JTFスタイルガイドセミナー「プロが教える日本語文章の校正・リライトのテクニック」
標記のセミナーに参加してきました。
講師は校正やリライトをされている磯崎博史さん。ふつうはもっと時間をかけていろいろとやるらしいのですが、今回は、2時間と時間が短かったことから、ごく一部を駆け足で紹介という形だったようです。
内容は、基本的なポイントをおさえたものでよかったと思います。ワークショップ的なやり方なのに手があまりあがらなかったのは、日本人だからか、どうしたらいいのかわからない人が多かったのか、どちらなのでしょう。
いずれにせよ、今日は、突っ込んだ議論はせず、さらっと流した感じになりました。これで終わりにするのはちょっともったいない気がするので、「正文に仕上げる」の演習4について、できたら突っ込んでみたいなぁと思ったことをメモしてみます。
■課題(2文目を書き換えるのが演習課題)
長年売れない営業マンだった私が、だんだんと営業先に行って話をして、仲よくなってプレゼンテーションにまで持ち込むことができるようになったころのこと。それまでは楽しそうに聞いてくれていた相手が、さあ、いよいよ購入を、という段階になった途端「今日はとても勉強になりました。いい話をどうもありがとうございました」と言われて、がっかりしたことが何度もありました。(ダイヤモンド社『売れる営業に変わる14の黄金法則』)
2文目のおかしな点は「相手が~と言われて、がっかりした」と用言の「言われる」と明示されている主格の「相手が」が呼応していないというところでしょう。(必ずしもそうではないとも思います。詳しくは後述)
提示された修正案は(↓)のようになっていました。
話していく中で、さあいよいよ購入を、という段階になった途端、それまでは楽しそうに聞いてくれていた相手から「今日はとても勉強になりました。いい話をどうもありがとうございました」と言われて一方的に面会を終わりにされ、がっかりしたことが何度もありました。
説明は、概略、(↓)のような形だったと思います。
- 「さあ、いよいよ購入を、という段階になった途端」が挿入として長いので、前に出して整理
- 「さあ、いよいよ購入を」を文の頭にすると前とつながらないので「話していく中で、」を追加。
- 「『……』と言われて」だけではわかりづらいので「一方的に面会を終わりにされ」を補足
さて、この課題、私がさっとメモした修正パターンは(↓)のようにいろいろとあります。なお、この段階では、最小限の修正で正文にする、つまり、もとのパーツをなるべく使うという方針でやっています。
さあ、いよいよ購入を、という段階になった途端、それまでは楽しそうに聞いてくれていた相手に「今日はとても勉強になりました。いい話をどうもありがとうございました」と言われて、がっかりしたことが何度もありました。
「相手に~と言われて、がっかりした」で「言われた」のも「がっかりした」のも書き手となるので正文というわけです。
セミナー時、この入り方では前とつながらないとの説明がありましたが、私はこれでかまわないと思いました。その前で営業の話だと振ってあるので、「さあ、いよいよ購入を」から入っても読者が置いてけぼりにはならないと思うわけです。この頭の部分がぐちゃぐちゃ長くなれば話が違うかもしれませんが。
それまでは楽しそうに聞いてくれていた相手が、さあ、いよいよ購入を、という段階になった途端「今日はとても勉強になりました。いい話をどうもありがとうございました」と言いだし、がっかりしたことが何度もありました。
「相手が~と言いだし、がっかりした」という流れ。「が」は小さくかかるのでテンを越えられず、言い出した人(相手)とがっかりした人(書き手)が異なるのはかまわないわけです。
ただ、「さあ、いよいよ購入を、という段階になった途端」が間にあるのは気になります。ただし、長さの問題ではなく、時を示す部分なので頭にあったほうが座りがいいという問題なのではないかと思います。
それまでは楽しそうに聞いてくれていた相手が、さあ、いよいよ購入を、という段階になった途端「今日はとても勉強になりました。いい話をどうもありがとうございました」と言われて、がっかりな状態になったことが何度もありました。
「相手が~と言われて、がっかりな状態になった」で、これも一応は正文です。ちなみに、この「言われて」は敬語表現で、言ったのは相手になります。これが正文で「相手が~と言われて、がっかりした」が非文と違うのは、書き手が表に出ているか否かに「言われて」の解釈が引っぱられるからだと思います。
それまでは楽しそうに話を聞いてもらえていたのに、さあ、いよいよ購入を、という段階になった途端「今日はとても勉強になりました。いい話をどうもありがとうございました」と言われて、がっかりしたことが何度もありました。
視点を書き手に固定したもの。日本語としては、これが一番すなおでしょうか。
ここまではぎりぎり不自然でないところまでの修正ですが、もう一歩やるなら、(↓)くらいでしょうか。
