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2009年10月15日 (木)

計画とのギャップが生じるのは実行か実績か

1カ月ほど前に納品した案件について大元の発注者からフィードバックがあったので、そのコメントを参考に全体を見直し、修正して納品しなおしてもらえるかとの連絡がありました。

直しを見ると、誤変換1個所(「他品種」→「多品種」。お恥ずかしいことに見逃しがありました)と今見直すと直された形のほうがいいなと思う点が一つあり、そこはもちろん直さなければならないわけですが、あとは、好みの問題でどちらでもいいものが2割(固有名詞を当該クライアント内でどう表記するかを含む)、残りが改悪という感じでした。改悪であっても、産業翻訳の場合、どうしようが最終的に使う人の自由なので、直すことは別にかまわないと言えます。産業翻訳において我々は材料の下ごしらえをすることが仕事であり、いかに後工程で使いやすいものを出すかが勝負だと言ってもいいでしょう。

ただ、それ以外の部分でかなり字面訳寄りへと直されているところが何カ所もありました。当然、文脈も無視して一文単位で英語の形式を踏襲した訳になっています。「コメントを参考に全体を見直して修正」ということは、つまり、字面訳寄りにしろということなのでしょう。それはさすがにちょっと……。これまた発注元の好みの問題なので字面訳がいいならそれで私はかまわないのですが、そういう案件なら私が訳すことはないし、私よりもずっと発注元の好みに合った訳文をあげられる人がほかにたくさんいるはずです。

というわけで、おかしな直しが多いが直せということなら単語レベルは直す、訳文の直しは対応できないので、私への支払いをあててくれていいから別の人に訳し直してもらってくれという返事を出しました。

下手な相手に出したらけんかになるのでよい子はマネしないように。このくらい言ってしまっても大丈夫なくらい窓口の人には信頼されていると思うから今回は書いてしまいましたが、私も普通はこんなこと書きません。

厳しいことを書いたメールにはこちらが恐縮するくらい丁寧な返事をもらい、結局、窓口部署のほうで直すことになりました。

それはともかく。

いい機会なので、守秘義務に触れない部分の例を何点か紹介したいと思います。

モノは生産計画を支援するソフトウェア製品のブロシュア。

生産計画というのは複雑なので、一応は計画をたてても実際にそのとおりにはならず、どうしても狂いが生じます。そのあたり、従来よりもうまくできますよっていうのが、こういう製品の売りです。

■計画とのギャップが生じるのは実行か実績か

計画とのギャップが生じるのは実行でしょうか、実績でしょうか。私は実績だと思うのですが、これが実行に直されていました。「計画と実行」というセットで使う例をざざっと見ると、「計画して実行する」あるいは「計画とその実行」という使い方が多いことが分かります。これに対し「計画と実績」の使用例をざざっと見ると、「計画値とその計画を実行しようとして実際に得られた実績値」というような使い方が大半です。「計画とギャップが生じる」という使い方に適合するのは、「計画値と実績値」という意味合いでしょう。計画どおりに実行しようとしたけれど計画と異なる実績にしかならなかった→ギャップが生じた、となるわけです。

実はこのクライアントのウェブでも、こういう意味合いで使われているセットは「計画と実績」だったりします。もっとも、ウェブ側が社内的に間違いということもあるので(大企業なので部署によってはいろいろとあるでしょうし)、だからどうとは言い切れません。最後の最後は、前述のように「最終的に使う人の自由」ですし。

(10/16追記)ちなみに原文は"the gap between planning and execution"です。"execution"の訳語として「実績」が載っている英和辞典はないでしょう(少なくとも私の手元では見あたらない)。そして、トップに来るのは「計画して実行する」あるいは「計画とその実行」という意味合いです。なおこれは英英辞典も同じで、Websterの語義トップには"the act or process of executing"とありました。でも複数の英和辞典で語義の後ろのほうには「演奏ぶり、演技ぶり、できばえ」というような訳語があります。英英辞典にも、"the act or mode or results of performance in any of the arts or in anything that requires a special skill or technique"(Webster)とあります。今回の意味は、語義トップよりもこっち("results of performance in anything that requires a special skill or technique")だと思うんですよね。

