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2010年7月 5日 (月)

翻訳のチェック・リライトにどう対処すべきか

単価下落がもたらしたもの」で、翻訳の時点でめちゃくちゃになってしまったものを「なんとか合格点まで持って行く」ためのチェック・リライトの依頼が増えているらしいことを紹介しました。

この状況に対し、我々翻訳者はどう対処すべきでしょうか。

  • 安値発注のツケなのだから、つじつま合わせに加担しないほうがいい。
  • 安くても仕事は仕事なのだからやる。
  • 困っているらしいのでやってあげる。

いろいろな対応がありうるでしょう。

価値判断の部分は人それぞれなので横に置いておくとして、ここでは、事業者として収益最大化に貢献するかしないかという観点からの検討を試みます。

まず、料金体系は時給換算のほうがいいでしょう。1時間あたり~円として、かかった時間をかける形です。1文字~円として、あまりにひどくてえんえん作業をしたものだから、時給換算で100円になってしまった……なんていうのは、事業として大赤字ですからね。

この時給が仕事として成立するレベルなら請ける、そうでなければ請けないと判断するわけです。

では、いったい時給がいくらであれば妥当なのでしょうか。

目安は、本業である翻訳の作業をしているとき、平均して1時間あたりいくらを稼ぐか、でしょう。1日8時間(休憩などをのぞいた実作業時間)で2500ワードを訳す人なら、1時間あたり約300ワード。ワード15円で4500円です。同じ2500ワードを1日6時間の作業時間で処理する人や1日8時間の作業時間で3000ワード強を処理する人なら、ワード15円で6000円前後となります。手の速い人や単価の高い人なら、1万円を超えることも珍しくありません。(リライトを依頼されるのは実力がある人のはずなので、処理量も単価もそう低いはずがありません)

このほか、疲れの問題も本当は考慮すべきです。他人の翻訳を直すというのは疲れるものです。たとえば自分が翻訳をするときに対して1.5倍くらいの疲れが出るなら、その仕事で受けとる時給は翻訳でかせぐ1時間あたりの金額の1.5倍にすべきでしょう。疲れた分、ほかで休む必要があるので、その分の逸失利益を上乗せするという考えです。

いずれにせよ、実際に作業をしているときというのは、意外なほど高い時給に相当するものです。

会社員からすると、そんなに高いのかと言われるでしょうね。でも、そんなものです。理由は、会社員はまとまった時間を切り売りする職業、我々は成果に対する報酬を受けとる職業だからです。

会社員の場合、税込みで300万円の給与をもらっている人の場合で、会社はその給与込みでだいたい600万円を支出しています。つまり、会社としては、その人、ひとり、1時間あたり、600万円/1900時間弱(年間労働時間)=約3200円/時の売上が必要なのです。しかも、トイレに行っている時間や同僚に愚痴を言っている時間、ちょっとお茶を飲んで休憩をしている時間も含めて、これだけの売上が必要です。

これに対して我々は、受注その他の連絡メールの読み書きや申告など必要だけれども1円も生まない業務があること、トイレに行っている時間や(もしあるとすれば)愚痴を言っている時間も1円も生まないことなど、大きな違いがあります。

自分の場合、翻訳作業が平均してどのくらいの時給に相当するのかをまず計算しておきましょう。そして、こういう話がきたら、料金は時給換算で~円/時になりますと料金を提示しましょう。他人の翻訳を直す作業はつらいと思うなら、このとき、その分を割増にして提示すればいいわけです。

ポイントは、この作業を受注したあと、打診された翻訳の案件を断らなければならなくなったとき、ああ、リライトを断っておけばよかったと思わない値付けをすること。

会社員の感覚で高すぎると言われても気にする必要はありません。働き方がまったく違うわけですから(それに伴って保証も大きく違います。会社員はローリスク・ローリターン型であるのに対し、フリーランスはハイリターンかどうかはともかく、明らかにハイリスク型で明日の保証はありませんからね)。あとは、その料金を先方が飲むか飲まないか、です。飲んでくれれば取引成立、飲んでくれなければご縁がなかった……ビジネスとはそういうものです。

もちろん、翻訳をしているよりも他人の翻訳を直しているほうが楽しいから安くてもやるという人がいれば、それはまたそれ、です。

そしてまた、安値発注の片棒を担ぐようなことはしないほうがいいと考えるなら、それもまたそれ、です。この場合、理由をはっきり言って断るのも手ですが、翻訳案件での取引もあることを考えると、対決姿勢を取ることは得策と言いがたいでしょう。自分にとって非常に疲れる仕事なので……などと言って、翻訳からの換算時給の倍など、高めを提示するなどがいいかもしれません。

一定レベル以上の翻訳者みんながこう考えれば、こういう流れはなくなるはずで、そういう意味ではこれが一番いいのかもしれません。でも、たぶん、全員がっていう形にはならないんですよね。翻訳者というのはバラバラですから。インターネットでの情報交換も細粒化されてしまっていて、幅広く伝わることがなかなかない状態になってしまいました。

それに、もし、これが時代の流れであり、こういうリライトで十分に食べてゆくことが今後、可能になるのであれば、それはまたそれで、我々としては受け入れざるを得ないでしょう。

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コメント

翻訳のチェックはフラストレーションがたまりますね。単語レベルでぼろぼろミスしているような訳(辞書の最初に載っている訳語をつなぎ合わせたような)のチェックだとやってらんねーと思いますし、たまに超絶技巧のすばらしい訳の内容をチェックしていると自分の能力のなさに落ち込みます。
(´・ω・`)ショボーン

