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2010年9月16日 (木)

加工乳、食肉偽装、耐震偽装……そして翻訳

先日、たまたま、以下の記事を見つけました。

低価格で人気の「第三の牛乳」 なぜ他の牛乳より安いのか

  ただ不思議な点として、通常、生鮮食品の場合、加工することによって付加価値を高めると同時に、その分を価格に上乗せするのが一般的だ。しかし牛乳の場合、加工することが、価格を下げることにつながる。

  価格が安い理由として、成分調整牛乳は、牛乳から脂肪分などを分離し、それらはバターやチーズなどの加工品に転用できるため、その分の牛乳よりも価格が安くなる。加工乳は、さらに脱脂粉乳やバターなど規定の乳製品を混ぜることができるため、低価格化が実現できる。

この説明で成分調整牛乳が安くなる理由はわかりますけど、加工乳はわかりませんよねぇ。牛乳→バターその他の加工品→加工乳としたら価格が下がるなら、加工乳からさらにバターその他の加工品→加工乳とサイクルをくり返せばもっと安くなるってことになります。でもそんなはずはなく、加工すればするほど、コストはかさみます。

じゃあ、なぜ、加工乳が安くなるのか。

製品流通のコストは同じ。加工する分、加工コストは上昇。それが製品価格で数十円も安くなる。原材料費が半額以下にでもならなければ、それほどの価格低下は実現できません。方法としては、混ぜる「脱脂粉乳やバターなど規定の乳製品」を激安で他国から輸入するのでしょう。

先日、中国で毒ミルクが問題になりましたが、仮に、あのミルクの原料が日本に輸入されて加工乳になっていたとして……人体にはっきりとわかる影響があるかと言われるとない可能性がかなり高いだろうなと思ったりします。体の弱い乳児が主食として摂った中国でも全員に影響が出たわけではありません。その程度のものであり、かつ、加工乳の原料なら混入割合は薄いし、大人が1日に200mlとか400mlとかしか飲まない、摂る食品としてはミルク以外が圧倒的に多いなどなど、さまざまな要因を考えれば目に見える影響は出ないだろうと思われます。だからといって、それが体にいいわけがありません。

もちろん、大手乳業メーカーがきちんとやっているのだから大丈夫だとメーカーを信ずる方法もあります。逆に、雪印が基本的な手順をネグって集団食中毒事件を起こしたように、メーカーを信じるのは危ないという考え方もあります。ミートホープの食肉偽装のように、最終製品のメーカーは(一応)まじめにやっていたとしても、原料の納入メーカーがおかしなことをすればアウトだったりもします。

我が家はそう考えるので、加工乳は買いません。

もちろん、徹底的に信用しないという立場からは、成分無調整とうたっていても何をしているかわからないって考え方もあるわけですが……それでは牛乳を飲まないという選択になるので、そこまでのことはしていません(安い牛乳は基本的に買わないってことにはしていますが)。というか、そこまで信用しなかったら、今の世の中、食べられるものなんてなくなってしまいます。

さて、前置きが長くなりました。

このブログに書くのだから、翻訳との関係を考えたわけです。

コストダウンには、成分調整牛乳のように、ある意味、合理的なものがあります。その結果、味が変化しても、値段との見合いで品質がいいという考え方もあれば、成分無調整の牛乳よりも成分調整牛乳のほうが体質に合うという人もいます。

それに対して加工乳というのは危ないですよね。関連する企業がすべてきちんとやっていればそれなりでしょうけど……前述の記事にもあるように、価格の引き下げを目的として作られているわけで……まともにやるのと逆方向にインセンティブが働くというか、それこそが目的になっているわけで、一歩間違えば危険な話になってしまいます。

翻訳も、いらぬ手間はなるべく省くべきですが、きちんとしたものを作り込むための手間を省いてしまってはまずいわけです。でも、コスト圧力がかかると、どうしても、必要な手間まで省くようになりがちです。最初はいいんです。ミートホープだって、最初からひどい話だったわけではありません。「できるはずがない安値を要求されたから、ウチはそれに応えただけだ」とは言っても、最初は、肉に水を打ち込んで文字どおり水増ししたりとかだったようです。でもコスト圧力というのは、「ここまでできるならあと一歩できるでしょう?」という無限かつ無間のループです。だから、どんどん危険な領域にはいってしまいます。「工夫」のほうも、「ここまでが大丈夫だったんだから、もうあと少しなら大丈夫だよね」と思ってしまいますし。

