『インターネットが死ぬ日』
最近は私を含め、インターネットなしの生活など考えられない人が多いと思いますが、そのインターネットが、このまま放っておくと遠くない将来に死んでしまうと警鐘を鳴らす本です。
翻訳としては、長い文が多くて苦労しました。原著で2~3行を超える文というのはそれほど多くないのが普通なのですが、4~5行は当たり前、中には10行超の段落ひとつが1文でできていたなんてところもありました。長いといっても英語の論理ではつながる形なので、英語で読んでいる分にはわからないことはないのですが、これを流れる日本語にするのは厳しくて。今の私にできる限りのことはしたつもりですが、イマイチ、うまく流せなかったところもあります。まだまだですね……。
----訳者あとがき
ほんの一〇年、一五年前、インターネットはまだほとんど使われておらず、一部の人がパソコン通信を使っている時代だった。日本の最大手はニフティサーブ(現在の@nifty)。そこで私は翻訳フォーラムを預かるシスオペとして活動していた。
その後の変化は驚くばかりだ。便利になった。インターネットのない世界など考えられない。その前の時代を知る人に共通する感覚だと思う。一方、若い人は、インターネットがなかった時代があるなど信じられないだろう。
そのインターネットが死ぬかもしれない。いや、放っておけば、おそらく死んでしまう。そうジョナサン・ジットレインは予測する。
本書では、まず、インターネットがなぜこれほど発展できたのかを検証する。
インターネットが短期間にここまでの成長を遂げたのは、誰が考えてもうまくいくはずがないと思うことを原則としたからだと著者は論証する。まず「問題先送りの原則」。将来的な問題は考えずにとりあえず動くようにする、問題が起きたら誰かが対処してくれるはずだというあまりにナイーブな考え方だ。もう一つが「隣人を信ぜよ型アプローチ」や「信頼の原則」と著者が呼ぶものだ。ユーザーは基本的に有能であり、かつ、意図的にネットワークを混乱させようとしないというもので、こちらもナイーブとしか言いようがないだろう。
技術的な側面にも分析が加えられている。こちらは、生みだす力を持つ肥よくな技術と生みだす力を持たない不毛な技術という対比である。インターネットはネットワークにもエンドポイントのパソコンにも生みだす力があったから発展した。これに対してパソコン通信は中央のサーバーにもネットワークにも、そして、そこにつなぐパソコンもダム端末として取り扱われていたから生みだす力がなく、ごくゆっくりとしか発展できず、後発のインターネットに飲み込まれてしまった。そう、草創期のインターネットが比較されているのはパソコン通信である。こちらは私がユーザーとプロバイダーの接点にいた世界、かなり深く、直接に体験した世界なのだが、本書の分析はいちいちうなづくことばかりだ。
規制との関連では、誰の目にもとまらず、片隅でひっそりとスタートしたこともよかったと著者は言う。ここまでの力を持つと思われれば早期に規制などさまざまな制約が課せられたはずだが、これほど発展するとは誰も思わなかったがゆえに制約が課せられず、発展できたというのだ。
ごくごく乱暴にまとめてしまうと、発展するはずがないようなやり方だったから発展したというなんとも不思議な話である。
そのインターネットが死んでしまうのはなぜだろうか。理由は、問題先送りの原則と信頼の原則がベースとなった、生みだす力を持つ肥よくな技術だから。そう、インターネットを発展・成功に導いた力が今度は死に向かわせる力になろうとしているのだ。
信頼の原則は揺らいでいる。技術力のないユーザーが増えた。また、インターネットが普及した結果、他人のパソコンを乗っ取る、スパムでフィッシングサイトに誘導するといったことが利益を生むようになった。そのため、意図的にネットワークを混乱させようという一派が登場した。数多くのユーザーが写真や動画、文章を提供するようになった結果、プライバシーの侵害がかつてないほど進むおそれもある。
技術の生みだす力も弱くなりつつある。安全を求めるユーザーの声に応えて機器のアプライアンス化が進んでいる。ウェブ2・0の進行もある。いずれもネットワークのエンドポイントが持つ生みだす力を落とす方向に作用する。なお、機器のアプライアンス化は、国家権力と国民の力関係という大きな社会的問題も絡む重要な問題でもあると著者は警鐘を鳴らす。
問題先送りの原則も、それがあったから問題に対する備えが用意されていないという意味で、今の問題を生んだ原因の一つだと言える。ただ、ここは問題解決の可能性も秘めている。今までは問題を解決してきたのだ。今後はできないと考えなければならない理由は何もない。
