機械翻訳ソフト利用による翻訳の実例
別の翻訳者と機械翻訳ソフトの利用について議論したときについても触れておきましょう。2003年の春ですから、もう、6年以上も前のことです。
そのときは、(↓)のように聞かれ、原文と訳文のセットを提示されました。
機械翻訳による出力訳文を以下に例示します。
これでも機械翻訳の出力訳文に引きずられていると言えるでしょうか。
これに対する私の返信をアップロードします。なお、もともとが翻訳パラダイスという会員制MLにおけるやりとりなので、相手の方の名前は伏せ字にしてあります。
このときも、私の結論としては、「機械翻訳ソフトをツールとして使うのはよくないだろうな」でした。機械翻訳ソフトの出力文をどの程度、書き換えているのかがわからなかったので、手間と訳質との関係についてはまったく不明です。
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>機械翻訳による出力訳文を以下に例示します。
>これでも機械翻訳の出力訳文に引きずられていると言えるでしょうか。
うーん……正直な話、ちょっと困っております。一言でいうと、「提示された例が機械翻訳の出力訳文に引きずられていると言えるかどうか判断できるだけのものが、提示されたものにも私にもない」からです。
まず第一の問題は、提示された例が契約関係のものである点です。別の分野の例文であれば、まだしも何か言える可能性はありますが、契約や法律について、私はどうこう言えるだけのものを持っていません(別の分野といっても、医薬とかバイオなど、他にもコメントできない分野は山ほどありますけど)。私は契約や法律の翻訳をしません。やらない理由は、できないからです。自分ができないものなのですから、それを評価しろと言われても、まともな評価ができるわけありません。契約や法律を読むと、英語でも日本語でも「自分がふだん読み書きする文章と違う」「分かりにくい」などと思いますけど、その世界ではそういう書き方をするわけです。つまり、私の感覚で「変だ」と思っても、それが(機械翻訳の出力訳文に引きずられた結果)本当に変になってしまっているのか、それとも、単に契約や法律の世界の言い回しを私が知らないだけなのかがわかりません。
次に、文章を1つだけ取り出して提示されたのでは、それに対して言えることはものすごく限られたことになってしまう点です。できれば数パラグラフで構成される1トピック全体を提示していただければ、引きずられているかどうかをある程度は判断できる可能性があるのですが。たとえば、1つの文章だけを見て、大きく分けて10通りの訳し方があったとき、前後関係の中で絞り込むと、そのうちの2~3通りしか使えないなんていうことは山のようにあるわけですし、その辺りが機械翻訳の出力訳文に引きずられる危険性の一番高い部分だと思うんです。つまり、1文、1文は間違いじゃないのに全体として分かりにくい文書ができてしまうというケースです。でも、1文だけ切り出されてしまうと、この部分の判断は不可能です。うーん、それに、もともと契約書というのは、文脈依存性を極力下げて書かれるものでしょうから、そういう意味でも、契約書を例として出されても評価しずらいかもしれません。
ここまで書いてきて思いましたが、契約書というのは決まり文句なども多いでしょうし、機械翻訳ソフトとの相性は比較的よい分野なのかもしれませんね。ただ、訳す際に間違ったり曖昧にしてしまったりしたときの問題が大きいでしょうから、万一のリスクという意味では相性が悪いという気もします。
ただまあ、これだけで終わりにすると、体よく逃げただけじゃないかと言われても仕方がないでしょうね。ですから、提示された文について疑問に思う点を少しだけ挙げてみます。今の状態だと、翻訳ソフトの出力文に引きずられたから解釈や表現に問題(と、契約や法律をよく知らない私が思う点)が出たのかどうか判断のしようがなく、単なる解釈や表現の問題にしかなりません。なので、翻訳ソフトの出力文に引きずられるかどうかという主題からずれてしまいそうな気もしますが……
<英語の原文>
Each payment under this Note shall be credited first to any expense reimbursements due under the Note and the Deed of Trust of even date herewith securing this Note and executed by Borrower, as Trustor, for the benefit of Holder (the "Deed of Trust"), then to any late charges, then to accrued and unpaid interest, and the remainder to principal.<機械翻訳>
本手形に基づく各支払額は、借主が信託委託者として所持人の利益のために本手形の担保を差し入れるために本手形と同一日付で作成した信託証書(以下「信託証書」という)および手形に基づいて期限到来の費用払戻し額にまず充当し、次に遅延損害金に充当し、さらに経過未払利息に充当し、その残額は元本に充当できるものとする。
