『スティーブジョブズⅠ・Ⅱ』の翻訳について-その6
■余談
●スケジュール
いろいろ工夫した、だからなんとかなった、みたいなことを書きましたが、ふつうならどう工夫してもひとりで訳すのは無理だったと思います。私は翻訳者としてかなり手が速いほうですが、それでも、正直な話、この本だからなんとかなったのであって、別の本だったら絶対に無理です。そのくらいきついスケジュールでした。
この本だからなんとかなったというのは、過去、
- 『スティーブ・ジョブズ-偶像復活』
- 『アップルを創った怪物―もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝』
- 『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則』
- 『スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション―人生・仕事・世界を変える7つの法則』
と、4冊も関連本をやってきて、いろいろな意味で蓄積があったから。そうでなければ、あと2.5カ月は余分にかかったでしょう。同じペースで仕事ができたとして、蓄積がない分であと1カ月以上(事実関係の確認や関連の調べ物など、訳出以外にしなければならないことが大きく増える)。で、期間がのびれば無理が続かなくなるのでその分で1カ月強。合計2カ月強はのびるはずです。
そういう意味では、これも点が結べた例かなと思います。
あああと、トシの割に体力があるほうだっていうのもぎりぎりなんとかなった理由かもしれません。Wikipediaのエントリーにも紹介されていますが、私は30年前、フィギュアスケートの選手をしていました。選手生活は15年ほどで、最後は、一応、全日本選手権にもなんとか出るくらいまでやっていましたから、常人離れした体力をもっていたわけです。30年もたつとだいぶ衰えちゃってますけど、それでも、同年代のなかでは体力があるほうのようです。
●作業中、頭の中でくり返し響いた言葉
詰まったりして気分転換にはいろうかなと思ったとき、頭のなかでは「あきらめちゃダメだ。あきらめちゃダメだ」という声がくり返し響いていました(碇シンジの「逃げちゃダメだ」と同じようにくり返しで^^;)。ほんの1分2分でも気分転換したほうがいいこともあるのですが、特に後半、疲れがたまってきたあたりでは単に自分の辛抱が足らなくなってるだけのことも多いわけで、気分転換したいと思ったとき必ず気分転換に入っていたら1日の実作業時間が足らなくなるおそれがあります(1分、2分のつもりがついうっかり10分、20分になったりしますしねぇ)。
●一度で十分
なんというか、こういう無理でなにが困るって、一番困るのが、「やればできるんじゃん。次回もよろしく」みたいな話だったりします。こんな仕事のやり方、毎年やっていたら、比喩でなしに死ねます。
産業系の翻訳だと、無理を必死でがんばったあげく、心ない発注者に「なんだ、やればできるじゃん。ごちゃごちゃ言わずにさっさとやればよかったのに」みたいなことを言われたって話、そこそこ聞きます。
今回の案件は、各社の編集さん、どなたに聞いても、「それが無理なのはわかっているから」と言っていただけるはずで、「やればできるんじゃん」と言ってくる方はおられないと思いますが。
今回、赤を入れたゲラを全部講談社さんにお渡ししたあとは気持ち悪くてたまらない状態になっていましたし、なんだか空気が足らない感じで深呼吸するのに空気が吸えた気がしないしで、いろいろまずい感じになっていました。10日ほどくたくたと過ごしても、まだ、外でご飯食べるとおなか壊すなんてていたらくですし。
「世界同時刊行」……なんかかっこいい響きですよねぇ。私も、「一生に一度くらいそういう仕事もしてみたいかなぁ」なんて思っていました。そして、そういうチャンスが巡ってきて実際にやってみた結果、いまは、「一生に一度で十分」というか「二度と御免だ」だと思うようになりました(^^;) きついです、はい。
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コメント
はじめまして。アンダンテさんのブログで存じ上げています。過酷な条件のなか、力を尽くした翻訳のおかげさまで、素晴らしい本を読むことができました。ありがとうございました。
私は読書が好きで読むのもそこそこ速いほうですが、読了に5日かかりました。ベストセラーになっていますが、買った人、みなさん読みきれるかしら、心配です。
投稿: 若菜 | 2011年11月15日 (火) 02時02分
若菜さん、
いらっしゃいませ。アンダンテさんのブログ経由ですか。あちらのブログはたぶん私のブログなんかよりず~っと有名ですからねぇ。
いや~、おっしゃるとおり、なんといっても分厚い本であり、しかも、ふだん本を読み慣れていない人がけっこう買われているはずなんですよね。上下で約2000円ずつは高いと言われている方がけっこうおられるので、翻訳にせよ日本語で書かれたものにせよ、ハードカバーを買ったことがないような人にも買っていただいているか、少なくとも興味をもっていただいているのは確かです。
まあ、これがフィクションなら荒唐無稽と一蹴されそうな話でアップダウンが多いので、1Q84に比べればまだしも読み通せるはずだとは思いますけど。
投稿: Buckeye | 2011年11月18日 (金) 18時28分