主語を出さなければならないとき
川月現大さん(編集者)のブログに「どんなときに主語を省略できるのか 【文章技術:ピリオド越え】」というエントリーがありました。
「英語は主語が省略できない(主語と動詞がないと文にならない)が、日本語は主語を省略できる」とよく言われますが、私はむしろ、「日本語は必要なものしか出さない」と表現すべきだと考えています。理由は、「省略できる=省略しなくてもいい」と感じるのが普通であり、「省略できる」と考えていると省略したほうがいいものまで残ってしまう可能性が高いからです。
このあたりについては(↓)のエントリーも参照してください。
いらない主語が残っていると読みにくい日本語になります。これは、優秀なひとならほんの少し翻訳をかじっただけでわかってしまうほど明白な問題です。「翻訳者でない人が気づいた翻訳のコツ」で紹介したように、その方は「主語を省略する。意味上の主語が明白な場合には、なるべく省略する」という言い方をされています。「省略しなくてもいい」ではないのです。「なるべく」省略しなければならないわけです。
川月さんのブログ記事に話を戻しましょう。
この記事の後半に紹介されている話が興味深いので、自分への心覚えをかねてこちらでも紹介しておきます。
では、どのようなときにピリオド越えが起き、どのようなときに起きないのだろうか。
それに関しては、清水佳子(1995)が興味深い指摘をしている。清水は、主語が持つ属性を述べた文(属性叙述文)と主語の行動を説明する文(事象叙述文)の2つに焦点をあてて分析している。この属性叙述文と事象叙述文との組み合わせは4つある。次の3つ1 属性叙述文 → 事象叙述文
2 事象叙述文 → 事象叙述文
3 属性叙述文 → 属性叙述文の場合には、2番目の文に主語はあってもなくてもよいが、次の4のケースでは省略できない。
4 事象叙述文 → 属性叙述文
おそらくこれがすべてでもないでしょうし、あちらのブログのコメント欄に書いたように現実はもっと複雑だとも思いますが、ひとつの基準として覚えておくといいかもしれません。
以下、きちんと考えたわけではなく、ぱっと思いついたというレベルなので話半分に読んでください。のちのちきちんと考える時間がとれた場合に備える心覚えのようなものです。いまは時間不足でいろいろとやらなければならないことができておらず、あちこち迷惑をかけている状態なので……
私としては前述のように、「主語がなければならないケース」を知りたいのですが、そういう意味では、基本的に「4のパターンは必要」ということになりますね。で、基本的に「2は主語を出してはならない(出せばニュアンスが変わる?)」。じゃあ、1と3はどうなるんでしょうね。
この話を川月さんが引いてこられたのは、下記の書籍です。これ、上下ともにずいぶん前に買ってはいるのですが読めていません。時間に余裕ができたら、少なくともこの話のあたりだけでも読んでいろいろ考えてみたいと思います。
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