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2017年2月 2日 (木)

翻訳者が持つ最大のツールは「自分の頭」

JTF翻訳祭の前日、その前夜祭という形で十人十色が行った勉強会に参加しました。翻訳をする際、ツールについてどう考え、なにをどう使うべきか、どういうツールにはどういうメリットとどういうデメリットがあるのか、などの話です。講師は、しんハムさん

このブログではよくぶつぶつ言っているのですが、ツールはメリットが(誰にとってのものか混同した形で)喧伝されるばかりでデメリットが紹介されることはあまりありません。ですが、しんハムさんの話は、両方がバランスよく取りあげられていたと思います。

さて、プレゼン最後のほうで出てきたのが以下のスライド。

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「うん、そうなんだよ。そのとおりだよ。うまいこと言うじゃないか」と思ったら、なんと、1年か1年半くらい前、しんハムさんが募集されたアンケートに私が書いた言葉だそうです(^^;) 本人、すっかり忘れてました。特に2番目。

忘れていたことは横に置いておいて。

「翻訳者にとっては自分の頭が最大のツールである」というのは、ツールというものを考える際にとても大事なポイントだと思います。つまり、いわゆるツールを選ぶとき、最大のツール(=自分の頭)の働きを妨げないことを最低基準として考える必要があるわけです。いくら便利そうに思えても、自分の頭という一番大事なツールが多少でも損なわれてしまうのでは本末転倒です。

■頭というツールはなにをしているのか

このツール、原文が1文入ってくるごとに、それだけをもとに訳文をひねり出す、ということをしているわけではありません。そこまでの文章に書かれていたことはもちろん考慮していますし、あとになにが書かれているのか、推測したり、推測しきけれなければ読んで確認してその内容も考慮しますし、常識や周辺知識、さらには、原文の書き手はなにをどう考えてなにがしたいのかを考えたり、訳文の読者はなにをどう捉えてどう感じるのかも考えたりします。

さらに、文字を読む、入力するといった入出力処理も同じツールが担当しています。

さらにさらに、こういうさまざまな処理のバランスも同じツールが調整しています。頭の処理能力にはかぎりがあるわけで、それをたくさんの処理に振り向けようとすれば、どこかが抜けてしまったり足りなくなったり、ミスったり、いろいろなことが起きる可能性があります。そのあたりを確認し、不足してい処理には処理能力の割当を増やすという調整をしなければなりません。

ついでに言えば、音楽や玄関チャイム、着信音、騒音、におい、振動など外界からのさまざまな入力も、だったりします。

■頭というツールの上手な使い方

いろいろな処理をしているわけですが、そのなかで我々にとって一番大事なのは……訳文の案出そのものですよね。

ということは、つまり、それ以外の処理は少しでも負担が小さくなるようにしたほうがいいわけです。家の前で道路工事がある日はファミレスに逃げだす、逃げだしたファミレスで耳栓をする、などの工夫をした経験のある人がいると思いますが、それはつまり、いらないことに頭の処理容量を取られてしまうと訳文の案出がやりにくくなるから、のはずです。

そういう外界からの入力を制限する環境整備は誰でもしていることでしょう。では、バランス調整は? ここの負担を小さくする方法としては、(↓)などが考えられます。

  1. 気をつけなければならないことが少ないワークフローにする
  2. 機械的にできることはなるべく機械にやらせる
  3. 処理に慣れて自動運転でできるようになる

1は、たとえば、コピーできるものはなるべくコピーにする(入力ミスや変換ミスの確認が不要になる)などが考えられます。数字は、入力ミスをみつける方法が品質管理の話では必ず出るくらいに転記ミスがよくあるらしいのですが、どうしてそういうことになるのか、私は理解に苦しみます。私は、ほとんどをコピーペーストで処理していて、コピーペーストできる形になっていないごくまれなケースやあえて数字を書き換えるときくらいしか手入力しませんし、そういうイレギュラー処理をするときは注意力に振り向けるリソースを意識的に増やしますし(イレギュラーだからできること。いつもしていることは注意散漫になりがち。というか、くり返す処理は注意しなくなるから上記の3が成立するわけで)。

2は、たとえば1との関係で、millionなどがついた数字もあらかじめ全体を数字に自動変換しておけばコピーペーストで転記することができます。変換は、産業系なら全部半角の算用数字に変換しておきますし、縦書きの書籍で漢数字なら漢数字に変換しておきます。最近増えている縦書きの算用数字なら、1桁全角、2桁半角、3桁以上は全角に変換しておきます。

入出力処理は工夫のしようがない……わけではありません。まず、フォントを読みやすいものにする、似た文字が簡単に区別できるサイズにするなどはすぐにでも工夫が可能です。「り」と「リ」、「1」「l」、濁点・半濁点、英数字の全半角など、区別が必要なのにフォントの種類やサイズによっては区別しにくい文字がけっこうあり、工夫の余地が十分にあります。

モニターの輝度やコントラスト、色温度なども見やすくて疲れにくいと感じるように調整すべきです。

モニターサイズが大きければ、目から情報を入力する際の負荷が小さくなります。一覧性があがってウインドウの切替をする必要が減りますし、フォントサイズも大きなものが使えるようになります(小さなモニターで大きなフォントにすると表示できる情報量が少なくなってしまう)。

