訳文基準と原文基準の単価の換算(英日翻訳の場合)
ある翻訳者の日記に、とある翻訳会社がおこなった新しい翻訳ツールの説明会の話が書かれていました。私には、その単価に関する部分が気になりました(概要は↓)。
従来は訳文基準の単価だったが、ツールを使うときは原文基準の単価にする。換算は、たとえば英和で1000円/400字なら6円/ワード。なお、これはマッチ率ゼロの新規翻訳の単価で、マッチ率が高くなれば単価は下がる。
単価は単なる決めごとなので、訳文基準でも原文基準でも、ある意味、同じことです。
どちらを基準にするかで、翻訳者全体の傾向として仕事に対する姿勢が微妙に異なるおそれがあるとは言われます。訳文基準にすると、文章のキレがよい訳文にすればするほど手取りが減るという、翻訳者にとって釈然としない状況になるからです。キレがいいか冗長であるかも訳文の質をなすものであり、それによって単価が違ってくるわけで、そちらでみているという考え方になるわけですが。
個人的には、「IT系などカタカナが多いもの」と「医薬、論文など漢字が特に多いもの」(後述)では後者のほうが平均してずっと手間暇がかかると感じるため、訳文課金よりも原文課金のほうが妥当な単価設定になると思っています。同一単価で比較したとき、訳文課金だと手間がかかるものほど売上が小さくなりますが、原文課金だと逆になるからです。なお、売上ではなく時間単価で比較すると、この差はもっと大きくなります。
また、マッチ率が高くなれば単価は下がるという点は、ツールを使った翻訳では常識のようなものなので、これはまたこれでどうこう言うような話ではありません。
気になったのは、「英和で1000円/400字なら6円/ワード」という部分です。その換算率はさすがにおかしくないかと。
■英日翻訳における原文:訳文の比率
英日翻訳で原文何ワードが日本語400字になるかは、分野と案件、翻訳者の実力によって大きく異なります。傾向としては、カタカナが多い分野や案件は少なめ、漢字が多い分野や案件は多めとなります。実力については、低いほど少ないワード数が日本語400字になります。
よく言われる数字は以下のようになります。私の実感もこんなところです。
分野・案件 | 中心値 | 範囲 |
---|---|---|
IT系などカタカナが多いもの | 110ワード | 100~120ワード |
一般的なもの | 140ワード | 120~160ワード |
医薬、論文など漢字が特に多いもの | 160ワード | 140~180ワード |
「産業翻訳者の現実的な収入はどの程度か」で、「単価をここで言う相場の下限に近い1600円/400字(原文課金だと分野によりますが11円~15円に相当)」と書きましたが、このときの換算比率は110~145ワードくらいをイメージしています。
原文と訳文の比率については、過去のエントリー、「長い訳文・短い訳文」でも触れています。
余談ながら……私は訳文が次第に短くなっており、最近は、上記「範囲」の上限が下限に近いイメージとなってきているようです。
分野ごと、案件の種類ごとの仕事量がわからないので全体について重み付きの平均をとることはできません。その状況でえいやっと平均を推測するなら、130ワード弱でしょうか。分量はIT系などが多く、一般、特殊と減ってゆくものと思われるので、その分、平均は下気味になるだろうというわけです。
JTF(日本翻訳連盟)の『平成17年度翻訳白書 第2回翻訳業界調査報告書』の10ページには、以下の記述がありました。
(英日翻訳について)訳文基準の日本語400文字2000円は、原文基準では英語1ワード15円と同等とみなしました。(訳文基準単価と原文基準単価の)回答の分布は、この換算率をおおむね裏付けています。
『翻訳白書』の数字は、133ワードが日本語400字に相当するという計算になります。
■日記に書かれていた換算比率の妥当性
さて、上記、「英和で1000円/400字なら6円/ワード」は、167ワードが日本語400字に相当するという計算になります。
医薬、論文など漢字が特に多いもので訳文が特に短くなるケースなら、このくらいになるという数字です。それを全体に適用するのは……さすがにちょっとひどくないかと思います。
