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2011年10月24日 (月)

『スティーブジョブズⅠ・Ⅱ』の翻訳について-その2

■分量と翻訳期間の関係

今回の案件は、基本的に無理です。分量と期間を見比べてふつうに考えれば無理という結論しかでてきません。ふつうなら翻訳だけで8カ月から9カ月はくださいと言いたい分量なのですから。ちなみに英語の量が22万ワード。ふつうのノンフィクションが6~7万ワードですから(『驚異のプレゼン』が7万ワード)、3冊分あります。

産業系の翻訳者の場合、月産7万ワード強ならそんなにきつくないじゃんと思われるかもしれません。でも、書籍って手間がかかるんです。産業系のプレスリリースとかと比べても1.5倍、マニュアルものと比較すれば倍は時間がかかります(少なくとも私の実績としてはそうです)。プレスリリースやホワイトペーパーで月産11万ワード、マニュアルなら月産15万ワードくらいやると思っていただければイメージがつかめるはずです。

講談社さんとの打ち合わせでも、「じゃあどうするのか」が一番の問題になりました。(というか、それ以外はほとんどなかったような……ごくふつうに流れる案件なら打ち合わせなんてごくごく簡単に終わるんでそんなものなのですが)

一般的に考えられる対応策は(↓)でしょう。

  1. 下訳者をたくさんつける
  2. 共訳にして分担する
  3. ほかのことを投げ捨てて必死でがんばる

訳文の品質というか、できるだけいい本を読者に届けるという意味では3がベストです(正確には「刊行を遅らせ、十分な時間を確保してひとりでやる」ですが、今回、この選択肢は最初からないので)。ただ、「世界同時発売」という縛りと両立しないならあきらめざるをえません。「世界同時発売」を実現しつつ、一番いい本になるのはどのパターンかということを考えなければならないわけです。

1は、少なくとも私はやりません。理由は、まず、私は英語の世界から一気に最終的な訳文に近いところまでもってゆくタイプなので、下訳者の日本語を直すのに耐えられないというのがひとつ。もうひとつ、満足できるレベルの訳文になるまで直していたら、結局、自分で訳したほうが速いだろうと思うくらい時間がかかってしまい、下訳者が訳している期間だけ遅れるという問題があります。逆に、下訳者に頼んで時間短縮を実現するなら、少なくともいままで私が出してきた翻訳とはそうとうに違うものとならざるをえません(下訳者の訳をかなり残す形になる)。

過去、「下訳者さんは何人くらい使ってますか?」とか、「こちらで下訳者を用意しましょうか」などと聞かれたことがあります。ということは、けっこうよくやられている方法なのでしょうね。私としてはいい方法だと思えないのですが。

2は最後の手段でしょう。分担すれば、どうしても細かなところにズレが生じます。その調整をじっくりやっていれば下訳者の話と一緒で時間がかかります(結局、適当な範囲であきらめざるをえない)。また、長いものでもあっちとこっちで話が微妙に絡んでいたりして、その結果、前に訳した部分にまちがいをみつけたり、もっといい訳し方を思いついたりするのですが、そのフィードバックが効かなくなります。ただ、「世界同時発売」を実現するために、さすがに機械翻訳は使わないにしても(^^;)無理矢理スピードだけをあげて字面訳にするとかそんなことをするくらいなら、一定レベル以上の人同士で組むほうがベターです。

結論としては、今回、ぎりぎり行けそうだとの見積もりで3を選んだわけです。ほかの仕事は断れるかぎり断る、週末も夏休みもなし、睡眠時間も耐えられる範囲で少なめにする、日中の休憩時間も倒れない範囲で削る。そのほか、後述の工夫などをすればなんとかなるだろうということです。

さらには、家族といるとどうしてもしゃべる時間があったりしますし、ウチなど子どもたちがまだそこそこ小さいのでいろいろと時間を取られたりします。というわけで、全部で3週間くらいでしょうか、そういう家族関係のことから解放してもらって山ごもりをするなんてこともしました。

通常ペースだと、実際に翻訳をしている時間は、1日6時間×週5日というところです(年単位の長期で続けられるのはこのくらいがいいところ。集中する作業なので疲れるのです)。これを、10~12時間×週7日にするわけです。1週間の仕事時間で2.3~2.8倍。今回、翻訳作業に使えるのが正味3カ月ですから、時間割で比例すると考えるなら、6.9~8.4カ月。ざっと7カ月強が翻訳期間という計算になります。今回の原稿量と疲れが蓄積することなどを考えると少々厳しい気もしますが(前述のようにふつうなら8カ月から9カ月は欲しいところ)、まあ、なんとかなる範囲には入ってくるわけです。

講談社さんとの打ち合わせで暗算したときはこんな計算をせず、1日にできる量の最大値を30倍して1カ月の処理量とし、3カ月あったらぎりぎりなんとかなると判断しました。ま、上記の計算と、道筋は若干違えどしていることは実質同じです。

「1日にできる量の最大値」は経験上、数日なら火事場の馬鹿力でできる量であり、その後、数日は休むことが前提の数字なんですが、それを3カ月連続してやろうというめちゃくちゃな計画だったわけです。

体力的にどこまで無理を重ねられるか-それが勝負だったとも言えます。毎日、寝ても完全には疲れが取れきれず、少しずつ疲れが蓄積してゆくわけですが、そのスピードを調節して、ゴールインしたところで体力使い切りとなるように体調管理をするわけです。いや、まあ、ぎりぎり死なない範囲まで疲れるように調整するのを「体調管理」って言うのもちょっとなんだったりはしますが、でも、実態としてそういう形で進めたわけです。

そうそう、我が家では、今回の案件、「鶴の恩返し」と呼ばれたりしました。織り上げたところでちょうど羽がなくなるくらいがベストタイミングってわけです(^^;)

■原稿が届くタイミング

これも大きな不安要素でした。

そもそも、原稿の第1陣は6月半ばに届く予定で時間をあけて待っていたというのに、第1陣(半分弱)が届いたのは7月頭。このあと、翻訳できる時間が確保できるタイミングで原稿が届くのか、不安いっぱいのスタートでした。

第2陣の到着も、来る来ると言われながらなかなか届かないし。第2陣のもう半分弱が届いたのは8月頭、だったかな。そして、最後の第3陣(一部、差し替えを含む)が届いたのは9月の半ば。

第3陣は3~4日、原稿を待って訳出をペースダウンするタイミングになりましたが(その間は訳出後の直しなどを集中的に進めたので時間の無駄は出ていません)、スケジュールに影響するような遅れにはならず助かりました。

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