言葉を増やすと文意が変わる
ホントは、「『わかるものを省略』と『必要なことを言う』の違い」の前にこのエントリーを書くべきだった気がしますが……ま、仕方ありません。
日本語は、コミュニケーションの当事者同士で理解できる主語や目的語は当然のように省略されるなどと言われます。
そのとおりなのですが、ここで気になるのは「省略」という言い方です。
「省略」という言い方のイメージは「あってもなくてもいいものをなくす」「あったほうがいいけどなくてもいいから省く」であり、「あってはならないものを削る」「あってはならないものが出てこないようにする」ではありません。
だから、「省略」と言っているかぎり判断がどうしても甘くなり、「『わかるものを省略』と『必要なことを言う』の違い」で書いた「中間にある、どちらでもいい部分」が大きくなるはずだと思います。
逆に、「日本語は必要なことだけを書くもの」という考え方からスタートすると、「不要な言葉をいれると文意が意図と違ってしまうおそれ」が気になるようになります。
だから、「書かなくてもわかるところは省略」っていう言い方、私はきらいです。一見似ているようでいて、中身はまったく違うと思いますから。
■不要な言葉をいれると文意が意図と違ってしまう
「当然のように省略される」が長年にわたって常態化すると、省略された状態が基本であり、省略されていない場合が特殊な意味を持つようになります。つまり、「当然のように省略」が省略でなくなり、いわば「あってはならない」に進化するわけです。そして、そういう進化がたくさん起きたのが日本語なのだと私は思っています。
いい例が思いつきませんが……
物語で部屋の中に人が二人だけいて、その一方が他方に「何をしてるの?」と問うとします。これは「普通の日本語」ですよね。意味合いとしては特に色がついておらず、単に何をしているのかを聞いている場合から非難している場合まで幅広くありえます。しゃべればイントネーションなどでどの意味なのかがはっきりしますが文字にすると同じで、文脈から判断するしかなくなります。
これを「あなたは何をしてるの?」にすると、言外に「私は~をしているのに」という意味合いが強くなり、非難の可能性がぐっと高まります。
英語だったらどっちも"What are you doing?"でしょう。こちらもしゃべればいろいろなイントネーションがありえて意味も違ってきますが、文字にすると同じ。つまりこれが基本で色がついていない形です。それを「あなたは何をしてるの?」と訳せば、いらぬ色をつけてしまう可能性があるわけです。
当然ながら、意識して色をつけるというのはアリです。
■機械翻訳をツールとして使う場合のデメリット
機械翻訳をツールとして使うメリットとしてよく挙げられるのが「訳抜けが減る」です。マシンが訳せばとりあえず全部が訳されるので抜けなくなる……と。
でも、これ、英日ではデメリットになる可能性があるわけです。どうしても、「とりあえず全部の単語を訳して不要なものは削る」という流れになるからです。「あなたは何をしてるの?」ほど強く意味合いに違いがあれば(かつ、問題となるのが、日本語は出てこないことが多いと有名な行為者であれば)、ちゃんと削れる可能性は高いでしょう。
でも、言葉の要・不要も0か1かというデジタルではなく、アナログ的に不要から必要までゆるやかに変化するわけです。とうぜん、判断に迷うケースが出てきますし、そのとき、書き手(翻訳者)と読み手でとらえ方に違いが出てしまったりするはずです。
いや、それは翻訳者がきちんと気をつければいいのだし、判断が難しいものも判断力を磨けば正しく判断できるようになる……そう言われるかもしれません。
でも、そもそも機械翻訳をツールとして導入する理由は、翻訳の品質を上げるためではないはずです。悪い言い方をすれば、「手間を省いてスピードを高め、そこそこの質を短時間でアウトプットする」でしょう。そこそこの質を狙いながら、質を高める努力を継続するって……人間、そんなに器用ではないと私は思います。少なくとも、私にそんな器用さはありませんね。
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