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2009年11月26日 (木)

JTF翻訳祭2009来場者アンケート

来場者アンケート、改めて見てみました。私の講演については、「あまり参考にならなかった」(5段階評価で2)という方もおられましたが、「とても参考になった」「参考になった」(5段階評価で5と4)が大半だったようです。今回は準備にかなり苦しんでしまいましたが、その甲斐があったかなとホッとしています。

自由記述欄では「私のPPTを印刷した配付資料が欲しかった」とのご意見をたくさんいただきました。

すみません、これが配布できなかったのはすべて私の責任です。レジメ締め切り日には講演の流れさえも固まっておらず、PPTを作ることはないだろうと思っていました。講演の流れがなんとか固まったのが前日お昼過ぎ。急がなければならないバックログはなかったので(できたら翻訳祭の朝、無理なら週明けに納品という仕事はありましたが)、そこからPPTを作りはじめ、全体の形が整ったのが夕方。翌朝、最終調整。もっと早くに流れを固められていれば、みなさんに配付資料をお渡しできたのですが……力不足で申し訳ありませんm(_ _)m

ところで、来場者アンケートの項目の一つ、講演者やパネリストに対する質問の欄で、私宛に以下の質問をいただきました。

翻訳品質の最終的な管理責任は翻訳会社にあると考えますが、翻訳会社が翻訳者に求める品質管理のレベルは、どの程度が適当と考えますでしょうか? 「スタイルガイドに関する調整は翻訳会社の仕事」と翻訳者から言われたことがあります。住み分けの標準はどのようにお考えでしょうか? また、MTの修正作業は翻訳者の仕事とお考えでしょうか? どのくらいのクラスの翻訳者なら、きちんとした品質を確保できるものでしょうか?

内容が多岐にわたるので、以下、分解して回答します。

翻訳品質の最終的な管理責任は翻訳会社にあると考えますが、翻訳会社が翻訳者に求める品質管理のレベルは、どの程度が適当と考えますでしょうか?


◎翻訳品質の最終的な管理責任は翻訳会社にあるのか

翻訳会社経由の仕事であれば、私も、「翻訳品質の最終的な管理責任は翻訳会社にある」と考えます。言い換えれば、翻訳会社が検収した時点で翻訳品質の管理責任が翻訳者から翻訳会社に移る、です。翻訳会社が検収したもの、翻訳会社がこの品質でよいと判断したものをソースクライアントがプラスマイナス、どう判断しようが、その評価もそれに伴う責任も翻訳会社のものでなければなりません。

◎翻訳会社が翻訳者に求める品質管理のレベル

最終的な翻訳品質の8割、9割は最初の翻訳時に作り込まれるものです。少なくとも、まともな翻訳者が翻訳を行う場合にはそうなります。であれば、品質管理もその段階でやる以外に方法はありません。作業の上流でいいかげんなことをしておいて下流でなんとかしようとするなんて、そんなもの「品質管理」じゃありません。それで品質管理ができると思うのは幻想です。そんな形でできるのは、せいぜいがボロ隠し。翻訳の場合、最初の原文解釈で落としたものは絶対に戻ってこないのですから。原文を一番深く読み込む翻訳者がやらずに誰が品質管理をするのでしょうか。

つまり理想論としては、「翻訳という側面の後処理なしでソースクライアントが満足するレベル」を翻訳者に求めるべきだし、翻訳者はそのレベルのアウトプットをすべきです。販売資料なら、そのままお客さんのところに持ってゆけば、これはいい製品だと買ってもらえるような(原文と同レベルの効果を持つ)、そういうものを翻訳者は出すべきです。

「べき」と言っても、誰もができるわけではありません。そもそも、駆け出しがトップクラスと同じアウトプットなんてできるわけがありません。だから、ソースクライアントが満足するレベルを正しく判断し、それに合ったアウトプットレベルを持つ翻訳者に仕事を振る。それが翻訳会社の仕事でしょう。電子部品にも性能が低い普及品からすばらしい性能を持つ高級品までが存在します。電子機器メーカーは、所望の特性に必要なレベルの部品を組み合わせて製品を作るのです。部品の性能が低すぎれは所望の性能が得られないし、逆にオーバースペックの部品を使えば価格が高くなってしまいます。翻訳だって同じでしょう。電子部品の場合、下手に高級品を使うとかえっておかしくなることがあったりしますが、そういう面まで同じですね。