ま、自分の能力と近いぐらいの人が訳したものをチェックするのが一番精神衛生上はいいのかもしれません。。

投稿: TK | 2010年7月 6日 (火) 10時07分

TKさん、

そうでしょうね。

私は、依頼されての訳文修正というのはしたことがないのですが、一時期、ミニ翻訳会社を目指してみた時期があり(4~5人の会社にすれば私は翻訳に専念できるのではないかと思って)、そのころ、人に頼んだ翻訳の直しをずいぶんとしました。頼む段階で厳選したのでそれなりでしたが、それでもいろいろとフラストレーションがたまって大変だったと記憶しています。

>自分の能力と近いぐらいの人が訳したものをチェックするのが
>一番精神衛生上はいいのかもしれません。

いや、チェックはやらないのが一番、精神衛生上はいいんじゃないかと私は思いますが……(^^;)

投稿: Buckeye | 2010年7月 6日 (火) 20時22分

こんにちは。

3年ほど前までは、時々チェックの仕事(日英)をやっていましたが、今は全くやっていません。労力の割には報酬が非常に低いということが一番の理由です。

それなりの力がある人が訳したものであれば、訳抜けや数字、固有名詞の違いなどだけを見ていればよいのですが、全てやり直しした方が良いと思われる仕事に当たると大変でした。

今は、「スピードよりも品質」に重点を置いて、チェックをする方(ネイティブさんを含め)に迷惑のかからないような日英翻訳を心がけるようにしております。今日で仕事はひと山越えました(短納期の仕事ばかりですが、5件も同時進行させると疲れます)。

仰るとおり、精神衛生上、チェックの仕事はしない方が良いと思っています。

投稿: takey | 2010年7月 6日 (火) 21時28分

takeyさん、

労力にみあった報酬にすると、たぶん、「一次訳の料金+リライトの料金」が高くなりすぎるんでしょう。つまり、リライトの人に翻訳してもらえるほどの料金になってしまう。

そのちょっとを惜しんで、当然、その分、品質は落ちて、いろいろ手間暇は増えて……コスト削減分ほどのメリットがあると私には思えません。まあ、発注側は発注側の論理でしか動かないので、私がどう思おうと状況は変化しないわけですが。

リライトの人に翻訳してもらえば、直してもらうよりずっといい翻訳になるんですけどねぇ。

投稿: Buckeye | 2010年7月 7日 (水) 11時42分

マツゴロです。

「チェック・リライト」について。

基本的に、「他人がした仕事には関わらない」ようにしています。特に、「チェック・リライト」は、中学生や高校生に行う「添削作業」とよく似たものと位置づけています。

少し厳しい言い方ですが、...。「他人の表現、訳し方の仕方がわかり、自分の知識を生かすことで他人の役に立てる」と感じることはあります。が、あまり生産性のない「自己満足」の時間を「生活をするために稼ぐ時間」中に入れ込まないようにしています。

これは、サラリーマン時代のことですが、大学の先輩(同学部同学科)である直属の上司(この先輩のコネで入社)からのアドバイス、ある日、トイレで並んだときに頂いたアドバイスが大きく作用しています。「会社が使いやすい人間になるな」というものでした。私を含め2人しかいない翻訳部の上司の元で仕事をしていました。つまり、「翻訳以外の仕事はするな」という意味合いのものでした。この日、他の部署の助っ人に行くかどうかということがもち上がったときでした。

少なくとも「チェック」は、本来は、相応の知識(英語、日本語、専門知識を含め)がある者が行うべきと考えています。が、実際はそうでもなさそうです。

以前、ある翻訳会社のコーディネータより、納品済みの訳文について、「前回の仕事では、クライアントから、訳語の指摘、ケアレスミスが数箇所あるとの指摘がありました」という連絡を受けたことがあります。その翻訳会社では外注チェッカが何人もいます。そこで「チェック済みなのにケアレスミスがあったのかい」と思い、クライアントに納品されたファイルをそのコーディネータから送ってもらい、わたしがチェック、訂正した後のファイルを「担当外注チェッカ」にも送るように頼みました。その後、担当チェッカから電話があり、「使われている辞書はなんという辞書ですか」。唖然としました。

その前にも似たようなことがありました。

別の会社の仕事でしたが、「年齢別のデータ」の訳語について、担当チェッカより『「data by age」は、「data for every age」でもいいですよね』。「あんた、ちゃんと英語勉強したのかい」と思いながらも「はい、いいですよ」。そのとき、「チェッカってこのレベルかい」と判断しました。チェッカに対する考え方が変わるきっかけになりました。

また、「nativeチェック」については、「native speakerがチェックしたのだから大丈夫」という考え方がまだまだあるようです。これについては、業界通のベテラン翻訳者からのアドバイスが大きく作用しています。

「全員というわけではないが、native checkerといっても、アメリカやイギリスからの一時滞在者、旅行者。全員が技術に関する専門的な知識があるわけではないし、文法的なチェック、口語的な表現レベルのチェックくらいが関の山」。

これを実感することもこれまで経験しています。

訳文のチェックは、自分より翻訳技術が優る者による訳文をチェックする場合は、「得るもの」があったとしても、翻訳技術が劣る者による訳文をチェックする場合、時間ばかりが掛かり「得るもの」はほとんどないような気がしています。自分の訳文を自分より翻訳技術が優る翻訳者にチェックしてもらうと「いい勉強」になります。若い頃の翻訳会社での下訳アルバイトはとても勉強になりました。

独断と偏見交じりの文面ですが、ご参考になれば幸甚です。

投稿: マツゴロ | 2013年5月 4日 (土) 11時19分

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