スケジューリング
翻訳というのは受注産業で、フリーランス翻訳者というのはその最下流に位置します。いつ案件が入ってくるかわからないため、スケジュールが空いてしまうことがあるかと思えば、手が空いているからと安い仕事を請けたら直後に高い仕事の打診が入り断らざるをえなくなったりするというのはよく聞く話です。
その中でどうスケジューリングするのか-みんないろいろ工夫しているものと思います。
■私のスケジューリング方法
私の場合、ポイントは(↓)です。
- 自分の処理速度をきちんと把握する
- 限界処理量の6割をめどに埋める
- 納期を長めにしてもらう
- なるべく予告を入れてもらう
- 早め早めに処理してゆく
- 遊び・買い物などのバックログを確保しておく
- 受注を決めるときには優先順位に注意を払う
ちなみに、私の仕事は、短納期から長納期までバラエティに富んでいます。
- 当日・翌日-プレスリリース(500~1500ワード)
- 数日~10日-ホワイトペーパー、マーケティング資料、プレゼンテーションなど(1500~1万ワード)
- 3週間~1カ月-急がない案件(量は5000~1万ワード程度だったりする)
- 3~4カ月-書籍(10万ワード前後。これは訳文を出版社に収めるまで。その後にゲラ読みが入る)
年に1回以上、取引があるところをクライアントとして数えると10社くらいになるでしょうか。頻繁に取引があるところもありますし、逆に年に1回必ず、2~3回必ずというところ、はては結果的に2~3年に一度となっているところもあったりします。
◎自分の処理速度をきちんと把握する
自分の処理速度がわからなければ、スケジュールに余裕があるのかないのかもよくわかりません。なお、処理速度というとき着目するのは平均値や最頻値などではなく最低値です。最低速度でスケジューリングしておけば余裕で処理できますが、平均値や最頻値でスケジューリングしておいたら、けっこうな頻度で仕事が焦げ付きます。また工程としては、とりあえず訳すだけでなく、読み直しや修正に要する時間も含めて速度を考える必要があります。
私は手が速いので、産業系の案件であれば500ワード/時間を目安としています。瞬間風速ではこれを下回ることが珍しくありませんが(1単語を調べるのに1時間なんてこともありますし)、1日の平均ではだいたいこのくらいのスピードが出るようです。
実際に測ったところ、定期的に請けているプレスリリースで、「ここはやりにくくて時間がかかる」と感じているところが600ワード/時間、「相性がよくサクサク進む」と感じているところが900~1000ワード/時間でした。もちろん初めてのクライアントや案件だと周辺知識の吸収など、最初に多くの時間を必要とするのでスピードががっくり落ちます。それも案件のサイズがそこそこあれば後半スピードアップするので、まあまあの数字に落ち着きます。
◎限界処理量の6割をめどに埋める
休憩時間を削って仕事時間を増やし、「翻訳は体力だぁ!」と1週間くらいがんばれる量を自分の限界処理量だと考えています。1日だけならその1.5倍とか案件と気力によっては2倍くらいできたりしますが、翌日は確実に使い物にならなくなりますし、翌々日も調子が出なかったりして総合すると処理量が落ちたりします。
私の場合、5000ワード/日が限界処理量です。つまり、普通に仕事を入れるのは3000ワード/日前後。500ワード/時間で処理すれば6時間。これに休憩だ食事だ事務作業だとはいればけっこう1日がたってしまいます。会社員の定時勤務と同じ感じですね。これに対して平均600ワード/時間で限界処理量の5000ワード/日をやれば実作業時間が8~9時間。会社員なら残業で12時間勤務って感じの働き方になります。
基本を限界処理量の6割に抑えておけば、急ぎの案件が飛び込んでもかなりの確率で対応できます。私は夕方で仕事を終わりにしますが、お昼時点で「1000ワード、今日中」の案件を割り込ませることが可能という計算になりますから。夜になって「1000ワード、明日の朝一」というのも対応可能です。夕方の終わりが早い分、朝は5時くらいに仕事を始めるのが普通ですから。9時までに1000ワードをあげ、夕方までに予定の3000ワードを処理すれば4000ワード/日<限界処理量の5000ワード/日となるわけです。
ちなみにエージェントさんに対しては「1日あたりの標準処理量は3000ワード/日」としています。
◎納期を長めにしてもらう
納期に余裕があれば、途中、小さな案件を追加ではさむことも可能です。逆にギリギリで回っていたのではやりくりのしようがありません。自分のノーマル処理量で必要な期間の2倍とか3倍もらっておけば、かなりやりくりがききます。
◎なるべく予告を入れてもらう
誰でもいい案件でないのならなるべく予告を入れてくれと頼んであります。「いつごろ、どういう量のどういう案件が出そう」という一報を入れてもらうのです。予告があれば、バックログを前倒しで処理してやりくりの余裕を作っておくなど、できることがありますから。予告は予告であって時期がずれたり案件がなくなったり、量が増えたり減ったり、いろいろありますが、それはそれ。ここで文句を言って予告してもらえなくなるより、「そういうこともありますよね(^^)」と流してしまうのが得策だと私は思います。