■"Integrated planning and scheduling"

"Integrated planning and scheduling"という表題は「計画とスケジューリングの統合」としておいたのですが、「統合された計画とスケジューリング」と直されていました。英語の語順はそのとおりだし、単語単位ですなおに(--;)訳せば「統合された計画とスケジューリング」となります。でも、「統合された計画とスケジューリング」とすると、「(統合された計画)とスケジューリング」という解釈と「統合された(計画とスケジューリング)」という解釈が成り立ちます。

「~された」による親和性と「と」による親和性がわりと拮抗するのでどちらとも言いがたいでしょう。言葉をすなおに読めば「(統合された計画)とスケジューリング」だろうと私は思いますけど、このあたりは人によって異なる可能性がありそうです。少なくとも書き手としては、内容の問題から、とうぜん、「統合された(計画とスケジューリング)」しかないと思うでしょう。ちなみに「統合計画とスケジューリング」なら、漢字連続による親和性のほうが強いので「(統合計画)とスケジューリング」しかありません。

私が「計画とスケジューリングの統合」とした理由は、まず、読者を迷わせないためにはそのほうがベターという判断があります。もう一つは、このブロシュアの主役がアプリケーションであり、そのアプリケーションが何をするのかといえば「計画とスケジューリングの統合」だからです。日本語の場合、どうしても言外に動作主が見え隠れするし、適切な動作主が言外に出ているほうが自然に感じられたりするものです。もちろん、言外に動作主が表れるかどうかはどちらでもいいっちゃいいわけですが、それならそれで、複数の解釈が可能な形を避けるという判断を優先すればいいと私は思います。

なんか、ごちゃごちゃと書いてきましたが、このあたりは誤解にまで発展するおそれは少なく、百歩譲れば好みの問題と言える範囲でしょう。ですから、「おかしな直しが多いが直せということなら単語レベルは直す」と回答したわけです。

■"solution"

一つだけけっこう大きな問題だと思ったのは、「最適解が得られる」としておいた"AAA generates optimized solutions"が「最適化されたソリューションが得られる」となっていた点。ソフトウェア関係でソリューションと言えばソリューションであり、方程式の解のような意味の「解」になることはほとんどありません(特殊な領域では、ソルバーとかソルーションという言い方で解的な意味合いに使うことがある)。ここでは、複雑な問題の解という意味合いで使われているわけで、ソリューションとするのはまずいでしょうね。クライアントはさまざまなソフトウェアを販売している会社であり、ソリューションを上記リンクのようなソリューションとして使っている例が掃いて捨てるほどありますし。もちろん分かっている人は分かっているわけで、クライアントのウェブサイトで「解」を検索すると、「問題の解」という意味合いで使われているページがヒットします。問題の解という意味合いでソリューションが使われている例は……ソリューションのヒットが多すぎてとても確認する気になれませんでした(^^;)

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コメント

ご説明の状況、非常によくわかります。

最終クライアントが大企業であっても(大企業であればあるほどというべきかもしれません)、実際に手直しは若い人の仕事になり勝ちです。本来は、完成度の低い訳文を経験豊かな人が手直しするのがの形ですが、今回は逆になったようですね。人間は自分の実力以上の人を評価することはなかなかできないのです。特に言葉の場合には豊かな経験がいります。

このような場合は、間に立つエージェントがクライアントに、下手な手直しをするなと予め注意するべきなのでしょうが、それもなかなかできません。ま、運が悪かったのですね。ご苦労様でした。

柳絮

投稿: 柳絮 | 2009年10月15日 (木) 20時51分

仕事というのはいろいろな意味でいいものとそうでもないものがあるのが当たり前です。ですから、今回の件について特に運が悪かったとも思っていません。運と言えば、むしろいいほうでしょう。途中に入っているところのおかげで私は気持ちよく仕事をさせてもらってますから。