楽しそうに話を聞いてもらえていたのに、さあ、いよいよ購入を、という段階になったとたん、「今日はとても勉強になりました。いい話をどうもありがとうございました」と断られ、がっかりしたことが何度もあります。
この文で悩ましいなぁと思うのは、「さあ、いよいよ購入を、という段階になった途端」の位置です。ここは時を表すパーツなので、頭にもっていったほうが座りがよくなるはずです。
一方、出来事を時系列で整理すると、「楽しそうに聞いてもらった」から「購入の段階が来た」へと流れるわけです。これをひっくり返すと、「~したとたん」と瞬間を切り取った上で、「それまでは楽しそうに聞いてくれていた」とその前にあったある幅の時間における出来事を提示し、その後また、「~したとたん」の瞬間の話に戻すことになってしまいます。つまり、時系列や時間の切り取りという面では、並び順は最初のママがいいということです。
この場合の選択肢は三つ。「それまでは楽しそうに聞いてくれていた相手が」を前にする、「さあ、いよいよ購入を、という段階になった途端」を前にする、時系列でスムーズに流れるように書き換える、です。ある意味、この3番目をやったのが、上に書いた修正例の最後だと言えるでしょう。
■セミナー後のランチ会
セミナー後、10人ほどが流れ、近くのレストランでランチ会をしました。そのとき、「『重複の解消』とかわかっているのだけれど、急ぐとついやってしまう。時間がないとあとから修正もできず、きづくと『~の~の~の』とかが残っていたりする」なんて話がありました。
それ、身についていないからできないんだと思います。身につけるには練習あるのみ。テーマを決め、半年とか1年とか重点的にトレーニングすればたいがいのことは身につくはずです。たとえば「重複の解消」をテーマとするなら、重複をみつけたとき、それが仮に「の」の2連続であっても、必ず、解消しようと努力してみるのです。重複を解消した文と解消していない文、ふたつ(あるいはそれ以上)を書いて、文脈に合うもの選ぶ、ということをくり返す。これを半年とか1年とかやれば、重複がめったにない訳文を最初から書けるようになるはずですし、なにかが重複してしまったときもさっと修正できるようになるはずです。少なくとも、私は、そういうやり方でいろいろなことが身についたと思っています。
なんて話をしていたら、帰り道、とある方に言われました。「井口さんは苦労せずに訳文が書けてるのかと思ってました」と。そんなはずないじゃないですか。練習をくり返し、スキルを一つひとつ身につけていかなければならないのは誰でも同じでしょう。しかも、身につけなければならないスキルの数に比べると時間が足りないのは明らかで……あせってしまうことのほうが多いくらいです。
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コメント
「そんなはずないじゃないですか。」というお話を伺うことができて良かったです。
自分から見てすごく先を、すごく速く走っている人は、楽々とやっているように見えてしまう。
今は少しは楽になっているとしても、練習をくり返して、一つ一つ身につけていかれた結果なんですね。
名選手と呼ばれる方々が、見えないところで素振りをくり返していたと言うようなお話を、ご本人から直接お聞きしていたわけで、強く印象に残りました。
これからも、何度もつまづくだろうと思いますが、コツコツやります。
投稿: びん | 2015年4月24日 (金) 19時21分
「言われて」→「言い出してしまい」の書き換えだけですみそうに思いますが……。そうすれば、「さあ、いよいよ購入を、という段階になった途端」の位置もそのままでよいですし。
もとの分は、書き換えた個所でつまづいてしまいますが、それまでは書き手の頭のなかが透けてみえてわかりやすいように思います。
そういう流れをいかすのも手かと。
「~てしまう」のかたちは、中止形にしたときのキレがよいので、大丈夫だと思います。
投稿: Sakino | 2015年4月24日 (金) 20時42分
昨日はお疲れさまでした。
この演習課題に対しては、わたしもいろいろなパターンを考えました。時を表す「さあ、いよいよ購入を~」をどこに置くか、これを最初に持ってくると前段とのつながりが確かに弱まるんだけどNGではないはず(ここ、Buckeyeさんと同意見です)、さらに時系列で言うなら「楽しそうに話を聞いていた」を先に持ってきたほうが良いのか……。そして最後は結局「どこまで語句を補って良いのか」が悩みどころでした。
三位一体の課題は難しいです。これはもうちょっと考えてみたいと思います。
ランチオフもありがとうございました!
投稿: マーリン | 2015年4月25日 (土) 07時16分
ほかでも書きましたが……「三位一体」は、課題として提示された範囲だけでは、本当には収まりがつかないと私は思ってます。あそこの収まりがつくように前後も書き換えてやらなきゃだめってことです。特に「妥協の産物」を固定したいのであれば。ここをばらしてよければ、課題範囲だけでもそれなりの形になりますけど。
投稿: Buckeye | 2015年4月25日 (土) 08時19分