それじゃ翻訳会社で品質管理をする必要がないじゃないかと思われるかもしれません。本来、そういうものだと私は考えます。一般にイメージされる「社内の品質管理体制」なんて不要。マッチングの効果を測定してフィードバックするという形の品質管理体制は必要ですけどね。

◎現実は?

こういうことを書くと、「そんなことを言っても、現実には翻訳者が下手すぎるからそのまま納品なんてできない」という反論が返ってくるでしょうし、残念ながら、その反論には一理も二理もあります。現状、翻訳者は総体的なレベルが低すぎると私も思います。

であれば、翻訳会社がなすべきことは、翻訳者が上手になる道を示すことでしょう。「質より量」というメッセージなんて発していないで。根本的な解決を目指さなければ、いつまでたってもつじつま合わせのぼろ隠しを続けなければなりません。それがいい道だとは、私には思えません。

「スタイルガイドに関する調整は翻訳会社の仕事」と翻訳者から言われたことがあります。住み分けの標準はどのようにお考えでしょうか?

翻訳祭の講演でも話をしましたが、個別案件として翻訳者に見える部分は翻訳者の担当範囲、複数案件にまたがるなど個別翻訳者に見えない部分は翻訳会社の担当範囲だと私は考えます。

この質問で特に取りあげられているスタイルガイドについて言えば、個別の案件に合う・合わないといった意見を出すところまでは翻訳者の仕事。個別案件との関係から出てくる意見ですから雑多ですし、矛盾する意見も出てきます。それを調整してまとめ、将来に活かすのは翻訳会社の仕事です。

余談かもしれませんが、スタイルガイドなどの決めごとは「少なきをもって良しとする」だと思います。どのような場面でも守らなければならない100%のものだけにしてもいいくらいでしょう。コンテキストで揺れるものまでスタイルガイドで決めようとすれば、翻訳者に「自分は考えてはならない」と思わせるだけ。「翻訳者が上手になる道を示す」の真逆をゆくことになります。

また、MTの修正作業は翻訳者の仕事とお考えでしょうか? どのくらいのクラスの翻訳者なら、きちんとした品質を確保できるものでしょうか?

MTというのは機械翻訳を意味しておられますよね? その前提で、以下、書きます。

MTの修正作業は翻訳者がする仕事ではありません。MT導入の目的はコストダウンだと思いますが、コストダウンを実現するためには、翻訳とはまったく異なる作業とする必要があります。翻訳者だという姿勢で作業をすれば、かえって時間がかかってしまい、MT導入の目的が果たせません。

また、この作業環境と条件では、どうしても「訳文側『だけ』でつじつまを合わせるようになりがち」です。翻訳祭の講演で、翻訳メモリツールの導入推進は、「質より量」というメッセージを発する行動だというお話をしましたが、MTの修正作業も同じように、環境と条件が発するメッセージがそちらに向かわせるからです。楽ができる魅力的なメッセージでもありますし。その魅力に打ち勝ち、きちんとアウトプットしようと思える人は一握りです。また、その一握りにとって自分の方向性と逆行するツールは足かせにしかならず、MTの修正作業に従事したいとは思わないでしょう。

では、絶対に「きちんとした品質の翻訳」ができないのかといえば、そんなことはありません。どんな環境でも、それこそ紙と鉛筆だけでも、「きちんとした品質の翻訳」はできますから。

MTを使うという条件の場合には、きちんとした品質を確保できるレベルの翻訳者が、一から訳すよりも時間と労力を多く費やせば、きちんとした品質を確保できるでしょう。逆に、そこまでしなければ「きちんとした品質」のものはできないと思います。その傍証としては、「ツールとしての機械翻訳」に始まる一連のエントリーがあります。

