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2010年8月20日 (金)

内容がわかればよいので早く安く……

お客さんから往々にしてある要求が、この「内容がわかればよいので早く安く」です。この要求、お客さんの立場からすれば当たり前と感じるものですが、翻訳者からすれば、これほど理不尽な要求はないと感じてしまうものでもあります。そういう齟齬が発生する理由を考えてみましょう。

■お客さんの立場

お客さんの考え方は、(↓)のような感じでしょう。

きちんとした翻訳とするために時間とコストがかかるのはわかる。でも、今回の案件はそこまでの翻訳である必要はない。それなら、時間もコストもかけなくていい、その分、翻訳の品質が落ちていい。というか、品質を高める時間とコスト(手間)を省いて、その分、早く、安く出してくれ。

最後に細かく削り、磨きあげて仕上げる木工品などではまっとうな要求だと言えますね。注文の品を作るのにかかる手間も時間も短くなりますから、その分、早く・安く出すことも可能でしょう。

問題は、翻訳というのは、「荒削りで作ってから細部を少しずつ仕上げてゆく」という工程では基本的にないことです。

■翻訳者の立場

このような要求を受けると翻訳者としては困ってしまいます。理由は、内容的に間違いがないレベルまで作業をするということは、時間も手間もほとんど省けないことを意味するからです。

実際の翻訳作業というのは、単語レベルで置き換えるような逐語訳をしてから、あっちを少し、こっちを少しと調整して仕上げてゆくものではありません。原文を読んで、えいやっと訳文をひねり出すものです。いったんひねり出した訳文をさらに調整することはあります(というか、まともな翻訳者なら必ずやります)。でも、時間も手間も品質も、最初のえいやっまででほとんど決まってしまうのです。

もちろん、事実の確認や整合性の確認など、内容理解に不可欠な部分を全部省略し、原文をさらっと読んだとき、「私はこう思った」というレベルでよければ短い時間で訳文を書くことができます。でもそのとき、訳文は間違いだらけになります。つまり、「内容がわかればいい」という条件が満足できなくなるわけです。

いや、よく知っている分野なら、辞書を引いたり調べ物をしたりしなくてすむから、原文をさらっと読んで「こう思った」のレベルで内容的に間違いのない訳ができる。そうお思いかもしれません。

じゃあ、そのような案件のとき、定価で満額もらう場合と「内容がわかればよいので早く安く」と頼まれたときで、アウトプットにどれだけの差が生まれるのでしょうか。仮に手を抜いてもらっていいと言われても、その時点までの蓄積でアウトプットしているわけで、蓄積部分は手の抜きようがありません。手が抜けるとしたら、せいぜい、固有名詞の表記調査を省略して原語ママに残すくらいでしょうか。

高すぎる時給?」でも書いたように、翻訳者が受けとる報酬は基本的にアウトプットに対するものです。また、そのアウトプットを決定する要因まで考慮すると(↓)のようになります。

報酬(価値) = 今まで積み重ねてきたもの + 目の前の案件についてかけた手間
要因の大きさ…… 今まで積み重ねてきたもの >> 目の前の案件についてかけた手間

■どうすればいいのか

翻訳者にとっては「内容がわかればよいので早く安く」と言われても無理だとすると、発注側としては重要性が低くて翻訳料金を抑えたいとき、どうすればいいのでしょうか。

安い人に頼めばいいわけです。品質が落ちて、その分、料金も落ちます。品質と価格の見合いについては要求どおりですよね。早くは……難しいかもしれません。基本的に上手な人のほうがスピードも速くなりますからね。逆に言えば、「早く」欲しいなら高くても仕方ないと納得してもらうしかありません。

読むスピードで翻訳できれば最高の品質が得られる

こうして考えてくると、「内容がわかればよいので早く安く」という要求を出してくる翻訳会社ってどうなんだろうと思ってしまいます。翻訳会社でありながら、翻訳の現場がまったくわかっていないということですから。翻訳の現場などまったく知らない(知る必要もない)ソースクライアントが出した要望に合う翻訳者へマッチングする、つまり、「内容がわかればよいので(早く)安く」が実現できる人へマッチングするのが翻訳会社の仕事でしょう。

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