« 10年前の翻訳ソフト評価-絶対評価 | トップページ | 市場価格・適正価格 »

2009年6月13日 (土)

産業翻訳者の現実的な収入はどの程度か

プロ翻訳者の収入というのは、どのくらいが見込めるのでしょうか。誰しも興味があることながら、なかなか聞けないし聞かれてもそうそう答えられるものではありません。一方、一人ひとりが大きく異なるため、自分の例から全体の様子を外挿するのは無理です。インターネット上の匿名でやりとりされているところではときどき数字があがりますが、それに対し「どうせウソだろう」というコメントが付くことも多いですし、実際、言うだけならどんな数字でも挙げられます。

こういうときに出てくる数字でポイントとなるのは、まず、年間の売上で1000万。1000万を非現実的と思う人が出してくるのが700万とか800万とかでしょうか。このあたりの数字が業界的に可能なものなのかどうかを検証してみましょう。

翻訳は、学歴、経歴、年齢、経験など一切、関係なし、仕上げた成果物だけが勝負の世界です。そういう意味で厳しい世界でもありますし、特にもうかる仕事だとも(楽な仕事だとも)思いませんが、年収(年商)700万といった数字であればそれほどレアなケースだとも思わなかったりします。

わかっている数字を少し上げてみます。

■アルクの翻訳者アンケート

2001年夏に出た「稼げる実務翻訳ガイド2002」(アルク)に翻訳者アンケートの集計があります(ネット上に公開されています)。アンケートの母数が約200人とそれほど多くないこと、無作為抽出でないので代表性に疑問があること、さらにかなり古いことと問題がかなりありますが、ある程度の目安にはなります。

実務翻訳者200人に聞いた《 実態調査アンケート 》結果発表!

ここでは翻訳年収で700万以上の人が28人(16%)、600万以上が43人(24%)となっています。1000万超も10人(5%)、います。

昔は、アルクさん、毎年、稼げる実務翻訳ガイドで翻訳者アンケートをしてくれており、トレンドなんかもそれなりにわかったんですが……2001年を最後にアンケートがなくなってしまいました。残念です。

翻訳者の場合、単価×処理スピードが年収を大きく左右します。2001年当時と今では単価がかなり下がったはずだと思う人も多いでしょう。この点について、単価相場に新しいデータを用いることで回避を試みます。

■アルクの翻訳者アンケートとイカロス出版のデータの掛け合わせ

『産業翻訳の仕事を獲得する本2008-2009』(イカロス出版)の「産業翻訳者の料金相場」という記事では、翻訳会社から翻訳者に発注される英日翻訳の料金の相場を1550円(下限の平均値)~2306円(上限の平均値)としています。

このような場合、下限近くの仕事が多く、上限のほうはごくごく少ないと考えるのが妥当でしょう。つまり、ここでいう相場の下限よりも安い仕事がかなり多いわけですが、それなりの力をつければ「相場の下限」くらいは取れるでしょう。よって、単価をここで言う相場の下限に近い1600円/400字(原文課金だと分野によりますが11円~15円に相当)で1日、15枚(1日処理量はアルクのアンケートで15~20枚がもっとも多かったので、その最低ラインを使用)、月間20日稼働(週休2日+α)として年収を計算すると、(↓)のようになります。

1600円×15枚×20日×12カ月=576万円/年

仕事は実力のある人のところに集まりますから、実力さえあればこのくらいの仕事は来るはずです。

週休1日ペースと詰めて仕事をすれば(月間25日稼働)この25%増しで720万。1日あたりの処理量が20枚となっても768万(アルクのアンケートによると、1日20枚、2200~2800ワードを処理する翻訳者は珍しくない)。平均単価が1800円になれば648万。どれか一要因が改善されるだけで年収700万が見えてきます。全部が少しずつ改善し、平均単価が1800円で1日20枚、週休1日ペースで仕事をすれば1080万。1000万が見えてきます。

逆に、業界的に料金の下限近いワード8円、仕上がりで1100円/400字程度で1日10枚(1400ワード程度?)しか翻訳ができないと……

1100円×10枚×30日×12カ月=396万円/年

休みなく働いても400万程度がやっとです。週に1日の休みをとり、たまたま仕事が切れたときが年間、何回かあったりしたら、年間の売上は300万くらいになってしまいます。このくらいの人からすれば、700万だ1000万だというのは現実の話に思えないことになるでしょう。

■検証結果

このような数字から言えることは、実力不足では食うのもかつかつにしかならないけど、逆に実力さえあれば、特に運がよくなくとも、700万前後の年間売上を達成することは十分に可能ということでしょう。もちろん、「実力さえあれば」の前提を実現するのが難しいわけで、簡単でもなければ、誰でも実現できるわけでもありません。でも逆に、翻訳業界へ参入して1~2年でそのくらいまで行ってしまう人もいますし、それができる世界でもあります。良くも悪くも実力の世界ですから。

実際のところ、アンケートに現れる以上に年収が多い(あるいは稼ぐ力を持っている)翻訳者は存在すると思います。年収がある程度以上になると、表に出たがらなくなる人が多いというのがまず一つ(ねたまれることもありますからね)。また、実力を持つ人の中には、稼ごうと思えば稼げるが子育てなどほかのことに時間とエネルギーを使うことを選択し、ポテンシャルの半分しか稼いでいない人がけっこういたりすることが一つ(ポテンシャルの半分でそこそこの収入になるからできるわけです)。またアンケートでは「翻訳による収入」しか聞いておらず、年収が多い人ほど増える副業(翻訳から派生したものが多いと思われる)の収入が除外されているということもあります。