私はひとつ前の投稿「トリプルモニター」に書いたようなモニター構成にしているわけですが、ああいうことになってしまったのは、このあたりを追求した結果です。

キーボードやマウスを使いやすいものにするのも大きな効果があります。どれが使いやすいかは個人差があるので自分に合ったものを探しましょう。

■頭というツールと作業画面

頭というツールとの関係で考えたとき、ある意味、一番大事なのは、実は、翻訳作業をするウインドウです。理由は、そこを見ている時間がダントツに長く、訳文案出の元となる入力情報もここから入ってくるものがダントツに多いから。ここから入ってくる情報だけでもまちがってはいないと言えるくらいの訳文が作れてしまうから。

前後の文になにがどう書かれているのかや、訳出中の文が段落内のどういう位置にあってどういう役割を果たしているのかなども訳出に必要な大事な情報です。これが一目でわかるウインドウでなければ困ります。

私は「翻訳メモリーもできれば使わない方がいい」とあちこちで言っているのですが、その理由のひとつがこれです。ちなみに、このあたり、前述のしんハムさんセミナーでも取りあげられていました。

翻訳メモリーのエディター画面は1行1文(正確には1行1セグメント、なのでしょうが)が基本です。処理真っ最中のものだけが特にピックアップされるものもあります。いずれにせよ、訳出中の文が段落内のどういう位置にあるのかはわかりにくくなります。これは致命的です。論理の流れは段落単位で変化することが多いわけで、論理の流れが追いにくくなるからです。

前後の文も表示できる量が少なすぎます。

私の感覚では、横80桁(全角文字なら40文字)として縦30行くらいが下限です。これでは不足というときもあって若干やりにくいのですが、まあ、このくらいあれば目隠しをされている感覚には陥りません。最近のノートパソコンなら、このくらいはなんとか表示できます。

45行くらいあれば十分だと感じます。デスクトップのモニターで上下めいっぱい使うと60行くらい表示できますが、基本的にそこまでにせず45行くらいの表示で使っています。

翻訳メモリーのエディターは、かりに同じ広さにできたとしても、1行1文なので、表示できる情報量ががくんと落ちます。であるのに、翻訳メモリーの画面はエディター以外にもいろいろとあるので、エディターをこれほど広くするのは困難です。結局、一覧できる情報量は、エディターやWordで単純に文書を表示する場合の20行分とか、下手すれば10行分とか5行分とかしかなくなってしまいます。つい最近、翻訳メモリーを使いはじめた友人が「馬の目隠しを付けられてるような気がする」と感想を漏らしていましたが、そう感じるのは、このあたりに原因があるのだろうと思います。

翻訳メモリーによってはエディターの表示幅が調節できず、横長に文章が表示されるものがあります。これも、目からの入力を阻害する特徴です。表示幅が広すぎても狭すぎても読みにくいからです。そういう意味では、対訳形式のエディターは幅が狭くなりすぎるきらいがあります。大型モニターとすれば回避できる欠点なので絶対的なものではありませんが、ノートパソコンなどモニターが小さい環境では致命的と言える欠点になります。

そのあたりは、気をつければ大丈夫、元文書をちらちら見て補足する、あるいは、最後に元文書の形式で読みなおして調整するから大丈夫という話をよく聞きます。そう聞くたび、正直なところ、思います。そんなわけないだろう、と。

「気をつければ」と付いている時点でダメです。この記事でも、「気をつけなければならないことを減らす」を最初にあげているくらいで。

「元文書をちらちら見て補足する」は、やらないよりずっとましです。翻訳メモリーを使わざるをえないのであれば、最低限、このくらいはする必要があります。でも、翻訳メモリーのエディターが抱える欠点を完全に補完できるわけではありません。やらなければならないことが増える分、訳文の案出に使える脳のリソースが減ってしまいます。

「最後に元文書の形式で読みなおして調整する」も、やらないよりずっとましですし、翻訳メモリーを使わざるをえないのであれば、最低限、このくらいはする必要があります。でも、これもまた、翻訳メモリーのエディターが抱える欠点を完全に補完できるわけではありません。仕事時間の9割以上をぶつ切りで文脈が見えにくい環境で過ごし、そこでいったんヨシとした訳文を前に、仕事時間の1割以下の時間、さまざまなポイントのひとつとして文脈に「も」注意を払えばなんとかなるほど文脈って簡単な話じゃありません。いや、まあ、みなさん、私なんか比べものにならないほど文脈把握能力が高く、それでなんとかなるってことなのかもしれませんが。

まあ、翻訳メモリーについては、翻訳メモリー必須の仕事をするなら使わざるをえず、少しでも悪影響を小さくするように使う工夫をするしかないというのもよくわかります。なかには、翻訳メモリーと相性のよくない案件は普通のエディターで翻訳し、完成した訳文をメモリーに流し込んで納品するって人もいたりしますけど。

というわけで、翻訳メモリーを使わざるをえないならそれなりに工夫、使わなくていいなら文脈把握を妨げない画面構成を徹底的に追求する、ということになるのだと思います。

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