収益と社会貢献
先日来書いているようなことを言うと、「翻訳というのは社会的な意義があり……」とか「社会貢献として翻訳をするというものも……」など、要するに、「お金だけじゃないよ」っていう反論を受けることがあります。そのあたりについて検討しておきましょう。
最初にもう一度確認しておくと、現代の社会システムとして営利事業を営む事業者とは、基本的に「収益を最大化する」が方針だという前提があります。高く売って利益率を高める、薄利多売で収益を積み上げる……方向性はいろいろありえますが、わざわざ収益を引き下げることはしないのが普通です。普通というか、株式会社などでは、「収益を最大化しよう」という考え方をしない経営陣は更迭の対象となる悪なわけです。
そうなるのは、今の社会が資本主義だからです。
資本主義の世の中では、翻訳もほかの仕事も、社会に対する貢献度を一義的に測るものさしは「お金」です。
ある仕事について、それをやってもらう人が「この仕事にはこれだけの価値がある」と思うだけのお金を払うのです。これは大事な文書だからワード30円払うという案件は、とりあえず横が縦になっていればいいからワード10円しか払わないという案件の3倍の社会的貢献があることになります。
自分にとってではなく、社会という視点から見た評価はそういうことになります。
社会的価値、社会的貢献が支払われるお金で評価されるというのは、案件ごとだけではなく、事業者ごとに見た場合も同じです。年間の売上なり利益なりで価値・貢献が測られるわけです。だから、翻訳会社がひとつつぶれても問題にはならないしそれを救済しようという話にもなりませんが、JALとか銀行とかだと国まで乗りだして救済するって話になります。
社会的にはそういう話になるわけですが、個人事業者には話がややこしくなる特質があります。我々個人事業者は、株式会社などと異なり、意思決定からその結果の受け入れ、批判まで、すべて自己完結する点です。つまり、利益追求を一義としないことも、場合によっては可能なわけです。だから、自分にとって価値があれば、それがお金に換算できないものであっても、あるいはお金という意味ではマイナスであっても、その価値に基づく判断で仕事をすることもできます(これを株式会社でやると背任罪になったりします)。
ですから、先日の「打診された案件を請ける/断る」では「収益最大化」の側面からのみ検討しましたが、実際の仕事を請ける/断るではそれ以外の観点も考慮することが当然にあるわけです。
ちなみに、私は以下の基準で請ける/断るを判断しています。
- 「収益最大化」に貢献するものは仕事として行う
- 仕事と考えるには収益が悪いものは、お金以外の価値があれば行う
その結果、自分がしていることを収益で分類すると(↓)のようになります。下にゆくほど収益という意味では落ちてゆきます。逆に言えば、収益の低下分をおぎなってお釣りがくるだけの価値があると思うからやっていることになります。
- ふだんの産業翻訳-ここでは、いわゆる「仕事」としてどうかを判断基準とし、できないものや条件が悪いものは断ります。仕事人としてコアな部分であり、収益に重きを置いて判断する部分。
- 知り合いの翻訳者や翻訳会社が困っていると頼まれた仕事-「払えるだけでいい」という条件で仕事をするので、ふだんの半分とか1/3とかいうことも珍しくありません。
- 書籍-仕事として産業系とはまったく異なるおもしろみがあるので。それにしても、書籍って、ホント、お金にならないんですよねぇ。
- 知り合いが持ち出しでやっているものなどで、世の中に出すべきだと私も思うもの-無償。翻訳作業で表だって出てゆくお金はないので(電気代とか減価償却とかは出ていくんですが)、ここが、一応、プラマイゼロの世界。
- JTF(日本翻訳連盟)の理事-お金ははいってきません。交通費その他の出費がありますし、理事会に出席するからと仕事を断ることもあるのでここからはマイナス。
- 翻訳フォーラムの運営-お金ははいってきません。サーバー代など、JTFよりも出費は多い。
| 固定リンク
「翻訳-ビジネス的側面」カテゴリの記事
- 河野弘毅さんの「機械翻訳の時代に活躍できる人材になるために」について(2019.02.22)
- 産業系の新規開拓で訳書は武器になるのか(2019.02.21)
- 『道を拓く』(通訳翻訳ジャーナル特別寄稿)(2019.02.15)
- 仕事にも「枠組み」がある(2014.08.12)
- 消費税の取り扱い(2012.10.10)
「翻訳-業界」カテゴリの記事
- 私が日本翻訳連盟の会員になっている訳(2019.02.27)
- 河野弘毅さんの「機械翻訳の時代に活躍できる人材になるために」について(2019.02.22)
- 産業系の新規開拓で訳書は武器になるのか(2019.02.21)
- 『道を拓く』(通訳翻訳ジャーナル特別寄稿)(2019.02.15)
- 翻訳者視点で機械翻訳を語る会(2019.01.23)
コメント
翻訳フォーラムで、いつもお世話になっています。私も「ビジネス」という視点でお仕事をすることを心がけています。そういう意味でロールモデルとしていつもBuckeyeさんのお仕事ぶりを参考にさせていただいています。JTF理事や翻訳フォーラム主催(精力的なお仕事に頭が下がります)は、ビジネスとしての翻訳から収入があってこそですよね。私も、最近は価格でお断りすることが多いです。翻訳環境への投資と今までの実績、実力に見合ったお金をもらいたいと主張するようにしています。それで来なくなった仕事も多いですが、希望の価格でお願いしますとおっしゃってくださる客さんもおられます。しばらくお先真っ暗状態が続くと思いますが、くじけずがんばっていきたいです。
投稿: テデスコ | 2010年7月 3日 (土) 12時33分
テデスコさん、
一人ひとりがそうして地道に積み重ねるしか方法はないんだと思います。
>希望の価格でお願いしますとおっしゃってくださる客さんもおられます
そういうお客さんを探して増やしましょう。それが商売というものなんだと思います。値下げで売るのは、万策つきたときの最後の手段。いつでもできますしね。
投稿: Buckeye | 2010年7月 3日 (土) 15時29分