今回はクライアントが大企業で社内にあるドキュメント部門が窓口になっています。ドキュメント部門にとっても自社製品のブロシュアなわけですし、彼らの仕事は「いいドキュメントを作ること」なわけです。でも同時に、発注部署の意向(好みを含む)も無視はできない……というか、「いいドキュメント」とはそれも含むものなので、いろいろとつらいところだろうなと思います。

評価については、どんな分野でも、自分の力+αまでしかわかりませんね(評価のトレーニングを積んだ人間は例外)。でも、そのことに気づいている人は多くありません。「自分はこう思う」という評価なら誰でもできてしまうから、当然ではありますが。

投稿: Buckeye | 2009年10月16日 (金) 06時13分

「計画と実行」か「計画と実績」の話、原文を出すのを忘れていたので、一段落、追記しました。冒頭に(10/16追記)とある段落です。

投稿: Buckeye | 2009年10月16日 (金) 08時42分

ドキュメンテーション担当者の頭の固さの見本市のようでした。

> 統合された

私の経験でも integrated XXX というフレーズのほとんどは行為としての integration がフォーカスなんですが、過去分詞は「~された」にしておきたいという人が未だに少なくないみたいです。

> optimized solutions
> 最適化されたソリューション

すでに定訳がある場合はとにかくその定訳に収めねばならないという固定観念。残念なことですが、「最適化されたソリューション」のパターンは、読み物系に不慣れな IT 翻訳者の翻訳の典型でもあります(発注側にこういうニーズがあったからこんな訳し方が定着しちゃったとも考えられます)。

投稿: baldhatter | 2009年10月16日 (金) 09時06分

>> 発注側にこういうニーズがあったから
>> こんな訳し方が定着しちゃったとも考えられます

そういう側面、あっただろうと思います。今はもう「定着しちゃった」という部分も同感です。今回のインフルエンザ騒動と同じように初動が大事で最初のころなら押さえこめた可能性があると思いますが、今はもう手遅れというくらいに定着しちゃいましたよね。今後はもう、「定着しているから使う」→「さらに定着・普及する」となるでしょう。固定観念を打破して流れを逆転させるのは至難の業。現実には不可能というレベルだろうと思います。

責任は、IT翻訳とかローカライズとかの言葉が登場したころ、現場にいた翻訳者と発注側、半々というところでしょうか。

>私の経験でも integrated XXX というフレーズのほとんどは
>行為としての integration がフォーカスなんですが

英語は名詞中心に文が展開されるので、"integrated XXX"でしっくりくるんですけど、その形式をそのまま日本語に持ってきたらホントはいけないんですよねぇ。そういう言語特性の違いを吸収するのが「翻訳」という段階の大事な役割だと思います。

投稿: Buckeye | 2009年10月16日 (金) 09時33分

>好みの問題でどちらでもいいものが2割
>(固有名詞を当該クライアント内でどう表記するかを含む)

誤解を招くかもしれないので、ここについて補足。

「固有名詞を当該クライアント内でどう表記するか」がどうでもいいわけではなく、それはそれで大事なわけです。

ただ、ウェブなどで確認できないものは適当に訳してあったりとかするので、そこをクライアントとしてはこう表記するということなら、翻訳者の立場としては、「お好きにどうぞ。次回はそちらに合わせましょう」という話にしかなりようがないわけです。ここの決定権は完全にクライアントにありますし、もともとが決まっていればそちらに合わせただけのモノですから。

投稿: Buckeye | 2009年10月16日 (金) 19時12分

とある中華屋さんのメニュー兼パンフレットのお話です。
そこのお店ができたての頃、友達と一緒に食べに行きました。
料理も美味しかったんですが、何が一番オイシかったって、そこのメニューがツッコミどころ満載やったこと。
「こんなおもろいもんは皆で共有せなアカン」と思った私は、「お友達に配るから」と大ウソをついてメニュー兼パンフレット
をごっそりといただいて帰りました。
遠方に住んでる友達にはスキャンした画像を送り、当時派遣で働いていたので会社にも持って行って社内で回すは配るは、
みんなで大笑いしてひとしきり楽しみました。

