打診された案件を請ける/断る
「翻訳者は個人事業者」で我々は事業者であることが大前提だと書きましたが、では、個人事業者として、ある仕事を請けるか・請けないかはどこで判断するのでしょうか。
■可能・不可能
第一段階は、内容・納期から自分にできる案件かどうかで判断します。ここで「できない」と判断すれば、ほかのことは考える必要がありません。
できる・できないの判断ができない人はまともなプロと言えません。プロとは自分の限界を知る人なのです。
内容と自分の関係は、大きく(↓)のようになると思います。
- 得意なもの(コアな専門分野)
- それなりによくやっているもの(専門分野として挙げるようなもの)
- 不得意な専門分野(専門分野として挙げているが、その周辺部分であるもの)
- 周辺分野(専門に引っかかってはいるが専門外がそれなりに絡むもの)
- 専門外(基本的に自分の専門と関係がないもの)
母語で読んでも理解できないような内容は翻訳できるはずがありません。だから専門分野が大事なのですが、翻訳業界の専門分野と世間一般の専門分野とは若干、意味合いが異なります。そのあたりについては「『翻訳者としての』専門分野」をどうぞ。
1~3は、内容的には特に問題がないはずです(というか、だからこそ「専門分野」と言うわけです)。ただ、スピードは1→3と遅くなってゆくはずなので、それに応じて必要な納期は長くなってゆきます。
一般に悩みどころは4です。専門外がはいってくるので時間がかかる、間違ってしまうおそれがあるとやめておくほうが無難です。一方、自分がよく知る部分につながりがあるので調べを進めやすくやってやれないことはない可能性も高く、専門に絡む領域の知識を身に付け専門分野を拡大するチャンスだとも言えます。専門を広げたいと考えており、かつ、納期に余裕があるならチャレンジしてみるのもいいでしょう。
5は基本的に断るべき案件です。自分の専門とまったく関係がない分野は勘が働かず、調べ物も時間ばかりがかかる上、調べた内容も頭に残らずに終わる可能性が高いからです。自分にとってもいいことはありませんし、結局、ボロボロの訳文を納品してお客さんに迷惑をかけるおそれさえもあります。
■損得
内容・納期がOKなら請ける……のがいいとはかぎりません。
「翻訳者は個人事業者」で書いたように、我々は基本的に営利を追求する個人事業者です。請けることが事業として得なのか損なのかという経済的な判断が必要になります。
基本は、時間当たりの収益が大きくなるか否か。
まだ駆け出しで手が空いている時間が長い場合、内容・納期がOKなら請けてしまうほうが時間当たりの収益は大きくなります。仕事をしなければ売上ゼロですからね。
スケジュールが満杯になってくると、必ずしも請けたほうがいいとは限らなくなります。よく聞くのが、「条件の悪い仕事を請けたあと、条件のいい仕事を打診されてくやしい思いをした」という話です。
翻訳というのは手作業で一品モノを作る仕事なので、自分の限界を超えた分は断るしかありません。時間当たりの収益を大きくするためには、先に打診された条件の悪い仕事を断り、後から打診された条件のいい仕事を請けるのがいいわけです。もちろん、条件の悪い仕事が打診された時点では、そのあと、条件のいい仕事の打診が来るかどうかはわかりません。来ない可能性もあるわけです。
結局、(↓)の決断になります。
- 条件のいい仕事が来ないリスクを回避するため条件の悪い仕事を請ける
- 条件のいい仕事を断るリスクを回避するため条件の悪い仕事を断る
このあたり、詳しくは「スケジューリング」に書いています。
かつかつの生活しかできない売上なら、「条件のいい仕事が来ないリスク」が大きいので、とにかく請けてしまうしかないでしょう。そのかわり、「条件のいい仕事を断り、後々、そういう条件のいい仕事の打診が来る可能性を引き下げる」ことになります。
本当はもうちょっと稼ぎたいけれど、それなりに満足できるレベルで稼ぎがあるのなら、「条件のいい仕事を断り、後々、そういう条件のいい仕事の打診が来る可能性を引き下げる」リスクを回避して安い仕事を断るという選択肢が選べます。何回かに1回、条件のいい仕事が来てそれを請け、いい仕事して、だんだんと条件のいい仕事の打診が増える→売上が増えてゆくとなれば好循環です。
稼げる人はもっと稼げるようになってゆくし、稼げない人は稼げない状況からなかなか抜けだせない……資本主義の社会ですから、それが現実です。稼げていない人は、なんとかして、好循環側にはいれるようにがんばるしか方法がありません。
■長期的視点
上記のような短期の話だけでなく、長期的なことも考える必要があります。
自分はどういう翻訳者になりたいのか。そのためにはどういう仕事をしてどういう能力を身につけてゆく必要があるのか。まずはそのあたりを考えておきます。
そして、請けるかどうか迷う案件のときは、長期的な目標の達成にプラスなら請けるというように優先順位を上げるわけです。逆に長期的な目標の達成にマイナスなら優先順位を下げます。下げた結果、その案件の報酬を受けとるより仕事をしないほうがいいと思う場合、その案件は断るわけです。だいたいの意味さえわかればいいので安く……なんていう案件をざざっとやる時間にじっくり勉強したほうがいいと思えば断るなどのケースがあるでしょう。
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