『ぼくがジョブズに教えたこと――「才能」が集まる会社をつくる51条』
本書の帯には「ジョブズが師と仰いだ伝説の起業家、ついに語る」と書かれています。といっても、具体的になにをどうしろなどと教えたという話ではありません。あのスティーブ・ジョブズを見いだした人物、メンターとして彼を見守り、下手すれば会社という組織のなかでつぶされかねなかったジョブズの創造性を育んだ人物が、「次なるスティーブ・ジョブズをみつけるにはどうしたらいいか」を語った本です。
2014年5月1日発行としばらく前に出たのですが、いろいろ忙しかったりしてブログが更新できず、こちらで紹介できずにいました。
本書の翻訳では、「著者が親しげに語りかけてくるイメージ」になるように注意しました。そのため、全体にかなりくだけた調子になっています。まじめ一辺倒できちきちやっても創造性なんて育めないよっていうような内容ですから、書き言葉にしてしまうのは論外ですし、しゃべり言葉にしても堅苦しいのは内容と合いません。ただ、一応、ビジネス書というくくりになるのでくだけすぎるのもまずいでしょう。そのあたりのさじ加減が難しくて、だだ~っと訳していると硬軟どちらかに流れてしまい、少し戻って修正したりといったこともずいぶんしました。
言葉使いだけでなく、表記もひらがなに開き気味にしています。内容と対象読者に応じて漢字に閉じるかひらがなに開くか、その割合を変えるのですが、かなりひらがな寄りにしてあるわけです。私が訳すのは専門書より一般書が多いのでふだんから開き気味に加減しているのですが、今回は、そのなかでも特に開き気味にしたわけです。
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訳者あとがき
2011年に亡くなったアップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズを知らない人はいないだろう。本書は、そのジョブズを発掘し、世に送りだしたとも言える人物が書いたものである。いま、スティーブ・ジョブズから学ぼうという本がたくさん出ているが、これは「ジョブズに教えた人物から学ぶ」異色の本なのだ。
といっても、本書を読めばジョブズのようになれるというわけではない。書かれているのは、「どうすればスティーブ・ジョブズのような人材を発掘・活用できるのか」だ。
伝記を読まれた方ならよくよくご存じだろうが、ジョブズは優秀だがかなりの変人で、特に日本のような社会では若いうちにつぶされるであろう人物だ。常識的なやり方では発掘もできないし、まして、うまく活用することなどできない。それどころか、下手をすれば社内がめちゃくちゃになってしまいそうである。
それでも、ジョブズほどすごい製品を作る人材なら、ぜひ、自分の会社でも手腕を発揮してほしい、できれば、まわりにいる普通の人たちとうまく折り合いをつけながら……と思う人は多いはずだ。
その夢を実現するヒントを51カ条の「ポン」にまとめたのが本書である。
著者のノーラン・ブッシュネルについて簡単に紹介しておこう。日本ではあまり知られていないが、米国では「ビデオゲームの父」として有名な人物だ。もう40年ほども前のことなのである程度以上の年齢でなければならないが、白黒の画面でテニスのようにボールを打ち合うビデオゲームやブロック崩しをした人はいないだろうか。私は夢中になって遊んだ記憶がある。実は、あれこそ、ブッシュネルが創業したアタリという会社が作ったゲームだ(別会社がコピーした海賊版もたくさん出回ったので、海賊版かもしれないが、ともかく、オリジナルの開発はブッシュネルである)。
ブッシュネルはアタリでビデオゲーム業界を生みだしたほか、ピザ屋とゲームセンターが融合したようなチャッキーチーズを立ちあげるなど、独創的な仕事が多い。また、29歳の若さでアタリを創業したあと、たくさんの会社を起業・経営してきた。最近の米国には若い経営者がたくさんいるのでこう聞いてもあまり驚かないかもしれないが、当時はまだ珍しかったという。つまり、ブッシュネルは、アントレプレナーの世界でも先駆け的存在なのだ。
