機械翻訳をツールに使うとスピードはどこまで上がるのか
先日の翻訳会社が出してきた訳文基準と原文基準の換算率もそうですが、誰かが出してきた数字はそれが妥当であるのかどうか、自分なりに検討してみる必要があります。
私が出している数字も同じですから、鵜呑みにしちゃいけませんよ>みなさん
今回、SATILAに関する説明ページをいろいろと見歩いた結果、アレっと思った数字がもう一つあったので、そちらについても検討を加えてみたいと思います。能率が最大で2倍以上になるとされているのです。
このページでも、翻訳作業のどこを効率化するかの検討が行われていますが、「翻訳作業の大半は『入力』」なのだそうです。
●翻訳ワークフロー、SATILAでは、「翻訳作業の大半が入力である」とされている
このグラフでは、「脳内翻訳」が20%、「実際の入力にかかる時間」が80%となっています。これならたしかに「翻訳作業の大半は『入力』」となりますね。SATILAを作った山本ゆうじさんは、自身、一時期は翻訳者でしたから、ゆうじさんの翻訳作業において入力が80%を占めていたということなのかもしれません。
しかし、入力が80%を占めるという話、私には変な気がします。私の推測(「ツール導入でどの程度効率が上げられるか」)で「用語確認など」としている部分まで「入力」に含めるとしても、せいぜい50%前後にしかなりません。用語確認のうち、指定用語であることの確認は入力に入れてもいいですが、辞書を引く部分については「脳内翻訳」側に入れるべきものだと思いますけどね。
もちろん、山本ゆうじさんが正しく、私が間違っている可能性もあります。
思う・思わないでは話にならないので、できるかぎり定量的に検討してみましょう。
■「入力の割合が8割」という値の妥当性
この辺りの数字は翻訳のスピードによって変化するので、まずは前提とする翻訳スピードを設定する必要があります。その場合に前提とすべきなのは、SATILAを開発・提唱している山本ゆうじさんの翻訳スピードでしょう。
2003年11月に出た『産業翻訳の仕事を獲得する本 2004/05』(イカロス出版)にSATILAの作者、山本ゆうじさんのインビューが載っています(23~25ページ)。ここに、「SATILAを開発した結果、スピードに関してはこれ以上は望めないという域に達した」という趣旨のことが書かれています。また、その結果、新規翻訳で1時間あたり5~6千円の仕事ができている、とも。翻訳単価がわからないのでスピードは不明ですが、仮に、IT系(ローカライズ系)のトップクラス、16円/ワードだとすると、310~375ワード/時。「これ以上は望めないという域」にして遅すぎます。アルクのアンケートを見てもこのくらいできる人は少なくありません(1日実働8時間として2500~3000ワード、仕上がりで20~25枚前後ですから)。
当時の駆け出しレート、8円/ワードだとすると625~750ワード/時になります。でも、SATILAによって品質はアップするとのことですから、駆け出しレートを仮定するのは失礼でしょう。とりあえず、中間をとって12円/ワードを仮定しましょう。その場合、推定スピードは420~500ワード/時になります。
ウェブに書かれた山本ゆうじさんの自己紹介には「技術と技能を活かして、用語を調べながらも1時間に平均664語の速度を維持しつつ翻訳したこともある」と書かれています。また、「通訳翻訳ウエブマガジン」(2008年12月)掲載の「スケジュール管理と語数計算」には、「私が最近SATILAを使った英日翻訳の例では、4時間12分で2438語、1時間あたりにすると580語翻訳できました」との記述があります。マーケティング用ページの自己紹介はなるべくお化粧をしたいところなので、「平均664語」が彼の最高速だと思っていいでしょう。
このあたりから推測される通常速度は440ワード/時くらい。私自身、トップスピードは最低スピードの2倍超出るものなので、えいやっとトップスピードの1/1.5くらいを平均と考えれば当たらずとも遠からずだと思われます。
この数字と『産業翻訳の仕事を獲得する本 2004/05』からの推測値とは整合性があると言えるので、当たらずとも遠からず程度には妥当な推測値なのでしょう。
