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2009年12月20日 (日)

翻訳と営業

先日のJTF翻訳祭パネルディスカッションのとき、「翻訳者も営業力をつけるべきだ」との意見がパネリストとして登壇された特許翻訳者の時國さんから出ました。話の流れとしては、「営業力をつけて、自分の翻訳を必要としているソースクライアントと取引をすべき」というものだったと思います。

ソースクライアントとの直接取引を翻訳者全員ができるようになるとも思いませんし、そうなるべきだとも思いません。この点については、できないよりはできたほうが選択肢が広がっていいだろうし、できる人はやればいいけど、できなければできないで生きてゆく道はあるはず、そういう道を残すべきだと思います。

このあたりについては昔『実務翻訳を仕事にする』(宝島新書)に書いたので、ここでくり返すのはやめておきましょう。

営業については、パネルディスカッションで時國さんが触れられなかったけど、けっこう大事だと思うことがあります。

「営業力」は、門前払いを食らってもめげずに食らいついてゆく力なども含みます。そのあたり、翻訳者という人種は不得意な人が多いでしょう(私も不得意です)。不得意ながら自分にあった営業方法を工夫するというのもいいですが、「だから営業は翻訳会社に任せる」と考えるなら、それはそれでいいと思います。

では、営業という行為をしなければ翻訳者に営業は関係ない。そう考えていいのでしょうか。

私は、営業「センス」の有無が翻訳の上手・下手に大きく影響すると考えます。

営業センスと営業力は違います。営業センスがなければ営業力もありませんが、営業力がなくても営業センスのある人は大勢います。翻訳するのに必要なのは、この「営業センス」のほうです。

営業センスとは何でしょうか。私は、(↓)のような感じだと思っています。

  • 売りたいモノと売る相手をよく観察し、売る相手にとっても自分にとってもよい形を見つける力。
  • 売る相手が言うことにはもちろん耳をかたむける必要があるが、相手の言いなりになるのではなく、その裏に潜む本当のニーズを掘り出す力。

我々翻訳者の場合、売りたいモノは自分の訳文です。これがどのようなレベルなのか、どこに強みがありどこに弱みを持つのか、など、商品について客観的かつ正確に把握しておく必要があります。

売る相手は、直接的には翻訳会社だったりソースクライアントだったりします。こういうお金を払ってくれる相手が何を求めているのかは、最低限、把握しておく必要があります。

訳文についてフィードバックを返すと怒ってしまう翻訳者がいるという話、よく聞きます。後工程で改悪されてしまうケースもあったりはしますが、それでも怒るというのは営業センス皆無の証明です。ひどいケースでは、「オレの訳文を勝手にいじるとは何ごとだ」という怒り方をする人もいるらしいです。これはもう、なにをかいわんや。

それだけでなく、その先で訳文を読む人、あるいは、原文を書いた人、こういう人たちも広義の「売る相手」だと思います。上記で言えば、「その裏に潜む本当のニーズ」が隠れている部分だったりしますから。

こうして売りたいモノと売る相手をよく観察し、相手に合わせたモノの作り方、売り方をしなければならないわけです。そのとき、こんな作り方をしたら翻訳者として自分は不幸だと思うなら、不幸にならない形を創出するかその仕事から手を引く。「売る相手にとっても自分にとってもよい形を見つける」ことが大事なポイントですからね。

相手に合わせたモノの作り方を工夫する……言い換えると、相手に合わせて、状況に合わせて訳文の作り方を工夫するわけです。この工夫がある人とない人では、商品としての訳文に大きな違いが生まれることになります。「営業センスの有無が翻訳の上手・下手に大きく影響する」と私が思うゆえんです。

実はこの話、JTF翻訳祭の懇親会がおわったあと、流れた2次会で話したことだったりします。そのとき、となりに座っている人から聞かれました。「どういう風に工夫すればいいのでしょうか」と。「そういう質問が出てくるというのは、今の私の話を理解してもらえていない証拠」と厳しい答を返してしまいました。

特許ならこう考えてこうする、マニュアルならこう考えてこうするとパターン化しちゃいけないんです。パターン化とは「売る相手をよく観察する」の放棄ですから。案件はすべて唯一無二。関係者から周辺状況からすべてが同一の案件なんてありえません。どこをどの程度調整するのか……それは毎回変化する。それどころか一つの案件の中でも変化しつづけるのです。「売りたいモノと売る相手をよく観察する」のが基本であれば、ね。だって、売りたいモノは案件のあっちとこっちで微妙に違うわけですから。

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コメント

こと特許に関する限りですが、うぅん、パターン化は、していいのではないでしょうか。「まずは、審査過程での使用に耐える」というのは、間にどういうエージェントが入ろうが、特許事務所の担当者がどんな性格であろうが、一緒なので。A社には、こんなふう、B社にはあんなふう……ということをすれば、取引には結びつくかもしれませんが、そんな器用なことは無理だとも思います。相性が悪ければ、撤退することにはなると思いますが。

細かい仕様に相当するようなことに関して、相手に合わせるということはありえますけれども。なお、中身に応じた訳し方をするというのは、これは当然です。

営業センスには、たぶん欠けているとは思います。

投稿: Sakino | 2009年12月23日 (水) 20時26分

> パターン化しちゃいけないんです

内的な工夫と衝突するパターン化の典型が“スタイルガイド”。一部の業界では、これが言葉狩りに使われ、妙ちくりんな言語を生み出しています。おそらく、良いパターン化と悪いパターン化があるのだと思います。「べからず集」みたいなものはダメですね。拡大解釈されて過剰に適用されてしまう傾向がありますから。「こんなときは、こうしたらよい」という、積極的なパターン化は問題ない。でも、これは経験値の集積みたいなものだから「工夫」そのものであり、工程の中の共通のツールとして作られることはなかなかない。多くの現場では、簡単に作れるスタイルガイドに頼り、その底に流れる精神を忘れて、あるいは端からそんなこと考えないで、機械的に適用している。これ、工程の各段階の評価が加点方式じゃなく、減点方式になっているからなんですね。「相手に合わせたモノの作り方を工夫する…」というのは、そのような環境ではなかなか難しい。営業戦略的には現場に合わせた短期的な工夫と、工程全体をエンドユーザー志向にする長期的な工夫を分けて考えることも必要なのかもしれません。

投稿: Euascomycetes | 2009年12月25日 (金) 03時48分

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