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2012年10月 4日 (木)

『リーダーを目指す人の心得』-誤訳の指摘(追加)

アマゾンのカスタマーレビューに、別の方(FreshAirさん)から、(↓)のようなコメントがありました

原著を読んで比較しているわけではないし誤訳どうのという議論に立ち入る意図も無いが、「なにごとも思うほどには悪くない。翌朝には状況が改善しているはずだ」となっている部分については、米軍の上級士官経験者にしては少し不自然に思えて、この本を読んでいる間ずっと引っかかっていた。実際、本書には「悪いニュースが時間とともに良くなることはない」というこれとは違うニュアンスにも取れる主張が2箇所で登場している。

たしかに、「悪いニュースが時間とともに良くなることはない」とのあいだで矛盾を感じるというのはありそうです。つまり、読者を惑わせることになるわけで、ここの訳はよくなかったかもしれません。正直なところ、訳しているとき、こちらとの関係については考慮しませんでした。考慮すべきポイントであり、少なくとも全体を読みなおしているときには気づいてしかるべきだったと思います。

増刷があったとき直すとしたら……どうするのがいいでしょう。

これを検討するにあたり、考えたことをリアルタイムでメモってみます。だらだらとした投稿になるかもしれませんが、お付き合いください。

基本的には、ひとつ前の投稿でも書いたように、「もう少しマシに思えるはずだ」「もう少しマシに感じるだろう」的な方向がいいと思うのですが、あまり簡単な話でもないと思うのです。

「なにごとも思うほどには悪くない。翌朝には、もう少しマシに感じるだろう」のようにすると、時の問題と、感覚と事実という問題との2面で微妙に整合性がないと思うのです。

1文目は、ある日、なにか問題に遭遇し、その問題がとてもひどいと感じているとき、「その問題はそれほど悪いものではない」という事実というかなんというか、感覚とは別のことを指摘しています。それに対し、2文目は、「翌日になればマシに感じる」と人間の感覚を取りあげています。全体では一晩寝たらなにかが変わるという話なのに、変わる前と後で別のものを取りあげたのではおかしいでしょう。

ちなみに、"It ain't as bad as you think. It will look better in the morning."という原文は整合性が取れていてなんの問題もありません。英語と日本語だとなにをどう訳してもどこかが微妙にずれるのが普通なのですが、そのズレで日本語側に問題が生じているということです。英語は2文とも"It"が中心になっており、であるが故に2文がきれいにつながるのですが……日本語だと、2文目の主体が人間になってしまうので、感覚と事実という問題も生まれるし、感覚が入ってくるから時についても問題が生じてしまうのだと思います。丸出だめ夫さんが意味合いとして書かれている「いまは悲観的になってるから悪く見えるが、翌朝には冷静に判断できる」は、1文目も主体を人間にしているので日本語としてうまくつながるのですが、あくまで内容の説明であり、この原文の訳としては使えないパターンです。だからといって、2文目の主体を「なにごとも」を受ける無生物にするのは、日本語として無理があります。

1文目にも「思うほどには」と感覚的な話が入っているので、時間的にそこと同じポイントで感覚を指摘するのならまだしもですが、「翌朝」と時間的視点がずれているわけで……

あ、なんだ、翌朝から前をふり返ればいいだけですね。気づいてしまえばどうということもない話で、なにも考えず、感覚的にさらっと訳せていてもおかしくなかった気がします(^^;) ひょんなことで袋小路に入ってしまうと感覚では抜け出せないので、ごちゃごちゃ考えてしまったのも仕方がないのかもしれませんが。

具体的には……1文目がモノゴトそのものを取りあげているので、少しでもそちらに近づける方向性で

なにごとも思うほどには悪くない。翌朝になれば、もう少しましだったとわかるだろう。

とする? うーん、イマイチ……かなぁ。このあと、「こうなる場合もあるし、ならない場合もある。どちらでもいいだろう。これは心構えの問題であって予測ではないからだ」と説明が続くのですが、この説明を「わかるかどうか」、言い換えれば、わかる能力があるかどうか的に取られる可能性もありそうです。となると、

なにごとも思うほどには悪くない。翌朝になれば、もう少しましだったと感じるだろう。

のほうがベターかなぁ。うーん、でも、これも、どうも2文のまとまりが悪いような……「思う」のくり返しを避けたのが裏目に出ている気がします。

なにごとも思うほどには悪くない。翌朝になれば、もう少しましだったと思えるだろう。

このほうがまだしもな気がしますが、「ましだった」がなにを指しているのかわかりにくい人もいるかもしれません。そこを補足すると

なにごとも思うほどには悪くない。翌朝になれば、もう少しましな事態だったと思えるだろう。

でしょうか。意味合い的には悪くない気がしますが、言葉が増えて重くなってきてしまいました。少しでもすっきり軽くなるようにしてみます。「事態」も重いのでやめておきましょう。

なにごとも思うほどには悪くない。翌朝になれば、もっとましな話だったと思えるだろう。

文末は、「だろう」のほか、「はずだ」あたりもいいんじゃないかと思いますが……

なにごとも思うほどには悪くない。翌朝になれば、もっとましな話だったと思えるはずだ。

はよくありませんね。いや、この2文だけならこれでいいんですが、後ろに続く「こうなる場合もあるし、ならない場合もある。どちらでもいいだろう。これは心構えの問題であって予測ではないからだ」とのつながりが悪いと思います。「こうなる場合もあるし、ならない場合もある」のが「はずだ」の部分、つまり、「はずである場合もあるし、はずがない場合もある」と取る人がいるかもしれませんから。これに対して、「だろう」なら、「思える場合もあるし、思えない場合もある」としかならないはずです。

というわけで、とりあえず、(↓)を候補としておきましょう。

なにごとも思うほどには悪くない。翌朝になれば、もっとましな話だったと思えるだろう。

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コメント

複数の人から、「前のほうがいいと思う」という意見もいただいたりしてまして……悩ましいですね。そう感じる人がそれなりにいるのであれば、すでに表に出てしまっているものを変えない方がいいとも考えられますから。

投稿: Buckeye | 2012年10月 4日 (木) 12時19分

ここ、「どのように受けとられるか」が問題なわけですが、読まれた方、全員に聞くわけにもいきません。あちこちから寄せられた意見なども参考に、編集さんともいろいろ相談した結果、直さないことにしました。

おそらく、直しても直さなくても批判があるのだと思いますが、それはまあ、仕方ないですね。

投稿: Buckeye | 2012年10月23日 (火) 21時41分

件の本は未読ですが、「翌朝には別の見方が思いつくかも」みたいな言い方は? これだと感覚ではない事実についての表現になるかと。

投稿: 歩く良識 | 2012年10月28日 (日) 10時29分

歩く良識さん、

そうですね、そういう訳し方も考えられると思います。

投稿: Buckeye | 2012年11月 7日 (水) 16時08分

今更ですが、「現実は考えるほどに悪くあらず。翌朝には気付くさ。」意訳しすぎですか?
isn'tでなくain'tを、「あらず」という感じで。
you thinkなので、「こんな悪いことはないわー」みたいに頭いっぱいに考え込んじゃっている感じで、「思う」より「考える」と。もっと言うと「悩んでいるほど悪くない」ぐらい行けるかもしれませんが、行き過ぎですね。
一方後半は、looksなのでもう少し受け身に「気づく」と。
あ、英語全然できない人間なので、返事もいりません。
本、注文しましたので。
失礼致しました。

投稿: 良きリーダーになりたい | 2013年4月25日 (木) 19時23分

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