世の中には私のように鬼のようなヤツもいるので、製品のパンフレットとか、UIとか、ウェブサイトとかを作る人は、自分が書いた文章が
どっかで「ネタ」にされることを覚悟しておかなアカンのかなぁ、と思います(って私もきっと笑われてる・・・)。
「よそさんが見たはるえ」「よそさんが笑ろたはるえ」という気持ちをどこかに持って
(強迫観念を持って?)訳すように心がけていますが、やっぱり難しいです。

ちなみに、件の中華屋さん、まともなメニュー兼パンフに作り直してしまわはったので、それからは行っていません。

投稿: Droz | 2009年10月17日 (土) 10時08分

似たような話、少なくないですよ。ネット上でけっこうな期間有名だった例で、ヨーロッパにあるホテルのウェブサイトがありました……「当ホテルは三流です」「余分なサービスを提供します」……誰かが指摘したのかなんなのか、最近、日本語ページはなくなったようです。

街の中華屋さんだとお金もかけられず自分たちで作ったりして突っ込みどころ満載になってもしかたないと思いますけど、サービス満点の三つ星ホテルが同じことをやっちゃいけませんよねぇ。

>世の中には私のように鬼のようなヤツもいるので

ソレ、鬼ぢゃなくて普通です。ネット上にはそういうのを集めてみんなで共有しようってサイトがあったりします。そんな一つで紹介されてたすさまじい例をおひとつどうぞ。
http://www9.plala.or.jp/pandanotasogare/dvd.html

翻訳じゃなくて母語でもすさまじくおかしいケース、ありますしね。(↓)とか。
「言語の運用能力???」
http://buckeye.way-nifty.com/translator/2009/02/post-8f04.html

先日、上記エントリーとは別の会社(基本的にPCハード系の会社。そっち系では有名な企業。アメリカ本社で日本支社もあります)の技術資料を訳したんです。古い(ったって去年くらいのもの)開発者向け資料の日本語版があったので参考にと見てみたところ、これの破壊力もそうとうなものでした。どこをどう読んでも理解できません。分からないという意味では、上のDVDとか自転車の話が笑えないくらい分かりませんでした。サイト内検索で見つけたのに開発者向けページからリンクされていなくて変だなとは思ったんですが……さすがにリンク、外したのかもしれません。

投稿: Buckeye | 2009年10月18日 (日) 05時28分

連続投稿すみません。
あまりにも素晴らしいサイトを教えてもらったんで、一言お礼が言いたくてやって来ました。
周りの人にも教えたら、前から知ってた人からも知らんかった人からもスゴイ反響がありました(笑)
三流ホテルのサイトも見つけ出してしまいまして、嬉しさで一杯です。

最近ね、音声認識ソフトを使うことができたならケッタイな文章って激減するんとちゃうかなぁ、って思ったんです。
さすがに「聞く」とケッタイさが増すっていうか、顔から火が出るくらい恥ずかしさが増すでしょ?!
音読っていうんかなぁ、けっこう効果があると思うんですけど、問題は音声認識ソフトがあかんたれなところですよね。

投稿: Droz | 2009年10月19日 (月) 18時05分

楽しんでいただけたようでなによりです(^^)

>さすがに「聞く」とケッタイさが増すっていうか、
>顔から火が出るくらい恥ずかしさが増すでしょ?!

チェックに読み上げソフトを使うっていう人はいますよ。これもちょっとタコだったりするようですが、自動処理部分で間違ってもそれが成果物に混入しないから問題のないパターンだったりします。

そういうものでも、今回の私の「他品種」と「多品種」みたいに読み方が一緒だとどうにもなりませんけどね。

投稿: Buckeye | 2009年10月19日 (月) 18時24分

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