◎信託証書および手形に基づいて期限到来の費用払戻し額にまず充当し……
提示された訳文の「信託証書および手形に基づいて」はどこにかかるのでしょうか。ふつうに考えれば、「~する」といった部分にかかるはずだと思います。だとすれば、日本語の中で該当する部分は「充当し」になるでしょう。でも、この部分の英語は「under the Note and the Deed of Trust」であり、それがつながっているのは"credited"ではなく、直接的には"due"であり、そこを経由して"any expense reimbursements"なんだと思います。
英語と見比べて日本語側でかかるべき部分(なるべく動詞的な単語)を探すと(言い換えると、英語でかかっている単語がどの日本語になっているかを探すと)、「期限到来」の「到来」なのかなとは思います。しかし、「信託証書および手形に基づいて期限到来の費用払戻し額」という日本語は意味不明です(「到来」にかかるのなら、ここで切っても意味が通じるはず)。「信託証書および手形に基づいて期限が到来した費用払戻し額」なら、言葉としては意味が通るでしょう。でも、この日本語では、「期限が到来した」理由が「信託証書および手形」ということになると思います。実際は、「信託証書および手形」は、期限を設定するモノとその期限を特定しているだけのはずです("due under the Note and the Deed of Trust"というのは、そういう意味だと私は思います)。そして、ある時間がたつと、「期限が到来する」わけです。つまり、意味的には、「信託証書と手形で払い戻すことが定められている費用のうち、支払う期限が到来した額」なりである可能性が高いだろうと私は思います
さらに根本に戻ると、ここの"due"は「支払期日が到来した」という意味なのでしょうか。そのような意味で"due"が使われることはよくありますが、ここでは、単に「支払うことになっている」というだけの意味なんじゃないかという気がします(辞書の記述で言えば、たとえば、リーダーズにある「当然支払うべき」あたりの意味合いです)。どこか他に"expense reimbursements"に関する規定があるはずで、そちらを見ないと確実なことは言えませんが。
英語を読む限りは、上記のような意味であるように思えます。でも、提示された訳文だけを見たのでは、このような意味であるとは私には理解できませんでした。その内容を法律の世界ではこういう風に言うんだよって話かもしれませんが、その点については、前述のとおり、私には判断できませんし。
◎借主が信託委託者として……
「借主が信託委託者として」はどこにかかるのでしょうか。ふつうに考えれば、これまた、「~する」といった部分にかかるはずだと思います。日本語の中で該当する部分は「本手形の担保を差し入れる」あるいは「作成した」でしょうけど、訳文だけからでは、どっちなのかすぐには理解できないと思います(考えれば、前者にかかるはずはないことが分かりますけど)。
また、「所持人の利益のために」はどこにかかるのでしょうか。ふつうに考えれば、これまた、「~する」といった部分にかかるはずだと思います。日本語の中で該当する部分は、上記と同じで「本手形の担保を差し入れる」あるいは「作成した」でしょう。これまた、日本語だけでは、どっちなのかすぐには理解できないと思います。
これに対して、英語はクリアになっていると思います。「借主が信託委託者として」は"by Borrower, as Trustor"の部分、「所持人の利益のために」は"for the benefit of Holder"ですよね。これらがかかっているのは、いずれも、"executed"であり、ここを介して"the Deed of Trust of even date"にかかっているんだと思います。
つまり、英語としては↓のようになっているんだと思います(頭から読んで意味的なブロックごとにつながりを表してみました。インデント量が同じところは並列というわけです)。ちょっと長いことは長いですが、特にややこしい構造ではないと思います。
Each payment under this Note shall be credited
first to any expense reimbursements due under
the Note
and
the Deed of Trust of even date (the "Deed of Trust")
herewith securing this Note
and
executed by Borrower, as Trustor, for the benefit of Holder,
then to any late charges,
then to accrued and unpaid interest,
and the remainder to principal.
