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2012年9月30日 (日)

『リーダーを目指す人の心得』-誤訳の指摘

昨日発売された『リーダーを目指す人の心得』について、今日、アマゾンのカスタマーレビューに丸出だめ夫という方から「コリン・パウエル13か条の誤訳」という投稿がありました。

ちょっと原文と比較しただけでこれだけ誤訳が見つかるのであれば、他は推して知るべしであろう。

とのことで、全部で3点の指摘がありましたので、それぞれについて、簡単にコメントしたいと思います。

以下、丸出だめ夫さんに対する回答という形でコメントを書いてみます。

昨年の「『スティーブジョブズⅠ・Ⅱ』-誤訳の指摘」でも同じことを書きましたが……今回、回答といえるようなコメントを書いていますが、今後、似たような指摘があった場合にも同じことをするとは限りません。指摘に理があるか否かを検討し、必要があればどう直すのかを考えるだけならそれほどの時間はかかりませんが、回答コメントを書くとなると格段に長い時間がかかってしまいます。頭の中で瞬間的に考えたことをトレースし、それを他人にわかる形で文章にするというのは意外なほど時間がかかる作業なのです。ですから、今後、同じようなことがあってもコメントまでは書かず、直すべき点があれば直すだけにとどめる可能性が高いと思います。

「It ain't as bad as you think. It will look better in the morning.」の訳が「なにごとも思うほどには悪くない。翌朝には状況が改善しているはずだ」となっているが、「look better」だから「いまは悲観的になってるから悪く見えるが、翌朝には冷静に判断できる」という意味であって、ひとりでに「改善している」わけではない。

原文が意味するところは、基本的に丸出だめ夫さんが書かれているようなことですね。あとは、それをどういう日本語にするのか、です。

そのあたりを考えるにあたり、翻訳において大事になるのが前後との関係です。「いや、1文か2文のルールがリストアップされているのだから前後もなにもないだろう」と思われるかもしれませんが、今回の本では、第1章で、13カ条のルール、ひとつずつについて、パウエル氏本人が説明を加えています。そちらとのつながりから、「翌朝には冷静に判断できる」という意味合いに訳すのはまずいのです。

では、「翌朝には状況が改善しているはずだ」と訳すのがいいかどうかは、人によって意見が分かれるかもしれません。ただ、私としては、それでいいと判断したわけです。

そう判断した最大の要因は、「本書におけるこのリストは、このリストのみで完結するのではない。パウエル氏本人による説明を読んだ人が、その後、そういう内容をさっと思い出すきっかけとするものである」と考えるからです。

もちろん、そう考えた上で、もう少し別の訳し方のほうがよかった可能性はあります。

原文に添わせるなら、「もう少しマシに思えるはずだ」「もう少しマシに感じるだろう」みたいな訳し方がありえます。こちらなら、本文の説明とも矛盾なくつながります。ただ、英語と日本語の時制表現が違うことなど、いくつか理由があって、この訳は採用したくないと思いました。

ほかに、内容的にかみ砕くなら、「なにごとも思うほどには悪くない。落ちついて考えなおしてみよう」みたいな方向性もあるでしょう。リスト的にはこれが一番いいかもしれないという気もしますが、この訳は本文の説明につながらないので使えません。

「Be careful what you choose. You may get it.」の訳が「選択には最新の注意を払え。思わぬ結果になることもあるので注意すべし」となっているが、「思わぬ結果になる」のではなく「望んだ通りになるから」という意味だろう。「Be careful what you wish for. You might get it.」という諺のパロディだということを訳者はご存知ないようである。

まず、素朴な疑問がひとつ。そのことわざ、私が知らないとどうしてお分かりになるのでしょうか?

知っていれば、「選択には細心の注意を払え。望んだ通りになるから」というような訳にする、それしかないのに、そうなっていない……そういうことでしょうか。

そんなことはないですよ。

本書はコリン・パウエル氏がリーダーシップや仕事、人生について語るビジネス書です。英語の教科書ではありません。ですから、原文が英語的におもしろい表現になっていることを伝えるよりも、それを読んだ人が自分の人生に役立てやすい形にして提示するべきだと私は思います(著者が日本語で最初から書き起こしたとすれば、そういう形にするはずですから)。もちろん、このふたつを両立できればベストですが、両立に無理があるなら、後者を優先すべきでしょう。

さて、"Be careful what you wish for. You might get it."ですが……このことわざから連想されるのは、「ソーセージが鼻にくっついてしまう話」とか「猿の手の話」とかでしょう。「こういうことになりかねないよ」という警句が読者の頭に喚起されるのであれば、「選択には細心の注意を払え。望んだ通りになるから」のようなパターンにするほうがいいかもしれません。

英語はその効果を狙ってこのような表現にしているのでしょうから。

では、"Be careful what you wish for. You might get it."に相当する警句が日本語で広く知られているのでしょうか。

私は寡聞にして知りません。

その先に連想される話のほうは、猿の手の話など、最近人気の作家さんがモチーフとして取りあげたりしているので、若い人にもかなり広く知られていそうです。しかし、あいだを取り持つ"Be careful what you wish for. You might get it."に相当するモノが一般的に浮かばないのでは、そこまで連想が飛びません。

ではどうするのか。

英語の教科書なら、そういう文化的背景も含めて説明する、ということになります。でも本書はビジネス書。本書を買われる読者が求めているのは、そういう情報ではないはずです。