上記の表の中心値を使い、分野・案件の種類ごとに英和で1000円/400字が原文課金でいくらになるかを見てみましょう。
分野・案件 | 中心値 | 原文課金の単価 |
---|---|---|
IT系などカタカナが多いもの | 110ワード | 9.1円 |
一般的なもの | 140ワード | 7.1円 |
医薬、論文など漢字が特に多いもの | 160ワード | 6.25円 |
IT系などカタカナが多いものをしていた人にとっては大幅な単価切り下げ(34%切り下げ)に等しいことになります。
■異なる視点の導入
私はバランスが身上なので、この翻訳会社に好意的な見方も考えてみましょう。
分野によって英語:日本語の比率が異なるのに単価を一律で換算することに一理あるという考え方もできます。「今まで、分野や案件による難度(手間のかかり方)を特に考慮せず分野一律の単価体系にしていたのであれば」という条件付きですが。エントリー冒頭に書いたように、この状態では、手間がかかるものほど実質単価が安くなってしまいます。本当は分野による難度などの違いを考慮して単価を変えておくべきだったのにしていなかった→今までがゆがんだ単価体系になっていたと言えるわけです。これを分野・案件ごとの英:日比率を考慮して変換すると、ゆがみがそのまま原文課金体系側に伝わってしまいます。逆に分野・案件ごとの英:日比率を無視して一律に変換すれば、ゆがみの是正が可能です(是正の程度が適切かどうかが別の問題として浮上しますし、換算率が悪くなるほうの人たちが納得するかどうかもまた別の問題として浮上しますが)。
この翻訳会社が今までどういう単価体系にしていたのかわからないのでホントのところどうであるのかはわからないわけですが、ともかく、やり方としては一理ある可能性があります。
ここまでいろいろと考えておらず、「翻訳の単価」をひとまとめに考えているだけという可能性もあります。ひとまとめなのだから、換算も一律でいいと。
ただ、それならそれで、140ワードとか130ワードとか中央付近の数字を採用すべきだったと思います(英和で1000円/400字が6円/ワードではなく7~7.5円/ワードになる)。この翻訳会社の場合、端っこの数字を使った時点で、目的は単価体系の修正ではなく単価切り下げにある……そう思うのが普通でしょう。中央付近の数字を使う場合と比較して平均で15%から20%の切り下げになるわけで、誤差として無視できる差異ではないと思います。
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コメント
原文と訳文の比率について触れた過去のエントリー、「長い訳文・短い訳文」へのリンクを追記しました。
http://buckeye.way-nifty.com/translator/2009/03/post-f53a.html
投稿: Buckeye | 2009年10月22日 (木) 12時52分
このエントリーを書いたあと、同じ翻訳会社の説明会に出たという人たちからいろいろと情報が寄せられました。たしかにここに書いたくらいの話があれば、出た人には「ああ、あの説明会ね」とわかるでしょうね。
■追加情報
●英日について、ごく一部の分野では「英文150ワードが和文400字」という換算率を用いる
●日英では430文字が220ワードという換算率を用いる
日英の換算が一般にどうなるかというのは、あまり情報が出てなくてよくわかりません。翻訳するとどうしても冗長になるので可逆性があるとは思えませんが、分野や案件の違いによる傾向としては、英日の反対になる「はず」でしょう。
日英の「430文字→220ワード」を日本語400字に換算すると「日本語400字→英語205ワード」。上記の英日「英語167ワード→日本語400字」に比較すると英語ワード数が20%あまりも多くなります。日英と方向が逆ですから、相対的に20%、翻訳者に有利な条件ということになります。
ということは、日英の換算率はそれなりの数字になっていそうですね。「翻訳すると冗長になりがち」といっても、往復で20%もずれるとは思えませんから。
投稿: Buckeye | 2009年10月23日 (金) 16時55分