兼業率については……アルクアンケートでは、500万以上では年収が高いほど兼業率が高くなります。300万以下も1000万以上と同じくらい兼業率が高いのですが、こちらの理由は収入の補填でしょうか。100万以下の兼業率が100~300万よりも低いのは、専業主婦で扶養からはずれないように翻訳をしているって人が多いことを示しているのだろうと思います。

|

« 10年前の翻訳ソフト評価-絶対評価 | トップページ | 市場価格・適正価格 »

翻訳-業界」カテゴリの記事

コメント

(退院記念コメント^^)

> 実力不足では食うのもかつかつにしかならないけど、逆に実力さえあれば、特に運がよくなくとも、700万前後の年間売上を達成することは十分に可能

改めてこうやって要約してみると、翻訳業界ってかなりフェアな世界だということですよね。なんらかの徒弟制に縛られているとか、門戸がかなり狭いとか、ギルド的だとか、そんな業界がまだまだいくつも存在することを考えれば(そういう業界の実情を私が知らないだけかもしれないけど)。

投稿: baldhatter | 2009年6月16日 (火) 10時31分

退院、おめでとうございます。あっちでも話が出ていますが、時期がきたら、快気祝い、やりましょう。

そうなんです。私はかなりフェアというか、いい世界だと思ってます。もちろん運の影響がないとは言わないし、私なんかかなり運がよかったほうだという自覚もありますけど。でも、それなりの実力さえあれば、ほぼ必ずに近く、それなりの結果が出せるっていうのはいい世界ですよ。

翻訳会社は搾取だとか言う翻訳者もいますけど、こういう世界が実現されているけっこうな部分は翻訳会社のおかげだったりするとも思います。仕事を出すのが仕事っていう翻訳会社があるから、それなりの実力さえあれば、ほぼ必ずに近く、それなりの結果が出せるわけで。

ここれがソースクライアントへの営業しか仕事をとる方法がなかったりしたら大変です。どこに行ったらいいのかわからないとか、会ってももらえないとか、じゃけんにされるとか、目の前で名刺をゴミ箱に投げ込まれるとか……翻訳の実力があっても最初の仕事がとれずにめげてやめてく人がたくさん出そうです(私も耐えられない気がする)。

投稿: Buckeye | 2009年6月16日 (火) 10時59分

はじめましてブログを拝見させていただきました。
私もプロの翻訳家として30年愚直といって良いほどまじめに
翻訳をがんばってまいりました。

よろしければ私のブログものぞいてください。

投稿: shincha | 2009年10月 9日 (金) 17時56分

英日特許翻訳を専業とし事務所と直接取引しています。リーマンショックの影響を受け、今年はかなり受注案件が減っています。
特に、今年の4月位から影響が現れ始め、8月~特に顕著になっています。大手の事務所でも翻訳を内部で処理するようになっているためフリーの翻訳者には新規案件が回ってきません。この半年間で取引先を随分増やしましたが、それでも昨年の7割強に落ち込んでいます。どのくらいこの状況が続くのかが心配です。

投稿: K. Misa | 2009年11月20日 (金) 21時50分

私も減りました。私は去年の年末にはもう影響が出ていました。翻訳会社経由の部分なんか、1/10くらいになっちゃいましたよ。そこは翻訳会社としてはとても高い単価で請けており、社長の方針として「安い仕事はやらない」なのだそうで、その上流側で切られてるみたいです。

春ごろからは何年ぶりかで営業活動をしました。このところ翻訳会社経由が半分強になっていましたから、さすがに放っておけるレベルではなくて。その結果、新しいところとの取引が夏ごろからだんだん本格化し、今はそれなりの感じです。もう少し営業するかどうしようか、今は様子見をしています。

>どのくらいこの状況が続くのかが心配です。

安売りするのもあとあと問題ですしね。しばらくはいろいろな意味でがまんするしかないんだと思います。長期化しなければいいんですけど……こればかりはなんともわかりませんよね。

投稿: Buckeye | 2009年11月22日 (日) 08時30分

今年の1月の前半までの受注状況は、この8年間で最悪で、持て余した時間で、新規取引先事務所の案件を処理していましたが、20日頃になって、発注が途絶えていた大手事務所から1日に2件もの発注があり驚いています。景気回復の兆候かな、などと思ったりしています。

投稿: mejiro | 2010年1月21日 (木) 17時31分

えらくカメなレスポンスですみません。

そうですね、私も昨年は独立以来12年間で最悪の1年でした。受注があまりに少なくてこのままではまずそうだと新規開拓をしたのも初めてですし、新規開拓がすぐに成功したのに、結局、独立以来最低記録くらいの売上にしかなりませんでしたし。

私は、昨年12月末あたりからだいぶ回復した感じです(ほぼ同時期ですね)。4月にはいって少し落ち着いた感じもしますが。

投稿: Buckeye | 2010年5月10日 (月) 10時38分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 産業翻訳者の現実的な収入はどの程度か:

« 10年前の翻訳ソフト評価-絶対評価 | トップページ | 市場価格・適正価格 »