JTF翻訳業界調査(個人翻訳者編)の報告
昨日、日本翻訳連盟(JTF)の総会・基調講演・懇親会がありました。今年の基調講演は、私も委員としてかかわった「第4回翻訳業界調査」の報告です。
翻訳企業編は別の委員が報告し、私は個人翻訳者編を担当。私が使える時間は30分くらいしかなかったのですが、調査報告書の内容をざあ~っと駆け足で紹介したあと、報告書作成後に追加でやってみた解析を交えて報告しました。
業界関係の調査は、翻訳系の雑誌で昔からやられていますが、集計はいわゆる単純集計ばかりです。それはそれで有用ですし、それ以上の分析はとたんに大変になるのでふつうは単純集計しかやらないものなのですが……今回は、名前やメールアドレスなど、個人を特定できる情報を削除した状態で生データを受け取り、いろいろなパラメーターのクロス分析などをしてみたわけです。このブログでも、単純集計されたデータをもとに2次分析をいろいろとしていますが、今回は、元データにアクセスできるので、いままでわからなかったこともわかるはずです。
●雑誌に掲載された調査結果をもとにした2次分析
■追加分析の結果
今回の報告は30分しか時間がないので(しかも、調査概要も紹介しなければならない)、「年収に与える影響は単価(質)と速度のどちらが大きいか」だけをピックアップしました。細かな分析は私の一存で公開するわけにいかないのでここに書けないのですが、「単価(質)のほうが年収増加に寄与する」という結果になりました。
もちろん、速度も遅いより速いほうが年収は多くなりがちですし、それでびっくりするくらい稼いでいる人もいるわけですが、多くの翻訳者から実態を教えてもらい、それを統計的に処理してみると、「年収を増やしたければ速度向上より単価改善を狙ったほうがいい(そうした人のほうが年収が多い傾向にある)」という結果が得られたわけです。
私にとっては、感覚的にそうだろうと思っていたことが、今回、数字で裏付けられた格好となりました。正直、ちょっとほっとしています。これが逆の結果だったら、このブログでもくり返し主張していたこと(スピードより質を重視した方がいい)を方向転換しなければならなかったのですから。
また、稼ごうと思えば稼げるのに、子育てなのか介護なのか、はたまた人生に対する姿勢なのか、ともかく、なにがしかの理由で仕事量を制限している人の存在もはっきりとデータから浮かび上がりました。単純集計だと、こういう人たちは、「年収があまり高くない人」にしか見えないわけですが、その実態が明確になったわけです。
逆に、高収入(600万超)は、労働時間がかなり長く、勤め人なら、これで死んだら過労死認定が出るような長時間労働をしている人が多いことも明らかになりました。もちろん、それなりの時間で高収入をたたき出している人もいます(上記、仕事量を制限している人の中にも)。そういう人たちがどういう働き方をしているのかなども、もう少し詳しくデータを見ればわかるのではないかと期待しています。
■業界調査について
今回の調査はウェブ調査としており、JTFとJATの会員にはメールで調査への協力依頼を送り、そういう方々の一部がツイッターやFacebookなどのSNSで紹介してくださって一般に拡散という形で回答が集まったものです。いわゆる無作為抽出にはなっていないので代表性が完全だとはとても言えません。ですが、最終的には有効回答数で400人を超える大規模なものとなってなっており、その規模がある程度の代表性を担保してくれていると考えられます。実際、集計結果を見ても特異値による影響と思われるようなものがなく、かなりいい形になっています。また、全体で400人超のデータがあると、各種の条件でセルに分割しても各セルにそれなりのデータ点が入るので細かな分析をすることができます。今回の分析も、400人超という規模があったからこそ可能となったもので、翻訳者にとって貴重なデータだと言えます。
私は調査委員会の委員なので自画自賛になってしまいますが、今回の調査は、翻訳者への調査としてかつてないほど優れた調査になったと思います。
もちろん、質問の仕方などにいくつも改善すべき点がみつかっていますが、JTFの翻訳業界調査で個人翻訳者を調べたのは今回が初ですから、しかたがありません。今後に生かしていきたいと思います。
ちなみに、翻訳系雑誌などの調査では、昔、アルクさんがそれなりの規模で毎年やっておられ、最後は200人超くらいになっていたのですが、10年以上も前にやめてしまわれました。最近は、イカロスさんが不定期にやられるものしかなくなっています。こちらは100人行かないくらいの小規模なものなので、どうしても代表性が低くなってしまいます。生データにアクセスできたとしても、細かな分析をしようとすると空のセルや特異値の影響が強いセルが多くなって無理があるはずです。
この分析結果については、今度、JATさんのIJETでも取りあげる予定です(セッション録画なし、PPTスライドの公開なしなので、聞きに来てくださった人にしかお伝えできません。もともとがJTFの調査なので、勝手に公開というわけにはいかないのです)。また、秋の翻訳祭でも、このあたりを含めて1セッションを担当する話になっています。
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