ひらがな・漢字・カタカナの連続
ひとつ前のエントリー、「長い訳文・短い訳文」に引き続き、「IT翻訳者の疑問」の2009/02/27のエントリー、『[Linguistic Reviewerの疑問]ひらがなの連続』で指摘されている点についてのエントリーです。
上記では(↓)のような指摘がされています。
- ひらがなが何文字も続くと読みにくい
- ひらがなが続くと「まとまり」として読むことが難しくなる
私もそう思います。ただし、それは「ひらがな」に限ったことではありません。カタカナが続いても同じことが言えるし、漢字が続いても同じことが言えます。
カタカナを使うことが多いIT系企業では、翻訳の仕様としてカタカナ表記の複合語は間に中黒を入れる、あるいは半角スペースを入れると決まっていることがよくあります。これはカタカナの連続による読みにくさを少しでも緩和しようという姿勢の表れでもあります(これはこれで、短いカタカナ語が連続すると読みにくくなるんですが)。漢字も、10個も20個も連ねて書かれるとどこからどこまでが「まとまり」であり、各「まとまり」がどのような関係になっているのか、一読したくらいでは分からなかったりします(一読どころか何回読みなおしても、あることに反対しているのか賛成しているのか分からないっていう面白い例がどこかで紹介されていたのですが、残念ながらどこだったか忘れて出てきません)。
日本語は単語の切れ目が分かりにくいのですが(単語単位に切れない部分が多いのが日本語だというべきでしょうね。膠着語とかいうらしいですし)、ひらがな・漢字・カタカナを適切に織りまぜて書くと、その欠点を消すことができます。それどころか、どこを見ても似たような形が並んでいる英語などに比べ、速読がしやすいなどのメリットが生まれたりします。
ひらがな・漢字・カタカナを「適切に」織りまぜれば、それぞれの比率がある程度の幅に落ちつくものです。そのため、「漢字の比率はxx~yy%とすべき」みたいなことを言う人もいます。私はこの数字も固定的なものではなく、文書の目的と対象読者によって変化するものだと考えています。そう考えてはいるのですが、割合を確認してみると参考になるとも思います。
■漢字比率の比較
というわけで、前回の記事をネタに漢字比率を見てみましょう。
文章を簡素化することで、伝えたい内容をより明確かつ説得力のあるものにすることができる。本記事では、回りくどい表現を避けることで、文章をすっきりとさせ、読み手により強く訴えかけられるようにする方法を、実例を交えて紹介する。
あなたの書く文章は冗長なものとなってはいないだろうか?もしそうであれば、あなたは自らの時間と、読み手の時間を無駄にしてしまっていることになる。また、自らの文章を説得力に欠けた、印象の薄いものにしてしまっていることにもなる。以下に、冗長な文章と、その改善例を挙げているので、参考にしてほしい。
私の訳例
文章はすっきりさせたほうが、伝えたいことが明確にもなるし効果も高い。本記事では回りくどい表現を避けて文章をすっきりとさせ、訴える力を高める方法を紹介する。
あなたはいらない単語を書いていないだろうか。不要な言葉まで書けば、あなたも読者も時間が無駄になるし、文章は印象が薄くなり説得力も落ちてしまう。文章の切れをよくする実例を以下に示すので参考にしてほしい。
漢字とひらがなの比率は、一般的に上記くらいが適切だと私は思うのですが、一般向け啓蒙書などではもっと開く出版社もあったりします。上記の訳文を、そういう基準で書きなおしてみましょう。
文章はすっきりさせたほうが、伝えたいことが明確にもなるし効果もたかい。本記事ではまわりくどい表現をさけて文章をすっきりとさせ、訴える力をたかめる方法を紹介する。
あなたはいらない単語をかいていないだろうか。不要な言葉までかけば、あなたも読者も時間が無駄になるし、文章は印象がうすくなり説得力もおちてしまう。文章の切れをよくする実例を以下にしめすので参考にしてほしい。
比較のため漢字が多い論文調の訳も再掲します。
文章は簡素化したほうが伝達内容が明確になり、効果も高まる。本記事では冗長表現を避けて文章を簡素化し、訴求力を高める方法を紹介する。
あなたは不要な単語を書いていないだろうか。不要な言葉は書き手にも読み手にも時間の無駄である。文章も印象が薄くなり、説得力が低下する。冗長な文の改善例を挙げるので参考にして欲しい。
それぞれについて漢字の比率を計算してみました。
訳例 | 漢字/文字数 | 漢字比率 |
---|---|---|
(1) ウェブの記事 | 69/255 = | 27% |
(2) 私の訳例 | 57/177 = | 32% |
(3) 私の訳例を開いたもの | 48/182 = | 26% |
(4) 論文調の訳例 | 72/154 = | 47% |
ウェブの日本語記事(1)はひらがなが連続していて読みづらいと感じるレベルなだけあって、漢字比率がかなり低くなりました。じゃあ、これでは漢字比率が低すぎるのかというと、そうでもありません。漢字比率だけで見れば、私の訳例を開いたもの(3)もほぼ同じ。ひらがなの連続も、(3)は、10個以上のつらなりが複数あるなど、かなりのものです。でも特に読みにくいというほどではなく、このくらいなら、対象読者によってはアリだろうと感じます(私はもう少し漢字が多いほうが読みやすいと思いますが)。こうして見てくると、「ひらがなの連続」が(1)の根本的な問題では多分ないことが分かります。もともとが読みにくい文であるため、ひらがなの連続がことさらに読みにくくなっているという負の相乗効果なのだと思います。