ちなみにアタリが売り出したゲームの名前は、テニスのようなものが「ポン」、ブロック崩しが「ブレイクアウト」である。そう、本書の51カ条が「ポン」なのは、ここから来ている。「スティーブ・ジョブズのような人材を発掘・活用するためにはこうしたほうがいい」というのがポンなのだが、ポンはポンであってルールではない。ブッシュネルによると、ルールというのはどのような状況にも適用可能なものであるのに対し、ポンは、それが有益である場合や必要である場合にのみ適用するものなのだそうだ。なんだかすごくおおざっぱに感じられるが、まさしくそのとおり。ブッシュネルもジョブズも言っているのだが、「ルールを厳しくすると創造性が死ぬ」からおおざっぱがいいのだ。
さて、内容だが、やはり、普通のアドバイスとはひと味もふた味も違うものが多い。
まず、第1条「職場を会社の広告塔にしよう」に出てくる「アタリ社がスティーブ・ジョブズをみつけたわけではない。我々は、彼が我々をみつけやすくしただけだ」というブッシュネルの言葉を紹介しておきたい。「クリエイティブな人が欲しい」と言って人を探すことも必要だろうが、クリエイティブな人が働きたいと思うような会社にしておくことが大事というわけだ。
第5条「資格も経歴も無視!」、第9条「鼻持ちならない人を雇おう」、第10条「クレイジーな人を雇おう」、第11条「いじめられる人を探そう」などは、いずれも常識外れのアドバイスと言えるだろう。第15条の「逸材はあんがい身近に」では、レストランやお店で接客してくれた人を雇ったり子どもの応援に行った先で出会った人を雇ったりという事例も紹介されている。日本は非正規雇用が広がり、若者を中心にアルバイトの人がどんどん増えている。そのなかに逸材がいる可能性は当然にある。「身の回りの人すべてを採用候補者だと思って見れば世界は一変し、可能性が大きく広がる」わけだ。
人材は活用してなんぼなので、次なるスティーブ・ジョブズをみつけて雇うだけではいけない。うまく育てて活用しなければならないのだ。そのためにブッシュネルが実地にしてきたこともたくさん紹介されている。
私のお気に入りは第30条の「失敗にこそ賞を」だ。「失敗をおそれずチャレンジしろ」とはよく言われるが、チャレンジして失敗したら大きなマイナスの評点が付くようでは誰もチャレンジしない。また、こういうことは、「失敗してもいいんだよ」と口で言われてもなかなか信じられない。そういう意味で、チャレンジしたけど失敗だった案件のなかで一番すごいものを表彰するというのはいいアイデアだろう。明るく楽しく、「すごいな~」という雰囲気でやらなければ逆効果であることは言うまでもないが。
第39条の「おもちゃを活用しよう」もいい。そもそも就業時間中におもちゃで遊ぶなど、普通の会社なら言語道断なわけだが、そのほかにも、「使うおもちゃは社員に選ばせる」、「自分の机にもって帰っても気にしない」、「少しくらいなくなっても気にせず補充する」などとちょっとありえないアドバイスが続く。
第21条の「パーティで社員の口を軽くしよう」は、日本流に言えば「ノミュニケーションのススメ」である。最近は日本でも減っていると言われているが、ブッシュネルは、日本より個人主義が強い米国でノミュニケーションがとても有効と言っているわけだ。費用会社持ちの無礼講というやり方であるあたりがブッシュネル流だろう。
仕事の進め方についてのアドバイスもいろいろとある。クリエイティブな部下をもった上司の心得的なものや、クリエイティブな発想を抑えない仕組みから、普通の人に少しでもクリエイティブになってもらう工夫まで、たくさんのヒントが用意されている。第44条「生活にこまめに変化を」のように簡単にやってみられるものも少なくない。第45条の「さいころで決めてしまえ」などは私もそのうちやってみたいと思っている。
なお、本書は、各項目が独立しており、頭から読んでいく必要はない。「はじめに」は最初に読んだほうがいいと思うが、そのあとは、目次を見て興味を引かれた項目から読んでいけばいい。そもそも、本書に紹介されているのは「すべて実現すべきルール」ではなく、「効果がありそうなときに利用すればいいポン」である。読み方も、同じくおおざっぱでいいはずだ。
最後にもうひとつ。「おわりに」にあるアドバイスをお忘れなく。
2014年4月 井口耕二
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