いや、そんなこと言われても、ソースクライアントが、翻訳会社が値下げを要求してくるのだから仕方ないじゃないかって? そうですね、仕方ないのかもしれません。ミートホープの社長も同じようなことを言っていたらしいです。消費者が、製品メーカーが安くてうまい肉を要求してくるのだから仕方がないって。オレはその求めに最大限応えたんだと。耐震偽装で告発された人も、内心は同じことを思っていたんじゃないでしょうか。

みんな、同じことを思うわけです。違いは、そう思ったあと何をするのか、でしょう。

ま、えらそうなことを言っていても、私は弱い人間だと思います。だから、危険な領域に向かう第一歩を踏みださないようにしているわけです。適当なところで止まれる自信なんて、ありませんから。

それにしても、何をもって「適当」というんでしょうね……

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コメント

佐藤信彦です。

先日NHKが夕方の番組で取り上げていた、いい加減な歯科治療の問題を思い出しました。以下のような構図です。

(1)歯医院が増加して競争が激しくなってきた。特に東京(23区内だったかな?)はコンビニよりも多い。

(2)当然もうけられない歯医者が増え、外注先である歯科技工士への支払コストを(発注元という立場を利用し)減らしている。

(3)歯科技工士は数をこなさなければならず、仕事が荒くなり、加工精度がイマイチな入れ歯やら被せ物を納品するようになった。

(4)そうしたいい加減なものを使われた患者は、後になって再治療を強いられている。

入れ歯やらに関する診療報酬について、厚生労働省は歯医者と歯科技工士が3対7で分配するよう指針を出しているものの形骸化しており、実体は6対4とか7対3なんて状況らしいです。じゃぁ診療報酬を歯医者と歯科技工士で最初から分けときゃいいのでは、という案に対し、厚労省は両者が協力して進める治療だから分割できない、という見解だって。

産業翻訳と似ていると思いつつ、(a)歯は国民の健康にかかわる問題だから政府が改善に向けて腰を上げる可能性がある、(b)歯科技工士は手を抜くことで生産数を増やせる、という点が大きく違いますね。

投稿: 佐藤信彦 | 2010年9月16日 (木) 13時32分

(b)については、ホントはそういう話じゃないのに、そうしようという話は翻訳業界でもよく聞きます。なんともはや、です。

投稿: Buckeye | 2010年9月19日 (日) 09時52分

翻訳の方は専門の方々に譲り、導入部分の例として挙げられた牛乳の方などについて。

私が数年前に骨折して杖をついていた時期、整形外科医に「カルシウムをよく採って下さい。ただし牛乳は濃すぎて太りますが」云々言われ、あまり好きでない加工乳を少しの時期飲んでいました。確かに乳脂肪分は低く価格も安いのですが、何だか「薄くて妙」。
コーヒーフェチの私はどうせカフェオレでしか飲まないので、薄めりゃいいだけじゃない、と思い直し、それ以来牛乳しか買っていません。

Buckeyeさんのように中国からの輸入云々など思いもつきませんでしたが、消費者のおばちゃんとしてのカンに頼って結果オーライだったかもしれません。産業翻訳のような高尚なレベルとは異なりますが、私はスーパーでも「安すぎるもの」は表示の裏まで「その理由」を探しに行きます。安いししゃもは表がロシア産でも加工はほぼ間違いなく中国です。観た感じがそっくりでも高めなのは加工が日本などです。中国産の鰻は国産の3分の1程度の価格ですが、あまり売れていませんね。

翻訳の新刊本は装丁や価格による区別がしにくいのですが、やはり立ち読みして違和感があれば買わない、などの自衛に頼るしか方法はありませんでしょうか。奇抜な方法で驚かれるかもしれませんが、翻訳者の格付け(例:BuckeyeさんはAAA by産業翻訳機構、理由:危険領域には手を出さない)などあったら便利と思いますが、失礼過ぎる発想でしょうか。

投稿: メゾフォルテ | 2010年9月20日 (月) 17時28分

メゾフォルテさま、

翻訳者の格付けのようなものは、出版系なら、山岡洋一さんが昔からやりたいと言われています(作業があまりに大変なのでやっておられません)。人に対するものではなく、あくまで翻訳に対するものということで、「翻訳格付け」と言っておられたと記憶していますが(翻訳は属人的なので、実質、人の格付けになりますけどね)。

産業系だと公開でやるのは難しいでしょうね。発注者ごとに、内部である種の格付けを作ってはいるというか、自然にできてしまうはずだとは思いますけど。

このあたり、理想的には、産業系も横断的・網羅的に公開で格付けができればいろいろとメリットがあるはずだと思いますけど、現実に行うのは、残念ながら無理でしょう。

投稿: Buckeye | 2010年9月23日 (木) 09時08分

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