■漢字やひらがなが続くことの効果
漢字が続くと文章が硬くなるだけでなく、遊び(余裕のようなもの)がなくなりがちです。このため、漢字が多すぎる文章を読むと疲れてしまいます。これに対し、ひらがなで書かれる言葉を使ったほうが文章が軟らかくなりますし、遊びが生まれる余地もできます。このほうが一般には読みやすいわけです。ただしこちらも程度次第。やりすぎると締まりがなくなり、読みにくくなります。
■現実的な対応
実際に訳文を書くときには、どうすればいいのでしょうか。
余談ながら、「どうすればいいのでしょうか」はひらがなの13個連続ですが、別に読みにくくないはずです。おそらく、「どうすれば」まで読んだ時点で後ろの予想がつくからだと思います。この辺りについてもいろいろと思うことがあるのですが、それはまた別の機会に。
◎開いたり閉じたりして調整
まず一つ。漢字とひらがな、どちらで書いてもいい言葉で調整する方法があります。翻訳の場合、専門用語や指定用語など、漢字などの表記まで決まっているケースがけっこうあります。そこは基本的に従うしかありません。また、助詞などのようにひらがなでしか書けない部分もあります。それ以外の一般的な言葉は、漢字を使うことが多いものからひらがなに開くことが多いものまで幅があります。こういう言葉は、どちらの表記が多いのかも考慮に入れつつ、ひらがなが続いているところに出てくれば漢字に、漢字が多いところに出てくればひらがなにするわけです。
ローカリ系など、こういうどっちでもいい言葉まで「これは漢字、これはひらがな」と決めたがる傾向があります。読みにくくしているだけで意味がないと思うんですけどね。
ちなみにこの方法、実は本多勝一さんの『日本語の作文技術』、第五章、「漢字とカナの心理」にも載っています。
◎和語と漢語で調整
もう一つは、和語系(ひらがなが多くなる)と漢語系(漢字)の同意語による書き換えです。まあ、和語系も一部に漢字を使うことが多いので、この書き換えは、どちらかというと漢字が連続するとき、漢語系の言葉を和語系に書き換えるという形で使うことが多いと思います。
◎文章構造そのものから調整
最後は、文章の組立そのものを大きく変えてしまう方法。日本語はニュアンスを文末で表現することが多いので、ややこしいことを言おうとすると文末にひらがなが連続することがあります。その結果、あまりにひらがなが連続して読みにくくなってしまったら、文末で表現しようとしたことの一部をほかの部分に移動するわけです。これをやると、だいたい、そこを起点にほかへと変化が波及し、多くの場合、文章全体を大きく書き換える(単語の訳語を別のものに変更するなどを含む)ことになります。最悪、書き換えてみたら、別の意味が文末に移動してきて、結局、ひらがなの連続が解消されなかったなんてことも。その場合は、別の書き換えを試してみるなど、作業が続くわけです(循環的ですから)
以上、簡単にできる順番に書いてあります。簡単とは表層的であり小手先であるということ。基盤がしっかりしていればお化粧として有効に機能しますが、基盤が揺らいでいるならそちらからやり直す必要があります。
つまり、漢字・ひらがなの調節をする段階で訳文が十分な完成度を持っているなら最初の方法だけですみます。逆に完成度が低い場合は、そういう小手先の調整ではなんともならず、二番目、三番目と根本的な調整へさかのぼる必要があります。そして、根本的な調整をすると表層も大きく変化し……とこれまた循環することになります。
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コメント
あと、句読点の多用というのも、よく使う方法のような気がします。
文の構成がしっかりしていれば、「、」をたくさん使っても大丈夫なのですよね。「、」を多用してもうるさくならない、と言い換えられるかもしれません。そうすれば、ひらがなをたくさん使える、という連環です。
うえで、「ひらがなをたくさん使っても大丈夫、という連環です」という雑なフレーズを書きましたが、「ひらがなをたくさん」と並んでいても、なんとか読めるのは、間に「を」が入っていることもあるかもしれません。なので、「仮名」だの「沢山」だのという、みっともない書き換えをしなくてもすんでいる。これは、「ひらがながたくさん出てきても」でも同じで、「が」にも似たような視覚的効果があるのだろうと思います。「は」は、後に「、」を入れられることが多いので別格として、「を」「が」「っ」「も」などは視覚的な切れ目効果高しだと思います。これに準じるのが「とを」「とが」など。また、「っ」の応用編ですが、「といった」なども視覚的な切れ目効果があると思います。こういうふうに、視覚的な切れ目効果で表現を整理しておぼえておく、というのも一つの手なのかな、と思います。
あと、「~という」ような場合に、「~、という」のように処理できる場合も横書きの場合は多そうです。
投稿: Sakino | 2009年4月18日 (土) 07時33分