◎早め早めに処理してゆく
納期を長めにもらっても、納期ギリギリに処理していたのでは余裕がありません。3日かかる作業に9日もらっても、残り3日となった時点で手を付けたのでは、その後3日間、追加の話は断らなければならなくなるわけです。だから、納期に余裕のある案件も早め早めに処理し、常にやりくりの余裕を確保しておきます。
◎遊び・買い物などのバックログを確保しておく
予告された案件が流れたなど、突発的にスケジュールがあいたときにすることのバックログを確保しておくのも大きなポイントです。仕事がなくなったとき、「手が空いた。どうしよう」ではなく、「手が空いた。ラッキー!」になりますから。1日、2日、あるいは3日と仕事以外のバックログを処理していれば、その間に次の仕事が飛び込んでくるものです。
◎受注を決めるときには優先順位に注意を払う
私はソースクライアントとの直接取引が多く、「断らない」が基本となります。そのため、常にある程度の余裕を用意するようにしています。バッファになるのはエージェントさんです。最後の最後はエージェントさんの仕事を断らせてもらうわけです。もちろん受注後に断るわけではなく、打診があった時点で断るわけです。二足のわらじ講座(これを書籍化したのが『実務翻訳を仕事にする』)を書いたころからずっと言い続けていることですが……「やると約束したことやらなければならない。やれないものはやると約束してはならない」、「そのためには断る勇気を持ちましょう」ですから。
エージェントさんから案件の打診があったとき、ノーマルキャパシティ(限界処理量の6割)を超えるようなら納期をのばしてもらうか断るかになります。余裕分はソースクライアントさんから飛び込む案件に残しておかなければならないからです。ただしエージェントさんからでも、今日・明日といった極短納期ならノーマルキャパシティを超えても請けたりします。ソースクライアントから予告なしでそこまで短納期のものが飛び込むことはまずないので。エージェントさん経由でも、そのエージェントさんで自分しか担当する翻訳者がいないような分野とか指名で入ってくる案件とかは一段ランクアップしてなるべく断らないようにします。
■言うは易く行うは難し
えらそうに書いてきましたが、「言うは易く行うは難し」です(^^;)
私の場合、スケジューリングが破たんするのは、だいたい、書籍をやっているとき。
書籍はふだんの産業系の仕事に上乗せとなるため、書籍の翻訳が入ると3カ月前後も綱渡り状態になったりします(年間2冊もやると年の半分は綱渡りになるわけですね^^;)。それでも、前半はやりくりでなんとかなるのですが、次々飛び込む短納期の産業系をしているうちに、ふと気づくと書籍の仕事が煮詰まって焦げかけていたり(要するに、前半、なんとかなってなかったってことです^^;)。
書籍は最低処理速度が500ワード/時間に達しないのが普通なので、遅れ始めるときついですね。遅れを取り戻そうと仕事時間をのばすと疲れて睡眠時間が長くなりますし。
処理速度が読めないのも問題です。最初にざっと読んだ感じでスピードを見積もって計画をたてるのですが、その半分しかスピードが出なくて泣いたこともあります。スピードというのはあくまで結果なので、無理にスピードを上げるわけにいきませんから(そんなことをしたらボロボロになります。「読むスピードで翻訳できれば最高の品質が得られる」)。
朝は書籍からはじめて産業系を午後に回すとか、書籍をできるだけ進める努力はするんですけどね。そこそこの量の産業系が急ぎで入ったりすると全日、産業系ばかりやる日が出たりするのがよくないのか。もちろん、産業系の手が空けば、全日、書籍をするわけですが……
そうなると生活パターンを乱さず早めに起きて仕事時間を長めに確保する、いつもしていることをあきらめるなんてことが出てきたりします。家庭内で非常事態宣言を出すことも……(^^;)。週末も半日ずつくらいは仕事に使ったりとか、最悪は全日使ったりとか。
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コメント
そうだ。よく使う手がありました。
「お約束できる納期は○○。××は努力目標ということにさせてください。スムーズに進んだら努力目標でお送りします」というヤツです。
翻訳というのはどのくらいの時間がかかるのか、最後はやってみないと分からないところがあります。約束してしまうと意外に時間がかかったとき無理せざるを得なくなり、下手すれば手抜きになって品質ががっくり落ちることも考えられます。だから、展開が最悪となっても守れる期日を約束し、「できればいつまでに欲しい」は努力目標とさせてもらうわけです。
最悪ケースというのはそうそう多くないので、努力目標で納品できることがけっこう多いのですが、ときどき、こういう約束にしておいてよかったとホッとすることがあります。
投稿: Buckeye | 2009年10月16日 (金) 17時23分