訳文側の問題は、"executed by Borrower, as Trustor, for the benefit of Holder"と"herewith securing this Note"が並列になっておらず、前者の途中に後者が挟まれた入れ子状態になっていることでしょう。だから、前述のように、どこにかかっているのかわからない文章になってしまっているのだと思います。また、おそらくはどこがどこにかかっているのか分かりにくくなっているせいだと思うのですが、それぞれのブロックの意味というか訳文もおかしくなっているように思います。
"the Deed of Trust of even date executed by Borrower, as Trustor, for the benefit of Holder"だけを取り出して考えてみます。対応する部分を訳文から抜き出すと、「借主が信託委託者として所持人の利益のために本手形と同一日付で作成した信託証書」となります。つまり、「借主が信託証書を作成した」んでしょうか。辞書の記述を見る限りは、この言い方がおかしいとまでは言い切れないのですが、契約書など以外の分野における語感からすると変な気がします。
まずは枝葉末節。"executed by Borrower"なので、英語ではサインする主体がBorrowerであることは明記されていますが、その文書を作った(英語ならprepareか?)人は誰でもいいわけです。問題は、日本語の「作成」が証書の完成だけでなく、サイン前の証書を作ることにも使える(と普通は感じられる)点でしょう。だから、「借主が作成した」に違和感を感じるんだと思います。まあ、「証書を作成し、提出する」とは言えると思うので、微妙ではありますが。
もう少し根本的なことを考えてみると……Borrowerは、this Noteを振り出してお金を借りようとしているわけですよね? で、お金を借りるために担保を差し出さなければならないんでしょう。何を差し出すかというと、Borrowerが持っている不動産か何かを差し出す。差し出す形態としては、抵当権の設定などいろいろある中で、信託証書という形にする。こんなところなんじゃないかと推測されます。(法律は素人なので、この辺りの解釈が実際的に正しいかどうか、確証はありませんし、それを調べてまでコメントする時間がありません。ただ、今回提示された英語を読む限りでは、このように思えると思うということです)
こう考えてくると、"as Trustor"関連の部分は、信託委託者の欄にBorrowerの署名がある(executed by Borrower, as Trustor)信託証書を担保として相手に渡すという具合になるのだろうと思われます。そうであれば、「借主が信託委託者として作成した信託証書」ではなく、「借主を信託委託者として作成された信託証書」とでも言うほうが自然なのではないでしょうか。
これを、もうちょっと大きなブロックで考えると、「借主を信託委託者として作成され、本手形の担保として提出された(される、とすべきか?)信託証書」といったイメージになります。これに対し、提示された訳文は、対応する部分だけを抜き出してくると「借主が信託委託者として本手形の担保を差し入れるために作成した信託証書」になります。
◎その他
ここから先に、よく分からないところがあります(調べている時間もないので、疑問のままで書きます)。"for the benefit of Holder"です。たぶん、この"Holder"とは手形を受け取る人なんじゃないかと推測しました(確信はありません。はっきりと定義されているはずですが、私は定義を見られないので)。そうだとすると、提示された訳文は、「振り出された手形を受け取る人『の利益のために』作られた信託証書」になるわけですが、これが何を意味するのか、分かったような分からないようなで、正直なところ、よく分かりません。もしかすると、信託証書にはTrustorとbeneficiaryが必ずいるものであり、そのbeneficiaryとしてHolderが指定されているという意味なのかもしれないという想像はできますが(beneficiaryは、trustorとbenefitから連想したにすぎません。念のため辞書を引いてみたら、信託受益者という語義も書かれていたので、あながち無縁ではなさそうです)。ただ、だったら、Trustorに対応してBeneficiaryという単語が定義され、使われていてもよさそうですよねぇ。でも、そのような場合でもBeneficiaryを使わないことが可能ではあるので、結局のところ、よくわかりませんし、他の意味である可能性も否定できません。ともかく、私は、信託証書がどういうものなのかもよく知らないので、これ以上、踏み込むのはやめておきます。もしかすると、信託証書について「誰それの利益のために」と言えば、beneficiaryを指すのが業界の常識なのかもしれませんし。
