« 悲惨すぎる翻訳-『アインシュタイン その生涯と宇宙』 | トップページ | 【訃報】-山岡洋一さん »

2011年7月30日 (土)

悲惨すぎる翻訳-続報

昨日のエントリーに書いた『アインシュタイン その生涯と宇宙』の件、仲間内で若干の検証といろいろな推測が飛び交っています。

■事実として何をどう処理したのか

まずは検証について。結果からいうと、悲惨すぎる部分はエキサイト翻訳の出力を文体調整しただけという感じのようです。

日本語から原文のあたりをつけ、米国アマゾンの中身検索で当該部分とおぼしき部分をひっぱってきた知り合いがいます。たとえば、(↓)のような原文だったわけです。

It was an astonishing scene, but it was exceeded in Cleveland. Several thousands thronged Union train deopt to meet the visiting delegartion, and the parade included two hundred honking and flag-draped cars. (原著p. 300)

これをウェブ上にあるいろいろな翻訳エンジンに突っ込んでみたら、エキサイトが一番近かったそうです。ちなみに、エキサイトの出力は(↓)のとおり。

驚異的な場面でしたが、それはクリーブランドで超えられていました。 数数千が、訪問しているdelegartionに会うためにUnion列車deoptに群がりました、そして、パレードは200台の酔っぱらっていて旗の包茎の車を含んでいました。

これが最終的な書籍では(↓)になっていたと、上記アマゾンのレビューにあります。

驚異的な場面だったが,それはクリーブランドで超えられていた。数数千が,訪問代表団と会合するためにユニオン列車車庫に群がった,そして,パレードは二〇〇台の酔っぱらっていて旗の包茎の車を含んでいた。

修正箇所は、(↓)

  • 敬体→常体の変換
  • 表記の変換(数字が算用数字→漢数字、点→カンマなど)
  • 英語で残っていた部分の日本語化

原文も訳文も、(意味を考えるという意味で)「読んで」はいませんね。目にははいったでしょうけど。

で、こういう処理をしたのであれば、「midwestern合衆国」と一部英語が残っていたことも納得できます。昨日のエントリーに引用した部分で、ここ、不思議だったんですよね。機械翻訳だと、造語で辞書に存在しない単語以外、全部ひととおり日本語にされるだろうと思っていたからです(だから、機械翻訳ではなく「日本語がまともにできない人が訳した」という可能性があると思ったわけです)。

■こういうことがなぜ起きたのか

アマゾンのレビューに投稿された訳者からの事情説明を読むと、「科学系某翻訳グループが機械翻訳で訳した」と思われます。

ただ、本当にそうだったのかどうかは、コアの関係者以外、わかりません。アマゾンに投稿した訳者の方はご自身が知っている範囲のことを正直に書かれたのだろうと思いますが、その方に伝えられた話が真実ともかぎりませんし。

知り合いの推測では「まともな翻訳者に断られた部分を産業系の翻訳者に出し、それでもまにあわず、かつ、予算が尽きたので、白紙ページにするわけにもいかず、編集者が自分でエキサイト翻訳にかけた」のではないかなんていうものもあります。「まともな翻訳者に断られた」も、これまた、どういう断られ方だったかというか、経緯だったかというか、まあ、いろいろとあるかもしれません。

真相は闇の中なわけですが、でも、「エキサイト翻訳+見た目のみの調整」を、これが翻訳でございと出した人がいるわけです。そして、どういう事情であれ、それを翻訳でございと売ってしまった人がいるわけです。

この話から私が思い出したのは、耐震偽装の姉歯事件と食肉偽装のミートホープ事件。あああと、赤福とか賞味期限ラベルの貼り替えとかもありましたね。最近では、ユッケの生食用牛肉っていうのも、問題の根幹にある人間の意識は同じだと思います。

みんな、事情はいろいろとあるんですよ。でもだからといって、越えてはいけない一線というのがあるわけで……っていうのは簡単です。そんなの、問題を起こした人たちもわかっていたでしょう。でも、いつの間にか「越えてはいけない一線」を越えていたわけです。なぜか。「ゆでガエル」でしょうね。ここまでは大丈夫だったから、もう一歩くらい大丈夫とか、ああいう要求、こういう要求が強くて仕方がないとか……と少しずつ少しずつエスカレートし、気づいたらでしょう。倫理観が少しずつすり減っちゃったと言ってもいいんじゃないでしょうか。