いや、そこまでの品質は求めていない、現状のローカライズでよく見かけるレベルを「きちんとした品質」と呼ぶと言われるかもしれません。その場合、トップクラスの翻訳者であれば、一から訳すよりも短い時間で処理できる可能性はあると思います。ただし、アウトプットはその翻訳者の実力並みではなく、普通に翻訳した場合には間違わないようなミスがたくさんある状態となります。このあたりも、「ツールとしての機械翻訳」に始まる一連のエントリーを見ていただければだいたいの様子が分かっていただけるはずだと思います。

機械翻訳ソフトの出力文を修正する場合、単価は駆け出し向けよりも下がるはずだと思いますが(そうでなければコストダウンが実現できない)、その場合、翻訳者側から見れば収入ダウンとなります。仮に処理量が倍になったとしても、トップクラスの翻訳者にとっては単価が半分以下に落ちることになると思われるからです。経済的な意味から、そのような処理をしたいと思う翻訳者はいないと思います。

逆に、そのような単価でも処理量アップで収入増が見込めると思われるレベルの翻訳者がMTの修正作業に従事した場合は、品質がさらに下がります。翻訳というのは、原文解釈で落としたものは絶対に帰ってこないものなのに、前述のように、訳文側だけでつじつま合わせをすることになるからです。MTが落としたものは落としたまま、つじつま合わせで余計なものが紛れ込みます。これは、翻訳祭の講演でお話しした「耐震偽装」の世界にほかありません。

「耐震偽装だ」「鉄筋抜いてある」と分かって使うのであればそれはそれ。使い方はあると思います。しかし「きちんとした品質の翻訳」との両立は無理だと私は考えます。

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コメント

JTFが近日販売すると思われるセミナーDVDに、PPT資料をおまけでつけて下さるというのはいかがでしょう(^^)。そうしたら、DVD、買ってしまうかも(^^)。

それにしても、アンケートって、真剣に見るものなんですね~。結構いい加減に書いてしまったので、講演された方々には申し訳なかったかも(^^;;。

投稿: Aki | 2009年11月26日 (木) 20時10分

いや、けっこういい加減に見てますよ。たくさんあるのでじっくり見ていたら大変なことになります。

私の場合、悪い評価に注意しつつ、自分に関係があるところをざざっと読んでゆくイメージです。それ以外は、「自分の講演に触れているか」を確認するためになんとなく見る範囲でそれなりに読むだけです。基本的に記名になっていますが、誰が書いているかまでは確認してなかったりします。Akiさんのアンケートがあったことに気づいてないし(^^;)

DVDにPPT資料を付けるっていうのはいいかもしれませんね。事務局と相談してみましょう。るーちんと違う動きをさせるのは手間がかかるので無理は言えませんが。

投稿: Buckeye | 2009年11月26日 (木) 21時56分

そうですよね!!数が多いですからね(^^;;!!ほっとしました(^^;;!!

PPT資料がついてくるなら、DVDを購入するかもしれません。実はあの日、睡眠不足だった上に壇上からかなり遠い席に座っていたので、あまり集中して聞くことができませんでした(TT)。良いことを言っておられるなと思ったのは覚えているので、DVDでおさらいできればと思います(^^)。

投稿: Aki | 2009年11月26日 (木) 22時12分

DVD、何を映しているんだろうと思ったら、講演でPPTがある場合、そちらをずっと映す形になるようです。前にもらったものを確認したところ、そういう形でした。たぶん、今回も同じようにしていると思います。私の顔がえんえん映っていても、誰も喜びませんからねぇ(爆)

投稿: Buckeye | 2009年11月27日 (金) 11時34分

そうなんですね。いつだったかの翻訳環境研究会のDVDチラシに、「レジュメつき」と銘打ったものがたしかあったと思うので、JTFにとっては資料を配布するのは前例のないことではないと思う(^^;;のですが、DVDにPPT資料が映されているのなら、DVDだけでもいいかもしれませんね(^^)。

投稿: Aki | 2009年11月27日 (金) 11時54分

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