あと、"reimbursement"を「払戻し」とするのがいいのかどうかについても、疑問に思っています。たしかに、"reimbursement"を辞書で引くと「払戻し」といった訳語があります。でも、日本語で「戻す」ということは、一度受け取ったモノを返すという意味合いを持ちますよね。今回のようなケースで登場人物は、借主と手形の所持人(+αがいるかもしれない)だと思うのですが、誰と誰の間にそのようなことが起きるのか(AからBに費用がいったん払われ、ある期日がきたとき、それがBからAに払い戻される)、私には想像がつきません。元に戻って英語を読むと、この文章における"reimbursement"というのは、「戻す」うんぬんではなく、単純に支払うべきもの(expenseなので、借主負担だが所持人側で発生する費用といったところか)を精算する(支払う)ってことなんじゃないかという気がするわけです。この点についても、他の部分に何か書かれていたので××さんは「払戻し」とされたのかもしれませんけど。
◎まとめ、のようなもの(^^;)
いずれにしても、この例文については、英語を素直に読んで訳してゆけば、提示されたような日本語にはならなかっただろうと思います。少なくとも、並列が入れ子になることはなかったはずでしょう。それが乱れてしまった原因の一つに、翻訳ソフトの出力文があった「かも」しれないなぁとは思います。本当のところは、××さんが何を考え、段階的に訳文がどのように変化したのかが分からないとなんとも言えませんけど。
この例文については、あまりに長くなってしまいましたし、論点が多岐にわたってしまったので、××さんと私以外の方々にはフォローしにくくなってしまったかもしれません。なので、××さんの文体にならった試訳を出してみます(全体の試訳を出すことはしない主義なのですが)。ただし、上記をはじめ、何点か確認できていない疑問点があるので、一部、作文になっている点、ご容赦ください(つまりは、たたき台といったレベルにすぎないということです)。仕事にすでに支障が出ているくらいで、これ以上、時間がかけられないものですから(この部分を最後に書いています)。
本手形に基づく各回の支払額は、借主を信託委託者、所持人を信託受益者として本手形と同一日付で作成され、本手形の担保として提出される信託証書(以下「信託証書」という)および本手形によって支払いが規定された借主負担費用にまず充当し、次に遅延損害金に充当し、さらに経過未払利息に充当し、その上で残額があれば元本に充当できるものとする。
文章を分割してよければ、以下のようにしちゃうでしょう。(ふつうの翻訳では、1文を2文に分割したり、逆に2文を1文にしてしまったりよくしますが、契約書ではまずいかもしれませんね)
借主を信託委託者、所持人を信託受益者とした信託証書(以下「信託証書」という)を本手形と同一日付で作成し、本手形の担保として差し入れるものとする。本手形に基づく各回の支払額は、信託証書および本手形によって支払いが規定された借主負担費用にまず充当し、次に遅延損害金に充当し、さらに経過未払利息に充当し、その上で残額があれば元本に充当できるものとする。
●ここについてはあとで(↓)の補足をしています
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>本手形に基づく各回の支払額は、借主を信託委託者、所持人を信託受益者として
>本手形と同一日付で作成され、本手形の担保として提出される信託証書(以下
>「信託証書」という)および本手形によって支払いが規定された借主負担費用に
>まず充当し、次に遅延損害金に充当し、さらに経過未払利息に充当し、その上で
>残額があれば元本に充当できるものとする。
なんといっても慣れないものをやったので不安があり、お昼休みにちょっと読み直してみたら……がーん、かなり気をつけたつもりだったのに、××さんから提示された訳文に引きずられてしまったところがあったようです。
