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2011年11月18日 (金)

アップル「think different」広告の日本語訳

翻訳に正解はありません。明確なまちがいはありますが、まちがいとまでは言えない範囲にはいるとあとはいい・悪いの世界になります。また、いい・悪いも、明快な基準があるわけではなく、最後は読み手との相性で決まることになります。

プロの翻訳としていいか悪いかという判断は、「幅広い人と相性のよい翻訳がいい、ごく一部の人としか相性がよくない翻訳は悪い」と考えればいいと思います。細かいことを言いだすと例外もあるはずですが、まあ、一般的にはということで。

一例として、アップルが昔使った「think different」広告の日本語訳を3通り、並べてみます。

  • アップルが日本語版で使った訳(公式訳)
  • アップルやジョブズ関連で有名なITジャーナリスト、林信行さんの訳
  • 井口訳

読み比べて、自分はどれがいいと思うのか、それはなぜなのか、考えてみるとおもしろいと思います。

==========英語版
Here's to the crazy ones. The misfits. The rebels. The troublemakers. The round pegs in the square hole. The ones who see things differently. They're not fond of rules. And they have no respect for the status quo. You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them. About the only thing you can't do is ignore them. Because they change things. They push the human race forward. And while some may see them as the crazy ones, we see genius. Because the people who are crazy enough to think they can change the world are the ones who do.

==========アップルが日本語版で使った訳
クレージーな人たちがいる。反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。四角い穴に丸い杭を打ち込むように、物事をまるで違う目で見る人たち。彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。彼らの言葉に心を打たれる人がいる。反対する人も、称賛する人もけなす人もいる。しかし、彼らを無視することは誰にもできない。なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。彼らは人間を前進させた。彼らはクレージーと言われるが、私たちは天才だと思う。自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから。

==========林信行さんの訳
クレージーな人達に祝杯をあげよう。厄介者、反逆者、トラブルメーカー、四角い穴に打ち込まれた丸い杭。世の中を違った目で見つめる人々。彼らはルールを嫌い、現状を肯定しない。誉めるのも、反論するのも、引用するのも、信じないことも、讃えることも、けなすこともあなたの自由だ。ただ、1つだけできないのは、彼らを無視すること。なぜなら、彼らは物ごとを変えてしまうからだ。彼らは人類を先へと押し進める。人によっては彼らをクレージーだと言うかもしれないが、我々は彼らを天才だと思う。なぜなら、世界を変えられると本当に信じている人達こそが、世界を変えているのだから。

==========井口訳
クレージーな人たちに乾杯。はみ出し者。反逆者。厄介者。変わり者。ものごとが世間と違って見える人。ルールなどわずらわしいだけの人。現状など気にもしない人。彼らを引き合いに出すことはできる。否定することもできる。たたえることもけなすこともできる。できないのはおそらくただひとつ―彼らを無視すること。なぜなら彼らは物事を変える人だから。人類を前に進める人だから。彼らをおかしいと評する人もいるけれど、我々はそこに天才の姿を見る。なぜなら、世界を変えられると信じるほどおかしな人こそ、本当に世界を変える人だから。

■補足

アップルが実際に日本語版で使ったものは、翻訳後、日本語におけるインパクトを考え、日本語としてのリライトがおこなわれて作られたもののはずです。単なる翻訳ではないので、"Here's to the crazy ones"の意味が違うとか"The misfits"がなくなっているとか、そういう視点で見るのは見当違いです。

逆に言えば、誰かひとりが訳しただけでなく、広告代理店の人たちが何人もでたたいて作ったはずのものなわけです。費用も人手もかけて完成度を高めたものとも言え、インパクトは、この1番目が格段に大きくて当然だとも言えます。

2番目にあげた林信行さんの訳は、ロングバージョンから当該部分を抜き出したものです。翻訳というのは一対一対応するものではないので、一部を取りのぞくとその前後をいろいろと調整しなければならないこともよくあります。今回の訳について林さんがどうされるかはわかりませんが、一応、そのあたりを割り引く必要性があり得るのだという点は指摘しておきます。

私の訳は、『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』を訳したときに作ったものです。初版はこの訳で出ていますが、その後、アップルが作った日本語版がみつかったため、途中から2番目のアップル訳にかえています。書籍中でアップルの広告として紹介されている部分だったので、実際に使われたものを優先すべきという考え方になるからです。『スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション』、『スティーブ・ジョブズ I、II』は最初からアップル訳になっています。

"The round pegs in the square hole"は一応、慣用句なのですが、アップル訳や林訳のように字義通りに訳してもいいんじゃないかと思います。なんとなく雰囲気はわかりますからね。私は短くたたみかけることでインパクトを出そうと考えたので、その意味するところのみを短く出すことにしましたが。

「think different」広告の自分の訳、じつはけっこう気に入っています。ただ、一点、「反逆者」がイマイチなんですよねぇ。見た目ではいいんですが、これ、ナレーションで読まれるわけです。そうすると、「はみ出し者。反逆者。厄介者。変わり者」で反逆者だけが「シャ」と読み方が違ってしまうのがなんともよくなくて。者を「モノ」と読む単語でrebelsが表せるといいんですが、どうしても思いつきませんでした。「反逆する者」とすると、これまた前後とここだけ構造が違ってしまいますし。「反逆者」を使うなら、列挙の最初か最後にもってくると変化が1回だけになるので、多少はいいかもしれません。

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コメント

rablesの訳として適当かはわかりませんが…
刃向うもの、逆らうもの、抗うもの

投稿: 廣瀬 | 2011年11月19日 (土) 17時23分

廣瀬さん、

「動詞+者」はアリかもしれませんね。「はみ出し者」があるので、「シャ」にするよりずっと収まりがよさそうです。

投稿: Buckeye | 2011年12月 7日 (水) 22時17分

初めまして。
プロの意見として、とても参考になりました。

投稿: KOK | 2012年12月28日 (金) 05時53分

はじめまして~。
古い記事を蒸し返してしまい、申し訳ございません。
Buckeye様も思いつかれて、色々な理由で除外されたのかもですが「傾奇者(カブキモノ)」は如何でしょうか?
「The rebels」に反社会的/犯罪者的な意味合いが非常に強いのでしたら、ちょっと意味が離れ過ぎなのかもしれませんが……。
自分的には反逆に加えて革新と風流、粋が感じられる好きな言葉で「think different」にもマッチした言葉と思っております。

投稿: ゼッキオ | 2015年7月 3日 (金) 20時42分

ゼッキオさん、

「傾奇者」は検討してませんでした。悪くない候補かもしれません。問題があるとすれば、世間的にそれほどよく知られた単語とは言いがたく、人によって受け取り方が大きく違いそうな点、さらには、そもそも、その音を聞いて(今回の部分は、もともとナレーションで流れた言葉)なんのことだかわからない人が少なくなさそうな点でしょうか。

今回、コメントいただいて改めて少し検討してみたのですが、その結果出てきたのが「ひねくれ者」です。誰にでもわかる言葉でもあり、これはこれで悪くない選択肢かなと思いました。

ちなみに、これが出てきたのは……国語辞典で「者」を後方一致で引き、「もの」と読む項目を拾い読みした結果です。最初にこの手順を取らなかったのが、いまになると不思議だったりしますが(^^;)

投稿: Buckeye | 2015年7月 4日 (土) 12時24分

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