SATILAでは、「効率が最大で2倍以上になる」とのことですから、SATILAなしにおける山本ゆうじさんの翻訳スピードは300ワード/時であると推定しておきましょう。IT系の110ワード/400字を使うと、仕上がりは1100文字程度となります。
さて、1時間60分の8割が入力ということは、つまり、48分間が入力に費やされていることになります。
つまり、原文300ワード、仕上がり1100文字という量について、読んで訳文を頭の中で作る作業が全部で12分、用語の確認と入力が48分間というのが、上記、「SATILAの概要」で紹介されている内容と見ることができます(少なくとも当たらずとも遠からずのはず)。
一般的に日本語の入力スピードは50~100文字/分と言われています。翻訳者は入力に慣れていてスピードが速めですが、一方、書き換えたりすることも多く、最終的に仕上がった訳文をベースとした入力スピードの実効値は遅めになると思われます。プラスマイナスで、えいやっと推定するなら、80文字/分くらいでしょうか。毎日入力していて一般的速度のトップクラスのスピードはあるけど、書き換えで2割が失われると考えるわけです。
ノーマルな状態で自分がどのくらいのスピードで文字を入力できるものなのか、一度、計っておくといいと思います。私の場合、入力だけなら120~150文字/分というところのようです。もちろん、書く内容を考え考え書く場合は、考えるほうが率速になってそこまでのスピードは出ません。
原文300ワード、仕上がり1100文字という量の場合、80文字/分で入力すると、14分弱が必要です。つまり、48分-14分=34分間が「用語確認」という計算になります。SATILAで効率が上がるということは、基本的に用語集が整備されている状態のはずで、それでなお、そこまでの時間がかかるというのはちょっと信じられませんが、一般的にどうなのでしょうか。
少なくとも私の場合はそこまでかかりません。
結局、「SATILAの概要」に書かれている前提がかなりおかしいとしか思えません。まあ、翻訳の作業を「入力」と「脳内翻訳」だけに分けている時点で、プロ翻訳者が見ればおかしいと思うに十分だとは思いますが。
このあと、「効率が最大で2倍以上になる」という部分の検証をするつもりでしたが、前提がおかしいのでは検証のしようがないのでやめておきます。
「ツール導入でどの程度効率が上げられるか」で検討したように、普通にいろいろ考えて翻訳をしていたら、ツールによるスピードアップはベストで30~40%であり、それ以上は「気のせい」だろうと思います。
■翻訳で一番時間がかかるところ
翻訳のスピードは人によって大きく違いますし、どこに時間がかかるのかといった作業時間の割り振りも人によって大きく違います。だから入力(+用語確認)に大半の時間を費やすという人がいないとは言えませんが、少なくとも私の場合、訳文を考えている時間が一番長いと思います。私の場合、新しいクライアントの案件など、用語集がない素の状態での速度が600ワード/時くらいと速いため入力時間の割合が高くなるはずです。それでも訳し上がりで1800~1900文字/時くらい、考えつつや入力やりなおしを含め100文字/分で入力に費やす時間が20分弱という計算になります。用語確認などを考慮に入れても、同じ20分くらいは考えている時間があるんじゃないかと思います。しかも、入力の20分や用語確認の間も、基本的に考えているわけですし……。
ああでも、実例をみる限り、翻訳で一番時間がかかるはずの原文解釈、解釈内容を訳文で表現する方法、対象読者に伝わるかどうかなどの検討をしないですませてしまっているようですから、それならやはり入力が率速になるかもしれませんね。ああでもでも、それならそれで、ツールなしで時速1000ワードくらいでてもおかしくないような……???
あまりに条件が異なるため、正直、よく分からなくなってしまいました(^^;)
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コメント
上図の割合は実際と逆で
脳内翻訳(調査も含む)が9割、入力(=キーボード&マウス操作)が1割くらいじゃないかと思います。
投稿: t98907 | 2010年1月21日 (木) 23時09分