"payment"は、「支払金」でしょうね。支払額は支払金の多寡を表す量であってお金そのものではないので、遅延損害金などに充当することはできません。ん~、あと、「支払」とする手はあるかな。
簡単に見える部分ほど足をすくわれるという好例を演じてしまいました。えらそうにアレコレ書いていても、この程度でしかありません。まあ、だからこそ、私自身は翻訳ソフトの出力文に引きずられると思うわけですが。
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●さらに今、追加するなら……
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最初の試訳で「同一日付で作成され、」とテンを入れたのは失敗ですね。このテンはあってはならないテン、文意をあやふやにしてしまうテンですから。
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<英文>
If any installment of interest under this Note shall not be received by Holder prior to the tenth (10th) day after the date on which it is due, Holder may at its option impose a late charge of four percent (4%) of the overdue amount.<機械翻訳>
本手形に基づく利息の割賦払金がその支払期日の十(10)日後までに所持人によって受領されない場合、所持人は、自己の判断で、延滞金額に対し4パーセント(4%)の遅延損害金を課すことができる。
自分がしている仕事で、たとえば、「いついつまでに~をしましょう」などというレターかなにかで同じような英語表現が出てきたら、私は、おそらく、「支払期日から9日のうちに」とか「支払期日から9日以内に」とするでしょう。数字を書き換えてはいけないというなら、分かりにくくはなりますが、「支払期日から10日目(後、でもいいかな)になる前に」「支払期日から10日目にならないうちに」(うーん、なんか不自然だなぁ--;)とかなんとかすれば、英語と解釈が異なる危険はないかと思います。
支払期日(the date on which it is due)が2月28日だったとします。その「十(10)日後」(the tenth (10th) day after)は、3月10日です。原文の"prior to the tenth (10th) day after the date"は、3月10日を含まないことが明確です。3月10日、午前0時になった瞬間にアウトです。これに対して、「割賦払金が3月10日までに所持人によって受領されない場合」という日本語で許される支払い期間は、3月10日を含む場合も含まない場合もありえます。つまり、英語で明確だった期限が、訳文では不明確になってしまっているわけです。
「明日までに~をしなければならない」は、「今日中にしなければならない」場合もあれば、「明日の~時までにしなければならない」と明日を含む場合もあります(基本的には、明日を含むが、心配だからなるべく今日中にすませたいという語感が強いと私は思います)。「3月10日までに受領されない」のように否定形になると、3月10日を含まない語感が強くなるようには思います。でも、「3月10日までに5000万の運転資金が用意できないと大変なことになる」と言う場合、たいていは、3月10日の午前3時に用意できたら間にあうはずでしょう。結局、「~日まで」というのは、どちらと特定することは、一般にできない表現だと思います。
ただし、法律や契約で「~日まで」とあったら、その日は含まないというお約束があるのであれば、まるで見当はずれの疑問です。
◎番外編
翻訳ソフトの出力文に引きずられたと比較的言えるのかもしれないなぁと思った例が、以前、××さんが挙げられていたもののなかにありました。
【例文】
Mr. Sato hereby grants to Mr. Tanaka the exclusive right and license to make, have made, use, sell and lease final products under Hong Kong Patent No. 99999.【機械翻訳】
