『ワンクリック―ジェフ・ベゾス率いるAmazonの隆盛』
今月18日に訳書が出ました。このところばたばたしていてブログが書けておらず、この本を紹介するのも遅くなってしまいました。アマゾンから日本向けキンドルが出るとのニュースが流れたので、あわてて書いたような次第でして。
それはともかく。本書は、ジェフ・ベゾスとアマゾンに関する本です。
ジェフ・ベゾスは表に出る部分をしっかりコントロールしており、アマゾンの経営に関する部分以外はあまり知られていません。『ワンクリック―ジェフ・ベゾス率いるAmazonの隆盛』は、そのベゾスについて、コンパクトによくまとまっている本だと思います。
この本は訳すのにかなり苦労しました。原著者の英語と私の相性が悪かったのか、すなおに訳すとどうも収まりが悪いところが多く、あちこちで、ああでもない、こうでもないと、いろいろな訳し方をしてはどれにしようかを選んだものですから。英語で読んでいる分にはさらっと読めてしまいますし、文単位で訳すだけなら特にどうということもなく訳せたりするのですが……もっと大きな流れを作るのが難しくて。
今年は、もともと、一通り詰まってはいるけれど、特に大変ということないはずのスケジュールだったのですが、この1冊が、予想をはるかに超える手間がかかってしまったもので、そのあとのスケジュールが全部狂ってしまいました。英語を読んだとき、ここまで手間がかかるとは思わなかったし、それなりの余裕はみていたつもりなのですが……。
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訳書あとがき
アマゾン・ドット・コム――言わずと知れたインターネットの巨大小売店である。本書は、そのアマゾンを一代で築いた創業者、ジェフ・ベゾスの伝記だ。
日本にも2000年に進出しており、アマゾンジャパンのサイトを使ったことがある人も多いだろう。もともとは書籍のインターネット通販サイトとしてスタートし、「地球最大の書店」とうたっていたが、取扱品目を拡大し、いまでは、日常生活の買い物をすべてアマゾンですませられるのではないかと思うほどになっている。特に私のように通勤しない人間にとっては、わざわざ電車に乗ってお店まで行くことなく必要な品物が買えるのでとても重宝している。
そのアマゾンを創業したジェフ・ベゾスは、マスコミに対する露出を丹念に調整し、アマゾンや自分自身のイメージをコントロールしている。そのため、安物のドアに足をつけたものを机にしていたなど、経費を節減し、消費者に安く商品を届けるイメージにつながるエピソードはよく知られている。本書は、彼の生い立ちやどう考えてなにをどのように展開してきたのかなど、あまり知られていない話までをコンパクトにまとめている。
ベゾスのバックグラウンドは技術系だ。子ども時代にはいろいろなモノを作ったり修理したりしているし、大学ではコンピューターサイエンスを専攻。アマゾン創業前の仕事も、コンピューターのプログラミングだった。そのようなバックグラウンドの人が作ると、技術的に可能なことをめいっぱい詰め込んだものになりそうだが、アマゾンは逆で、利用者の手間ができるかぎり少なくなるように作られている。「検索ボックスなし、ナビゲーションのリンクなし、商品リストなしで、ただ、買いたい本、1冊だけがばーんと表示されれば、それが理想だよな」――社内ではこういう冗談を言いながら開発を進めていたらしい。技術系の人間が創業した会社でシンプルさを追求しているところと言えば、アマゾンのほかにアップルやグーグルが挙げられる。技術とシンプルさの組み合わせも、アマゾン成功の一因なのだろう。
いま、アマゾンでは巨大で複雑なコンピューターシステムがスムーズに動きつづけているし、アマゾンウェブサービスという形で他社にコンピューターパワーを提供したりもしている。だが、最初から完璧な形だったわけではない。立ち上げ当初は、ハッキングから守るためクレジットカード情報はインターネットにつながっていないコンピューターにのみ置き、注文時に受けとったカード番号をフロッピーディスクでクレジットカード処理用コンピューターまで持ってゆくといったことをしていたらしい。また、ベゾス自身も含め、社員総出で梱包作業に追われたりもしている。
そこからいまの巨大小売店まで発展できたのは、顧客の体験に焦点を合わせ、消費者が望むものを他社よりほんの少し優れた形で提供してきたからだ。他社が追いつくころには新しいなにかを導入し、常にほんの少しだけ優れた形で提供しつづけてきたからだ。ベゾスは、これを「業界2位の10倍になるには、実は10%だけ優れていればいいのです」と表現している。
そのアマゾンが将来に向けた布石として力を入れているのがキンドルと電子書籍だ。キンドルは5年ほど前に米国で発売になり、米国ではかなり普及しているが、日本への導入は遅れている。だが、ついに、2012年夏、日本版キンドル発売を知らせる文言がアマゾンジャパンのサイトトップに掲載された。
このキンドルについてジェフ・ベゾスは、これはサービスだと強調している。ポイントはガジェットと呼ばれるハードウェアではなく、コンテンツや使い勝手までを含めた総体的なサービスだと。言い換えれば、「どのような読書体験が得られるか」ということだろう。
アマゾンは、いままでも体験を重視してきた。「地球最大の書店」としてほかでは見つからない本が見つかるという体験を提供する、データベース検索によりリアル書店とは比べものにならないほど簡単に本が見つけられるという体験を提供するなどだ。
また、顧客に対しては、いい意味の驚きを提供しようする姿勢が見られる。注文されたソフトカバーの本が在庫切れだった場合、もっと安いペーパーバックの価格でもっと高いハードカバーを送ったりしたらしい。また、110万タイトルを販売していると言っていたとき、アマゾンのデータベースには150万タイトルが登録されていたそうだ。最初、少なめに発表すれば、あとで販売タイトルを150万に上方修正し、在庫が増えたと驚かせられるからだという。私の経験でも、届いた商品が破損していたとき、破損商品を返送する前に代替品が発送されて驚いたことがある。このようないい意味の驚きも、アマゾンが提供しようとしている体験の一部なのだろう。
日本には、キンドルを迎え撃つ立場のものとして、ソニーリーダーと楽天のコボがある。先行する両社とアマゾンの違いなどを考えつつ、本書を読むというのもおもしろいだろう。
2012年9月 井口耕二
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