これで通ると編集者が思うはずはないので、何か思うところがあってわざとやったのではないかと推測している人もいました。たしかにそう言われればその可能性も否定できませんが、少なくともまともな精神状態でできることではないでしょう。こういうことをしてしまえば編集者人生が終わるというか、出版社なりフリーなりであとあとやってゆけなくなるんじゃないかと思いますから。精神的におかしくなるほど追い込まれていたりしたら……可能性、あるかもしれませんね。

「いや、さすがに出版系で機械翻訳を手直しなんてやってないでしょう?」と思う方には、本質をみまちがえておられますと申し上げます。あえて。

最初に、「エキサイト翻訳+見た目のみの調整を、これが翻訳でございと出した人」は、もしかすれば、ふだんから機械翻訳+手直しでやっていたのかもしれません。さすがに、手直しをもっとしっかりやるんでしょうけど。あるいは、「機械翻訳を使えば翻訳を短時間で仕上げられる」という話を聞いていて、今回、はじめてやったのかもしれません。最後、出すことにしちゃった出版社のほうも、いろいろと問題のある翻訳をどこまで手直しするのかで、すでに何本か鉄筋を抜くことがよく行われていた(行わざるをえない状況があった)のかもしれません。そういう状況、つまり、少しずつお湯が熱くなってくる状況にしばらく浸っていなければ、こんな方法を思いつくとはちょっと考えられません。

今回は、いわば鉄筋の数をゼロまで減らしたってケースなわけで……ミートホープ事件で売られた牛肉ゼロの牛肉に匹敵するひどい話ですよね。でも、そういう極端な事件の背景には、「ああいうこと、いつかは起きると思ったよ」という話がたくさん転がっているものです。今回の話も、私としては、ああやっぱりこんなことが起きたかという感じです。これまでに何度も、「翻訳業界の耐震偽装」を訴えてきてますからね。

■影響

翻訳業界的にはミートホープ事件並の激震だと思います。

これを機に機械翻訳の利用について業界関係者がいろいろと改めて考えてみるなら、それはそれで悪くないかとも。ただ、ここまで極端だと、「アレは例外」みたいに自分とは違うと思ってしまう人も多そうで(特に、ちゃんと考えてほしい人たち、つまりアブナイ使い方をしている人たちほど)、その点はちょっと心配です。

翻訳出版の業界としても激震でしょうね。作家さんもかなり有名な人ですからついているエージェントも有力でしょうし、あとあと、いろいろなければいいけれどと気になってしまいます。

ちなみに、以下のようにGigazineにも記事が載ったりしているので、一般の人にもかなり幅広く今回の事件は広まるでしょうね。

書籍「アインシュタイン その生涯と宇宙 下」が機械翻訳だったため回収へ

|

« 悲惨すぎる翻訳-『アインシュタイン その生涯と宇宙』 | トップページ | 【訃報】-山岡洋一さん »

翻訳-出版」カテゴリの記事

翻訳-業界」カテゴリの記事

コメント

>翻訳業界的にはミートホープ事件並の激震だと思います。

同感です!

投稿: wahaha | 2011年7月31日 (日) 02時58分

ご紹介ありがとうございました。技術翻訳業界の末端にいる者として、これはとても他人事とは思えません。間に人がたくさん入れば入るほど、上流は「へのへのもへじ」でも納期に出してほしいと言ってくるのです。だからといって出して良いわけではないのですが、工程の中の誰かがコミュニケーションに疲れてしまったのだろうということはなんとなく想像できてしまって……。間違っていても命にかかわらない「読み物」だったことが、せめてもの救いかもしれません。

投稿: yum | 2011年8月 2日 (火) 16時10分

そうなんですよねぇ。

出版系は翻訳にも高い品質が要求される、産業系は内容も事実関係だしわかればいいから多少質が低くても、な~んてよく言われますが、命にかかわるという意味では産業系のほうがずっと大事ですよね。