佐藤さんは、香港特許No.9999に基づき最終製品を製造し、製造させ、使用し、販売し、貸出しする独占的権利と実施権を本契約により田中さんに許諾する。
英語は、"the exclusive (right and license)"と理解すべきだと思うのですが、日本語訳は、"(the exclusive right) and license"の訳になっていると思います。つまり、英語では、実施権も独占的実施権であることが明記されていますが、日本語では明記されていないと思うわけです(普通の日本語として考えると、明記されていないことになると私は思います)。私なら、たぶん、「独占的権利と独占的実施権」にしておくだろうと思います。
これまた、契約の世界では解釈が違うということはあるかもしれませんし、初出時に「独占的権利と独占的実施権」ではなく「独占的権利と実施権」であることが明記されていたりするなんてこともあるのかもしれませんが、とりあえず、何か危ないなぁ(地雷を踏むかもしれないなぁ)と思った次第です。
念のため、ちょっとウェブを調べてみたところ、「ライセンス契約では独占的実施権であるか非独占的実施権であるかを明記すべき。明記がないとライセンス契約は非独占的とみなされる」などという話を見つけました。ただし、これが今回の例文のようなケースにも適用される話かどうかを判断できるほどの法律に関する知識は、私は持ち合わせておりません。
なお、こういうパターンは、翻訳ソフトを使っていると比較的起きがちだと思います。翻訳ソフトの出力文では「独占的権利と実施権」となるからです。
私がやっているやり方だと、「the 独占的 権利 and 実施権 to make, have made,……」となります。この文章を英語回路で読んでいくと、独占的が権利から実施権までかかっていることが比較的容易に(少なくとも、英語を読むのと同程度には容易に)理解できます。
ただし、"exclusive right"の訳語を登録していると(普通ならすると思いますし)、「the 独占的権利 and 実施権 to make, have made,……」となり、一段、分かりにくくなります。"the"が残っているので、単純に日本語で「独占的権利と実施権」となっているよりはいくぶんマシではありますが。この辺りが、私がやっているような単純置換にもある弊害の一つです。翻訳ソフト使用時ほど深刻ではないと思いますが、やはり、注意しなければならない点です。
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コメント
こんにちは。手元にある「英文ビジネス契約書大辞典」(山本孝夫・日本経済新聞社)をチェックしてみました。
「独占的な使用許諾を規定する」という項目に次のような例文が載っておりました(一部省略)。
Licensor grants to ABC an exclusive license and right to use the Proprietary Information to・・・・・
(和訳)
ライセンサーはABCに対し・・・・させるために専有情報を使用する独占的ライセンスと権利を許諾する。
exclusive(独占的)はライセンスと権利両方にかかると思うのですが・・・。
投稿: takey | 2009年11月13日 (金) 12時29分
法律に詳しくないので見当違だったらご容赦を。an exclusive license and rightは「AがBに独占的にライセンスすることによってBが独占的な実施権を得る」ということですよね。つまり、licenseとrightは因果的に一体なわけで、喩えは悪いですが、bread and butterみたいなものではないか。だとすると、「バター付きのパン」ならぬ「license and right」が慣用的にどう表現されているかが問題となるのでは?
投稿: Euascomycetes | 2009年11月13日 (金) 16時49分
うぅん、もとの文章の意味をきちんと解釈するということだと思うのですが。まず、ぱっとみて、アレレになるのは、そこではなく、「under Hong Kong Patent No. 99999」の部分なのでは?
