『リーダーを目指す人の心得』
今月末に新しい訳書が出ます。
コリン・パウエル氏がリーダーシップや仕事、人生について語る本です。組織における身の処し方みたいな話が多いと言えば多く、我々のようなフリーランスには関係がないように感じるかもしれませんが、仕事に対する姿勢や人生というものの考え方など、訳していて、思わず背筋が伸びる思いをしました。
内容の紹介は、例によって後につけている「訳者あとがき」を見ていただくとして……翻訳時の裏話を少し。
いまは、さまざまな動画がインターネットにアップロードされています。もちろん、コリン・パウエル氏が登場するものもたくさん。そういう動画で発音を確認すると、「コリン」ではなく「コーリン」と書くべきものになっています。また、パウエル氏自身、発音を「Cohlin(コーリン)」であると本書で書いています。なのですが、日本語では、もう、「コリン・パウエル」で定着してしまっているので、飛鳥新社の担当編集さんとも相談のうえ、本書では「コリン」と表記することにしました。それに伴い、彼の名前の由来で出てきたコリンの別発音、「Cahlin(カーリン)」も詰めて「カリン」にしています。「カーリンをアメリカ風発音でコリン」……でも由来の説明としてはいいのかもしれませんが、「アメリカ風にすると音が詰まるのか」と誤解されるおそれがあるので。
そうそう、今回、「コリン」「コーリン」といろいろ自分で発音してみていて気づいたのですが、私自身は、「コリン・パウエル」と言うときは「リ」にアクセント、「コリン」単独だと「コ」にアクセントを置いてしまいます。「コーリン」と伸ばせば、どちらの場合も「コ」にアクセントとなるのですが。
もうひとつ、本書に「チャレンジコイン」というものが出てきます。もともと軍人さんの間に広がっているものなのだけれど、最近は、ほかにも広がっているとのこと。この夏、ハワイのアーミー博物館で売られているのをみつけたもので、つい、1枚、買ってしまいました。モノは、パウエル氏がテレビによく出て日本でも知られるようになった湾岸戦争のときのもの。ちなみに大きさは、1ドルコインに匹敵するくらいでかなりのものです(直径が4cm強)。
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訳者あとがき
本書は、コリン・パウエルがリーダーシップについて、仕事について、そして、人生について語った本である。
「コリン・パウエル……どこかで聞いたような?」――そう思った人も、写真を見れば思いだすのではないだろうか。1991年の湾岸戦争のとき、ニュースでよく見た顔だと。
当時、パウエルは統合参謀本部議長として陸軍、海軍、空軍、海兵隊という米国4軍を統括する立場にあった。階級は最高位である四つ星の陸軍大将。統合参謀本部議長になるのはもとより、四つ星将軍になるのでさえ大変なことだ。それをコリン・パウエルは、黒人として初めて達成した。統合参謀本部議長にいたっては、史上最年少というおまけ付きだ。その後、外務大臣にあたる国務長官にも、黒人として初めて就任している。1996年の米国大統領選挙では出馬すれば当選確実、初の黒人大統領誕生かとも騒がれた。
しかも、パウエルが社会に出たころは、「人種分離」という名の人種差別が法的に認められていた時代だ。交通機関からトイレなどの公共施設、ホテルやレストランなどにいたるまで、白人専用と有色人種用にわけられていたりしたのだ。1964年の公民権法制定によって法律上は人種差別がなくなったが、その後も人種差別的感情は米国社会に強く残っており、それこそ、初の黒人大統領、オバマ大統領が選出された2008年の選挙戦でも人種差別的発言が飛びだしたりしたほどだ。
そのなかで、黒人が、史上最年少で統合参謀本部議長に上りつめるほどのスピード出世をしたのだ。風当たりもかなりのものがあったのではないだろうか。だが、本書に恨み節は出てこない。パウエルは、ただ、報いられなくても祖国に尽くした昔の黒人兵士に目標を求め、彼らの肩に立ってさらに高みをめざそうとしたという。また、批判に対しては、その批判が正しいのかもしれないと冷静に受けとめ、自分にまずい点があれば修正して前に進んだそうだ。そして、自分がそこまでの成功を収められたのは、いろいろと教えてくれた先達や引きあげてくれた上司、そして、自分のため懸命に仕事をしてくれた部下のおかげだと感謝の気持ちがそこここに表れている。
謙虚である。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉が思いだされるほどに。
米国有数のリーダーと目されている著者だが、リーダーのあり方についても謙虚だ。「自分のやり方が絶対ではない」「ほかの人のやり方がよくないと言っているわけではない」「リーダーのやり方に唯一の正解などない。自分に適した方法をみつけなければならない」と随所に出てくる。「はじめに」にもあるが、本書は、「私はこれでうまく行った」という内容なのだ。それもそのはずで、原題は『It Worked for Me(私はこれでうまく行った)』である。「これが唯一だともベストだとも言わないが、自分はこれでうまく行った。自分の成功例が参考になるなら活用してほしい」――そう言いたいのだろう。
コリン・パウエルの人生は、成功が約束されたものではなかった。ジャマイカ系移民2世でニューヨークのストリートキッド。社会的にはかなり下の階層から人生をスタートしている。高校も有名校に入れる学力はなく、希望者全員を受けいれる公立校へ進学。そこでの成績もよいほうとは言いがたく、ニューヨーク市立大学に入れたのが不思議だと本人が首をかしげているほどだ。もっとも、1950年代に大学まで進学したのだから、この時点でそれなりの成功を収めたとも言えるだろう。ともかく、ニューヨーク市立大学では士官養成のコースを選択。本人の弁によると大学を「ぎりぎりで卒業」すると、少尉として陸軍に任官し、最終的に最高位まで上りつめたわけだ。
その経験から、パウエルは、「どこで人生を始めたのかではなく、どこで終わるのかが重要だ」と言う。そして、「自分を信じて努力しろ、懸命に勉強し、自分で自分のロールモデルになれ、なんでもやればできると信じろ、そして、常にベストを尽くせ」と若者たちを励ます。「未来が過去と同じでなければならないことなどない」と。
もちろん、パウエルも成功ばかりの人生ではなく、失敗も経験している。なかでも有名なのが2003年2月5日の国連演説だろう。フセイン政権が大量破壊兵器を所有しているのは危険だと指摘し、イラク戦争へと世界の世論を大きく変えた演説だ。ところが、イラク戦争後、探しても探しても大量破壊兵器がみつからない。存在していなかったのだ。大量破壊兵器所有の根拠としてあげられていた証拠も、不確かなものばかりだったと判明。戦争ありきで世界をあざむいたのではないかと非難されてしまう。
この演説については、パウエルから見た経緯が1節を使って詳しく説明されている。このような説明がされるのは、実は、本書が初めてのことだ。いや、「これで最後にする」と本人が書いているのだから、最初で最後と言うべきだろう。この部分には、抑えた筆致ながら、温厚な著者が、唯一、声を荒らげている部分がある。よほど腹に据えかねたのだろう。
本書は、著者の人間性が垣間見える点もおもしろい。特に、第6章「人生をふり返って」では、ダイアナ妃との思い出にはしゃぐパウエルや、日本製の温水洗浄便座が怖くて使えないというパウエルなど、公的な場では表に出てこない著者の側面が数多く見られる。
米国と日本では社会や文化が異なるし、著者の経験は軍関係が多い。それでも、著者が「あとがき」で書いているように「すべては人」であることを考えれば、日本の組織でも応用できることやヒントがきっと数え切れないほどあるはずだ。
2012年9月 井口耕二
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