このごろ、放射能とか食中毒とかいろいろありましたが、あのあたりとも共通するものを感じます。みんな、自分に発注してくる人、お金を直接自分に払ってくれる人のことしか見てなくて、最終消費者が見えていない(見ていない)と思うんです。その状態だから、yumさんが言われるように「間に人がたくさん入れば入るほど、上流は「へのへのもへじ」でも」と無茶な話になるんだと思います。

投稿: Buckeye | 2011年8月 2日 (火) 16時23分

よりによって、なんでdrapedがあるのー。せめてwith flagsとかになってたらよかったのに。システムがハングするのを「絞首刑」と機械翻訳で訳していた企業を笑えない。

投稿: tk | 2011年8月 8日 (月) 16時36分

tkさん、

そうですねぇ。

まあでも、翻訳というのはこういう一般的な単語ほど訳すのが難しいわけです。幅の広い意味範囲からどの部分を選び、どういう言葉で表現するのか。そして、産業系でさえもそういう一般的な言葉が大半を占めるわけで、まして一般の人向けの文書や書籍はもっと増えるわけで……機械翻訳を使えばそこに問題が出てしまう、だから使っちゃいけないと私は思うわけです。

訳語が指定される単語は機械翻訳ソフトを使ったほうがまちがいなく「訳せる」という人もいますが、それ、訳してませんから。単なる置き換えなわけで。で、置き換えですむ部分なんて、実はとても少ないわけで。いや、まあ、"provide"ときたらすべて「提供する」でよし、ほかも同じようにってやっちゃうっていうのならそれなりに使えるって考え方になるのかもしれませんが。

投稿: Buckeye | 2011年8月21日 (日) 08時30分

産業系の翻訳者は格が下がると頻繁に
機械翻訳を出してくるものです
その経験がないとおっしゃってる方々は
相当恵まれている環境にいらっしゃると
思われます。

投稿: noname | 2011年10月28日 (金) 07時46分

nonameさん、

「恵まれた環境にいる」は発注側・受注側、双方に言えることでしょうね。そして、発注側・受注側、いずれについても、「恵まれた環境にいる」はその人たちがそこまで歩んできた成果なのだろうと思います。

  そういう意味で、今回、この本が機械翻訳でおかしくなってし
  まったのは、おかしくしてしまった人の行動が生んだ当然の帰
  結なのだろうとも思います。

なにをもって「格」と言われているのかはよくわかりませんが……ともかく、ある分野で仕事をしている人を俯瞰すればピンキリなのは当たり前でしょう。

投稿: Buckeye | 2011年10月28日 (金) 08時22分

機械翻訳じゃないとしても、
「月は無慈悲な夜の女王」の翻訳はひどい……

投稿: _ | 2011年10月30日 (日) 17時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111098/52343201

この記事へのトラックバック一覧です: 悲惨すぎる翻訳-続報:

» 機械翻訳は我々の夢だったわけだが [ずs]
アインシュタイン その生涯と宇宙(上・下)という本が一部界隈で話題になっている。よくある相対論トンデモ本が話題になってるのかと思ったら、実態は想像の遥か上にぶっとんでいた。詳細は、下巻のアマゾンレビューにある松田卓也さんのレビューを見て欲しいのだが、そこから かいつまんで引用: 松田卓也さんのレビュー: 「プランクはいすにいた。」なんですかこれは。原文を読むと、プランクは議長を務めたということだと思います。これらは明らかに、人間の訳したものではなく、機械翻訳です。 (中略) 二間瀬さんは社長に、強硬... [続きを読む]

受信: 2011年8月 1日 (月) 19時22分

» 酷い翻訳についての考察 [宇宙やSFその他のメモ]
 ネット上でかなり話題となっている、機械翻訳そのままが出版された事件について、幾つか思う事を書きます。事件の概要と、その「悲惨な翻訳結果」自体は、以下の記事が参考になります。 悲惨すぎる翻訳−『...... [続きを読む]

受信: 2011年8月 7日 (日) 22時10分

« 悲惨すぎる翻訳-『アインシュタイン その生涯と宇宙』 | トップページ | 【訃報】-山岡洋一さん »