これは、この特許をベースに「the exclusive right and license to make, have made, use, sell and lease final products」または「final products」(どっちかは、その特許の内容をみないとなんともいえませんが)の範囲が決まるということなわけで、許諾という行為が、この特許をベースに行われるわけではないのですから、「香港特許No.9999に基づき」とはならないものと思います。「香港特許第9999号に基づく」ではないでしょうか。
「the exclusive right and license」は、andの訳し方の問題で、ここを、「および/及び」にしておけば、何の問題もないような……。c.f.林修三「法令用語の常識」
ライセンスの仕事はしていませんので、あてになりませんが。
投稿: Sakino | 2009年11月13日 (金) 17時37分
本文にも書いているように法律は私も素人でよくわかりません。なので、いろいろあくまで「思う」のレベルに留まります。
「香港特許第9999号に基づく」は……そうですね。このコメントを書いたときは、「独占的権利と実施権」がたまたま目にはいり、そこだけで終わりにしてそれ以外については細かく検討しようとしなかった記憶があります。ご指摘の点は、なんとなく、「香港特許No.9999に基づき製造し」で製法の特許かなにかかと思って、そのあとまできちんと読まなかったような気も。原文を一から読んで訳していればそうはやらないわけで、このときも、機械翻訳の出力(を書き換えた文)に引きずられた例だと言えそうです。
『法令用語の常識』は持っていないのでよくわからないのですが、漢字同士がくっつく力よりも「および/及び」のくっつける力のほうが強いということでしょうか。「独占的な」とすればまた話が違うとは思いますけど。
投稿: Buckeye | 2009年11月13日 (金) 17時56分
確認ですが、特許とは発明を実施する権利で、その権利を実施して製品を作る(または販売する)わけですよね。だとすると、上の例は香港特許第9999号の規定する実施権の範囲で製品を製造または製造委託し、さらに最終製品を使用、販売またはリースするまでの独占的な権利を許可するということなのでしょうか?
投稿: Euascomycetes | 2009年11月13日 (金) 18時50分
「「および/及び」のくっつける力」というより、「「と」の切る力」というふうに、私は考えています。
『法令用語の常識』は、翻訳フォーラムでその道の方から、ともかくこれだけは!、と習ったものですが、法律の文章というのが、いかに人工的かというのがよくわかる本です。欧州言語から日本語に機械的にもってくるためには、こういうふうにやっとけばいい……というふうに先人が考えたであろう道筋がとってもよくわかる。
そもそも、「「および/及び」が「ほら、ならんでますよ」ということを示すだけの、人工的な接続用の翻訳ツール的な接続詞で、心理的な切れ目なんか、およそ無縁なので、その前が「独占的」であっても「独占的な」であっても、「そんなの関係ねー」ですんでしまう、ということなのだと思います。「および」と「と」のちがいをあらかじめ知っていれば、「licence and right」「right and licence」がそもそもひとまとまりということを知らなくても、こういうところは「および」にしておけばなんとかなる……で地雷は踏まずにすむ、というふうに《法律日本語》はできているということなんだろーなー、と、林氏の本とかを読んでいると思います(ただし私は15ぺージくらいまででギブアップしました)。
なお、『法令用語の常識』には、及びや並びにの使い方は書いてありますが、「と」については触れられてすらいません。
あと、製法特許かな、あるいは使用方法というのも混ざってたかな、とは私も最初思ったのですが、読んでいったら、sell and leaseなんていうのが出てきちゃって……。
私も、契約書やライセンスの仕事はしていませんが、今回はたまたま英語というか原文を先に読んじゃったんですよ。Buckeyeさんは、なにせ、この文章と出会った経緯が経緯みたいですから、日本語訳を先にごらんになってしまったのではないですか?
投稿: Sakino | 2009年11月13日 (金) 18時52分
とりあえず『法令用語の常識』はアマゾンでポチッとなしておきました。法律系には基本的に触らないのですが、まったくというわけにもいかないし、基礎の基礎くらい知っておかないとまずいでしょうから。
先に見たのは、ご推察どおり、日本語です。SATILAを含め、全部そうです。自分で翻訳する場合なら最終的にいい訳を作ることが目的ですが、この例もSATILAの例も、「訳の問題点を指摘する」が目的ですから。全部を洗い出せなくても一部がわかればいいと、手っ取り早くチェックしようとした次第です。このアプローチだとどうしても穴ができちゃうんですけどね。
投稿: Buckeye | 2009年11月13日 (金) 21時42分