なにがなんでも突っ張らなきゃいけないほどの問題ではありませんから。
じゃ、なんで書いたんだと言えば……ちょっと愚痴ってみたくなった、です。はい。もう、たぶん、10年も前から思いつづけていることなんですが、なんとなくその気になって、ががっと書いてしまいました。
ただ、まあ、神は細部に宿るというくらいですし、我々の仕事はこういう小さなことの積み重ねでしかありませんし、そのあたりをどうでもいいと思うようになったら廃業するしかないなと、正直、思ったりもするわけですが……
ついでに言えば……「マネジメント」っていう表記も気持ち悪いですね。こちらも、発音は「マネージメント」が主流だと思うので。
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コメント
IT業界でカタカナ単語の末尾の長音表記を省略する(していた)のは、以前JISで「その言葉が3音以上の場合には、語尾に長音符号を付けない。」と決められていたからです。
で、むかし私がいた職場ではほとんどの場合実際に長音をつけないで「マネージャ」のように発音してましたね。
現在はもっとゆるいものに改められています。(JISZ8301:2008 G.6.2.2)
ご参考まで。
投稿: 一読者 | 2017年11月 6日 (月) 15時39分
コメント、ありがとうございます。
規格とマイクロソフト、どちらが先だったんでしょうね。規格というのは、現実がある程度進んだところで作られるものですから、成立は、業界慣行が先(で、業界慣行を作ったのはマイクロソフト)という可能性が高いかなとは思います。そのJIS規格が生まれた時期がわかれば、ある程度は判断できるかもしれません。40年以上前なら規格が先でしょう。
ちなみに、翻訳業界では、JISはあまり重視されず、マイクロソフトのスタイルガイドが優先されていました。他社も、マイクロソフトに右へならえでしたし。
> で、むかし私がいた職場ではほとんどの場合
> 実際に長音をつけないで「マネージャ」のように
> 発音してましたね。
それはそうなるでしょうね。カタカナは表音文字ですから。本来は音→表記という流れになるはずですが、表記を変え、それがある程度以上普及した世界では音に影響するはずです。いずれにせよ、「ジャ」にはアクセントがなく、末尾が伸びているかいないかは、判然としませんし(どのくらい伸ばしたら伸ばしたことになるのか、よくわからない)。
対して、「マネージャ」や「マネージャー」と「マネジャー」とだと、アクセントをずらさないといけなくなるので、発音に対する影響は出にくいだろうなと思います。
>現在はもっとゆるいものに改められています。(JISZ8301:2008 G.6.2.2)
規格にせよ、マイクロソフトの社内規定にせよ、IT業界のジャーゴンということなら「マネージャ」でもなんでもかまわないわけですが、一般向けとしては、必ずしもそれがいいわけではないという判断なんだろうなというのが、私の推測です。
投稿: Buckeye | 2017年11月 6日 (月) 16時17分
末尾の伸びについて補足。
アクセントのない末尾の音については、たとえば、「パーティ」と書いても「パーティー」と書いても、おそらく、ほとんどの人がどちらでも気にせず、自分の発音をするんだと思います。書くとき、伸ばす意識が強い人は音引きをいれるし、それが弱い人はいれないけど、発音を聞いて相手がどちらなのかはおそらく判断できないくらいの違いでしかないはずです。
これは、「ティ」の母音が「イ」のみだからかな、と思います。
対して、「ジャ」は「ィァ」という二重母音みたいな格好になり、引きのばすとしたら「ア」音のみになるので、その分、人によって意識が異なりがちだし、実際の長さも、比較的短めだったり長めだったりと人によって違いやすいんじゃないでしょうか。
投稿: Buckeye | 2017年11月 6日 (月) 16時27分
こんにちは。ご無沙汰してます。
私も本では確信犯で「マネージャー」と訳して、「普通はマネジャーですよね」と直されていました。間違いというわけではないので出版社の方針には従いますが、「普通は」と言われると、どこの普通なのかなぁと思ってしまいますね。特定の業界とか専門分野に長くいると、そこの常識が世の中の常識だと思ってしまう、これは自分でも気をつけなければと思うところです。
ただ、必ずしも音に近い方がいいというものでもなくて、最近は「広く日本人の感覚で違和感がない表記」ぐらいでいいと思っています。
また、ちょっと話は違いますが、新語ならともかく既に定着している表記を「原語の発音と違う」と否定する人もいますよね。そもそもカタカナで原語を再現できるはずがないのですが。そんな流れで、私としては「ヴァイオリン」や「エンタテインメント」も好きではありません。
JISはマイクロソフト以前だと思います。お仕事によっては、句読点を含めてJIS表記を厳格に守っていらっしゃる方もいると思います。雑誌「工業英語」が産業翻訳の唯一の参考書という時代もありましたから、翻訳業界への影響もあったと思います。ただ、マイクロソフト以上に一般人の感覚とはかけ離れた表記が多いです。これは今以上に専門家と一般人の境界がはっきりしていた(させていた)時代の名残かなと思っています。
投稿: yummyz | 2017年11月11日 (土) 00時23分
この週末、自転車レースに参加していて、コメントいただいたことに気づいていませんでしたm(._.)m
ですよね、どこの普通だよって思いますよね。
> 最近は「広く日本人の感覚で違和感がない表記」ぐらいでいい
それはそうですね。「広く」というのが肝かと。
> 新語ならともかく既に定着している表記を
> 「原語の発音と違う」と否定する人
同感です。v音をヴ表記するなら、th音とかlとrの区別とかはどうすんの、中間母音とかもどうすんのって思ってしまいます。そのあたりみ~んなほっぽって、v音だけどうにかしようって意味ないって。原音がそんなに大事なら、ぜんぶ、原語表記にしたらいいんじゃないですかって。そしたら、翻訳なんてしなくてよくなるし(暴言)。
> 今以上に専門家と一般人の境界がはっきり
> していた(させていた)時代の名残
ですね。一般人と違う言葉にして、自分たちだけの世界を作ろうとするのは、昔っからやられてきたことで、そのこと自体は、人間の性であって仕方ないんだと思います。でも、だからこそ、読み物的なビジネス書で一般人を排除してどうすんの、とも。
「エンタテインメント」も気持ち悪いですね。日本語では、「エンターテイメント」って発音している人が多いと思いますので。
投稿: Buckeye | 2017年11月22日 (水) 17時22分
1993年あたりに工学部の大学に通っていました。
当時、教授から実験レポートを記載する際に、メモリやモニタなどと最後の長音は省略するように指導されていました。ですから工学部系の慣習かと思っていました。
ちなみにその当時受験した(旧)情報処理技術者試験では、日常的に使われていたハードディスクという単語は記載されておらず「固定磁気ディスク(?)」とか古めかしい用語だったのを思い出しました。ああ懐かしい。
投稿: hiro | 2018年1月 3日 (水) 20時24分
まあ、ある意味、工学系の慣習、なのかもしれません。理由はどうあれ、範囲限定のジャーゴン的位置付けだと私は思ってます。
古めかしい用語は……JISかもしれません。JIS用語の辞典、もうインストールしていないので確認できませんけど。
投稿: Buckeye | 2018年1月 9日 (火) 11時11分