ビジネス書としては、「読んだ人が自分の人生に役立てやすい形にして提示する」べきでしょう。

その目標に向け、"Be careful what you wish for. You might get it."がなぜ英語圏でよく知られているのか、それがなにを意味しているのかを考えてみます。

"Be careful what you wish for. You might get it."が警句になるのは、本当にそうなるとは思わないこと、なったら困ることを願うというよくやってしまうパターン(英語だけでなく、日本語でも同じようなことをしますよね)をいさめるものだからでしょう。あるいは、望んだ部分はそのとおりになっていても、その実現方法が困ったものになるものとか(猿の手の話にこのパターンが出てくる)もいさめているわけです。

乱暴にまとめてしまえば、「『こんなつもりじゃなかった』と後悔しないですむように気をつけろ」ということでしょう。私はそう考えたので、「思わぬ結果になることもあるので注意すべし」としたわけです。

最後にもうひとつ。本書では、「最新の注意」ではなく「細心の注意」になっています。カスタマーレビューにタイポがあるのは別にかまわないというか、そういうものだと思うのですが、書籍にも同じタイポがあると勘違いされる人がいるのはあまりいいことではないので、念のため、コメントしておきます。

「Avoid having your ego so close to your position that when your position falls, your ego goes with it.」の訳が「自分の人格と意見を混同してはいけない」と意味が異なる文になっている。(原文は自尊心について言っているのだが)

ここは訳し方がむずかしいところだと思います。

一番簡単なのは、「エゴ」というカタカナ語に逃げることでしょう。まちがっていると言えなくなりますから。

では、「エゴ」としたら、パウエル氏が言いたいことが一般的な日本人に伝わるのでしょうか。たぶん、伝わらないんですよね。心理系の人にも意見を求めてみたのですが、日本語の「エゴ」と英語の"ego"は意味がずれているので、英語の"ego"を知らない人にはイマイチ伝わらないだろうとのことでした。要するに、煙には巻ける、言い訳ができるという意味で訳者にメリットはあるけど、読者のためにはならない訳し方というわけです。

じゃあ、どう訳すのか。

ひとつ前の指摘と同じように、かみ砕いて訳せればそれがよかったのかもしれませんが、残念ながら、そういう訳は思いつきませんでした。

実際に本書を読んでいただければわかりますが、ここで問題にしていることを乱暴にまとめれば、(↓)のようになります。

「人格攻撃」と言われるものがあります。議論において、内容ではなく、相手をおとしめるようなことを提示して、「だから相手の主張はダメだ」とやる方法です。「相手をおとしめること」は事実である場合もありますが、事実でない場合もよくあります。人格攻撃をする人にとってはどちらでもいいからです。世間一般でよくないとされているレッテルが貼れさえすればいいわけですから。

この人格攻撃、少なくともまともな議論をしたいならやってはならないと言われています。

議論においては、本来、誰の意見であっても正しいものは正しいしまちがっているものはまちがいです。誰が言っているのかと切り離して中身を考えるべきなのに、主張内容と主張している人とを一体化したのではまともな議論ができなくなるわけです。

ですが、実際にはよく見かけます。そういう議論がよくあるからか、逆に、自分の意見を否定されると、人格を傷つけられたと感じてしまうことも少なくないようです。

「人格を傷つけられたと感じる」→「自尊心が傷ついた」となるので、たしかに、丸出だめ夫さんが書かれているように、「原文は自尊心について言っている」だとは思うのですが……ここで「原文は自尊心について言っているのだが」と言われるのは、もうひとつ前に丸出だめ夫さんが否定された「思わぬ結果になることもあるので注意すべし」と訳すのと本質的に同じだと思います。私は状況次第でさまざまな訳し方がありうるという立場なのでどちらもアリなのですが、丸出だめ夫さんにとっては、ご自分が「よくない」と否定されていることをしていることになります。翻訳というのがいろいろとややこしいものであること、多少なりともご理解いただけるでしょうか。

本書のこの項目で取りあげているのはこのあたりの話です。ひとつは、「意見を否定されたとき、自分の人格が否定されたと思うな」--人格攻撃の説明で最後に挙げた問題を回避すべしという話です。もうひとつの例がちょっとわかりにくいのですが、人格攻撃の逆をするな、自分と一体化した議論を展開するなという話です。

一般論としては「人格攻撃をするな」から入るべきじゃないかとは思います(そう思ったので上記説明はそうしたわけです)。しかし、訳者としてはそこまで踏み込むわけにもいかず、現状のようになっています。パウエル氏にとっては、当たり前すぎてわざわざ書くほどのことではなかったのでしょうか。

以上を踏まえ、見出し的にまとめる……ということで、「自分の人格と意見を混同してはならない。さもないと、意見が却下されたとき自分も地に落ちてしまう。」としたわけです。

正直な話、これが万人にとってわかりやすいとは思いません。ここだけ読んだのではよくわからないという意見のほうが多いかもしれません。「本書におけるこのリストは、このリストのみで完結するのではない。パウエル氏本人による説明を読んだ人が、その後、そういう内容をさっと思い出すきっかけとするものである」ではあるのですが、もう少しなんとかならないかなぁという気はします。でも、翻訳という制約と、いまの私の実力とからでは、これが限界だったということです。

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