インターネットの死はどうしたら避けられるのか。簡単な解決策はない。安直な対策はかえって死を早めることになる。国家権力が国民生活に過剰な介入ができるようにしてしまうおそれもある。ネットの活力を落とさずに安全性を高めるためには、ウィキペディアなどに見られるようにコミュニティの力を上手に活用することが肝要だと著者は言う。ナイーブだ。あまりナイーブだ。しかしナイーブだから発展してきたというネットの歴史を見ればそれがうまく行く、いや、それしかうまく行く道はないのかもしれないとも思う。
自分のこととしてインターネットの未来を考えて欲しい―それが著者、ジョナサン・ジットレインの願いである。
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コメント
ご無沙汰しております。「モノが好き」2管理人です。
「インターネットが死ぬ日」の翻訳をされていたんですね。
私はハヤカワ新書Juice発刊のニュースの中に「今後発売予定」の中にこの本を見つけ買うつもりでおりました。(クラウド・ソーシングを読んでいますがちょっと読みにくい本ですね、、、あれ)
こちらは翻訳が井口さんと知って今まで以上に購読欲が増しました。
内容はなかなか予断を許さない厳しいものでしょうが、しっかりと読み込みたいと思います。
投稿: dbacks51 | 2009年6月23日 (火) 22時31分
これはどうもm(_ _)m
これ、いい本だと思います。興味深いという意味でおもしろい本でもあります。いろいろと考えてしまう本でもあります。楽しく読める本ではありませんけど。でも、ネットを使う人、みんなに読んで欲しいなぁと、訳していて思ってしまいました。
このエントリーの最初にも書きましたけど、コレ、訳すのにけっこう苦労しました。中身が難しいのと、著者がけっこう微妙な部分を言おうとすることが多いのと、そのせいか、長い文章が多いのとで。結局、1日あたりこのくらいは進むだろうと予想した量の半分しか進みませんでした(難しい分、少なめに予想しておいたつもりだったんですが……)。前に訳した『ウィキノミクス』は最初の2~3章がそんな感じでどうなることかと思っていたら後半は実例が増えてそこそこのペースで進むようになったんですが、こちらは最後まで変わらず……っていうより、むしろ将来予想の話が増えてかえってペースダウンしてしまいました。
このブログの更新がしばらく止まった理由の一つがこの本です(^^;)
投稿: Buckeye | 2009年6月24日 (水) 05時55分
アマゾンさんに書評というかなんというかの一つ目があがりましたが……なんともはやです。
前書き(イントロダクションのことでしょう)で著者の姿勢が悪いと判断したとのことですが……イントロに書かれていることに対し、改訂してでも書く必要があると言われたのでは、著者も困りますよね。すでに書いてあることを書けと言われたのでは。著者がきちんと書いたことが読者に伝わらなかったということは、「読者が誤読したら誤訳である」という私の姿勢からすれば誤訳ということであり、私の力不足だということなのかもしれません。正直、こういう読みをする人がいるというところまでは想定できていませんでしたし。
たぶん、この方、iPhoneの熱烈なファンで、iPhoneがけなされているように感じてしまい、いろいろ、見えなくなってしまったんじゃないでしょうか。著者も、iPhoneはすばらしいと絶賛しているんですけどね。
この本を読まれた方がおられましたら、ぜひ、読んで思ったことをアマゾンの書評に書いていただければと思います。いいことを書いてくれなんて言いません。全体を読んで思われたことであれば、よくも悪くも、それをそのまま書いていただくのが一番だと思います。著者も、本書のここは正しい、ここは違うと思う、こうすべきと書いてあるけどもっと別のこういう方法でやるべきだなど、インターネットの将来に関する議論が巻きおこることを願って本書を書かれたはずだと思いますし。
投稿: Buckeye | 2009年6月29日 (月) 18時35分
はじめまして。
『インターネットが死ぬ日』を読みました。
技術と文化の創造性の関連が、たくみな言葉で表現されている刺激的で興味深い本でした。
流行に流されるのではなく、冷静に技術を批評する視点の大切さを痛感しました。
翻訳ありがとうございました。
投稿: sugi2000 | 2009年8月16日 (日) 17時12分
お役にたててなによりです。
楽しく読める本ではありませんけど、なんというか、いろいろと考えるきっかけになるいい本だと思います。
私はネット上でコミュニティを運営するというのをもう10年以上、続けていますが、その運営スタッフ仲間と過去に何度か、「コミュニティが変質してきた」という議論をしてきました。そのとき断片的に出てきた変質の理由と将来予測、対応方法なども、本書ではきちんとカバーされています。頭でっかちではなく、現場の実感に合う本だと思います。
投稿: Buckeye | 2009年8月17日 (月) 07時12分