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2011年6月10日 (金)

翻訳に慣れた読者・慣れていない読者

先日来、どういう訳文をめざすべきかということに関して、いくつか記事を書いてきました(↓)。その関連で、「翻訳に慣れた読者・慣れていない読者」という問題について少し考えてみたいと思います。

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人間の適応力が高いからか日本語が柔軟だからなのかよくわかりませんが、おかしな翻訳も読み慣れるとなんとなくそんなものだと思うようになります。ローカリ系でよく言われるなんでも「提供」しちゃう文章とか「不正な操作」とかも最初は違和感がありますが、そういう文章をくり返し読んでいると、いつのまにか自分でも書くようになっていたりします。

だから、おかしな文章を読み書きするのは危険という話もあるのですが、今回は趣旨が違うので横においておきます。

言い換えると、普通の日本語としてはおかしな言い回しだけれど、翻訳の世界ではよく出てくるものがあり、翻訳の世界にどっぷり浸っているとそういう言い回しをおかしいと思わなくなるということです。

訳文を書く立場としては、そういう、翻訳の世界ではよく出てくるが普通の日本語としてはあまり使われないものをどう考えるべきかが問題になるでしょう。意識しているかどうかは別として、翻訳者の立場は以下の4つに分かれると思います。

  1. 意識していない(結果として使っていたり使っていなかったりする)
  2. 翻訳に慣れた人が対象読者だからかまわない
  3. 翻訳に不慣れな人までを対象読者に含むから避ける
  4. 対象読者がどうであれ、日本人が普通に書いたら使わないのだから避ける

1は論外でしょう。2~4は、それぞれの翻訳者の方針ということになりますし、仕事の種類や求められるものによって違うという面もあるでしょう。

ちなみに、私は……最初は1でしたね、やっぱり。翻訳の怖さもわからずにやっていた時期もありますから、当然なんですが。意識するようになったあと、最初のうちは仕事の種類や求められるものに合わせてケースバイケースという意識が強かったように思います。それに対し、最近はだんだん、自分の方針として4が強くなっているという感じです。だって、こういう考え方で訳文をつくれば、翻訳に慣れている人も不慣れな人もカバーできるわけで、仕上がりという意味でマイナスはなにもないはずですから。ま、仕事によっては、いまも、2的な考え方で処理するケースがありますけどね。

このあたりについては、ちょうど先日、「翻訳ミステリー大賞シンジケート」というサイトにも記事があがっていました。

第八だらだら(続・訳注という地雷)」の上から1/3くらいに書かれている「伝説のゲラチェック」という部分です。

「早川や創元の読者だと翻訳を読み慣れているからこういう書き方でも理解してもらえるでしょうが、文春の読者だと、生まれてはじめて手にとった翻訳小説がこの本だという場合があります。そういう読者にも違和感なく受け入れてもらえるような文章を望んでいるんです」

文春文庫の編集者をされていた松浦さんという方の言葉らしいですが……そうだよなぁと強く思うとともに、実は、ちょっと気になる点があります。

「翻訳を読み慣れている早川や創元の読者」にとって、日本人作家が書くような文章は違和感があるものなのでしょうか。「早川や創元の読者」は最初から翻訳を読み慣れていたのでしょうか。どちらも答えはノーのはず。「翻訳を読み慣れている早川や創元の読者」は読み慣れていない翻訳型の日本語を中学生なり高校生なり、あるいはもっと大人になってからなりの時期に読みはじめた人たち、その一部は翻訳に違和感をもって去ってしまったが、そうならずに残った人たちなのではないでしょうか。また、そういう人であっても、おそらくは、日本人作家が書くような文章がつらくて読み進められないということはないのではないでしょうか。

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コメント

あたりまえの話ですけど、2~4 はあくまでも「翻訳者の方針」にすぎないので、結果的に出来上がってくる訳文に巧拙の差は出てきますよね。だからこの順番の下に向かうほど読みやすいとは限らない。

2 で上手い訳文のほうが、3 で下手な訳文より読みやすいし、4 で思い切り下手なやつは最悪です(2 で下手とか論外ですけど)。

この話で必ず思い出すのが、伊藤計劃の『虐殺器官』。作者が意図したとおり、翻訳書っぽい文体ですが、だからといって読みにくいということは決してありません。

投稿: baldhatter | 2011年6月11日 (土) 10時07分

baldhatterさん、

ああ、もちろんそうです、そうです。上手下手の問題は別個にありますし、そちらのほうがはるかに大きいと思います。あと、段階的な問題もあるでしょう。最初から3とか4とかをめざすと勝手訳に走りそうです。

翻訳っぽい文体と言えば、論文なんかはもともと日本語で書かれたものもとっても翻訳っぽいんですけど(なので、中身さえわかれば論文を訳すのは楽)、あれも、だからといって読みにくいということにはなりませんね。

投稿: Buckeye | 2011年6月11日 (土) 10時45分

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