トライアル
我々翻訳者が翻訳会社と取引を始める場合、最初にトライアルとして短い文章を訳して提出するのが普通です。だいたいは翻訳会社のほうで課題を用意していますが、適宜、訳したものの原文と訳文を提出してくれと言われることもあります。
■トライアルの目的
基本的に「翻訳者の実力を確認する」です。実力の確認もなしにいきなり仕事をやってもらったらボロボロだった……では、発注したほうはたまったものではありません。事前確認したいと考えるのが当然でしょう。つまり、「一種の試験」であり翻訳者としては「実力が試されている」という感覚になります。結果を合格・不合格と表現することが多いのも、そのあたりの感覚が双方にあるからでしょう。
私は、トライアル(およびそれにまつわるやりとり)には翻訳者の実力確認以上の役割があると考えています。
まず、この翻訳会社と付きあうべきか否か、それを翻訳者が判断するチャンスとなる点があげられます。トライアルにいたるやりとりやトライアルの処理などを見ていると、そこと自分との相性がいいのか悪いのかがぼんやりとですがわかったりするものです。
仕事という側面では、レート決定の基礎データとなる点が大きいでしょう。トライアルに合格したらレートをはじめとする各種の取引条件を詰めることになりますが、その際、こちらの実力を把握しておいてもらわないと条件交渉がやりにくくなります。翻訳のレートは品質との見合いで高い・安いが決まるわけですから。我々翻訳者としては、少しでも高く買ってもらいたいわけですが、買う側としては品質と見合う額を最高としてなるべく安く買いたいわけです。品質がわからなければ……買う側としてはとにかく安く抑えておくしかなくなってしまいます。翻訳者側から見れば、高く買ってもらいたければトライアルで実力を確認してもらうのが先決というわけです。
■トライアルの訳し方
トライアルの目的を考えれば、この案件が仕事として来たときと同じ訳し方をしておくのが一番いいと私は考えていますし、実際私はトライアルでもふだんと同じように処理してお終いにします。しかし、この考えはどちらかというと少数派のようです。
一般には、ふだんの仕事よりも時間をかけて丁寧に訳し、よくよく見直してから提出する人が多いようです。まずはトライアルを通らないとどうにもならないので、このくらいしてしまうのは人として当然かなと思います。
極端なケースでは、トライアルを突破することが第一義として他の人に訳してもらう人もいると聞いていますし、仲間内でいろいろと検討して訳文を作ることにしている翻訳者のグループがあると聞いたこともあります。これはもう、あきらかなズルで言語道断だと思いますし、そのようなことをしてもデメリットこそあれメリットはないように思います。
「フリーランス翻訳者として行う仕事」は、一つひとつがトライアルです。いい仕事をすれば指名でリピートオーダーが来るなど後につながるし、やっつけなど仕事内容がよくなければ仕事が減ったり切られたりします。そう考えれば、他人の力を借りて「トライアル」だけを突破しても意味がないことが分かります。その力を毎回の仕事で必ず借りられるのであればそれはそれでアリですが、そんなことはまずありませんから(配偶者がターゲット言語のネイティブで必ずチェックしてくれるのなら、トライアルもそのパターンでやってかまわないでしょう)。
トライアルと本番の仕事でデキが大きく違う場合、単純に切られるだけではすまないおそれがあります。トライアルを課す側の立場にたって考えてみましょう。トライアルはすばらしいできなのに本番の仕事はそこそこ、あるいは箸にも棒にもかからないほどひどかったら、どう思うでしょうか。トライアルでズルをしたか本番で手を抜いているか、どっちかだと思うのではないでしょうか。いずれにせよ、自分の信用を落とすことになります。会社という看板を持たないフリーランスにとって、一番、やってはならないことです。
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コメント
この記事で質問するのがベストなのか迷いましたが、他にどこでしたらよいかわからなかったのでここでします。
英日・日英翻訳トライアルに合格して翻訳会社から希望料金と8時間の作業量を知らせてくださいといわれました。
私としては英日8800円(原文200ワード)、日英8800円(原文400文字)を希望しているのですが妥当でしょうか。インターネットでみた翻訳者の希望料金と比較すると英日が高めで日英が低めのような気がします。
作業量の方は英日(原文1500ワード)、日英(原文3000文字)と考えています。
トライアルに合格して希望料金と作業量を知らせてくださいといわれたときのアドバイスをお願いします。
よろしくお願いします。
投稿: けい | 2018年9月12日 (水) 07時10分
だいぶ前のコメントなので、回答するには遅すぎるかと思いますが……この翌日、軽トラにはねられて膝に大けがをしてしまい、入院・手術などしていたもので、ほったらかしになってしまいましたm(._.)m
どのくらいの単価が妥当であるのかは、実力と、買い手がなにを求めているのかで変わってきます。ですから、英日8800円(原文200ワード)、日英8800円(原文400文字)が高すぎるかと問われてもお答えのしようがないのですが、その単価で買うところや買ってもらえる案件は少ないでしょう、とは言えると思います。
相場については、
「訳文基準と原文基準の単価の換算(日英翻訳の場合)」
http://buckeye.way-nifty.com/translator/2009/10/post-308c.html
「訳文基準と原文基準の単価の換算(英日翻訳の場合)」
http://buckeye.way-nifty.com/translator/2009/10/post-d58f.html
あたりを参考にしつつ
「産業翻訳者の現実的な収入はどの程度か」
http://buckeye.way-nifty.com/translator/2009/06/post-892c.html
あたりを読んでいただくと、ある程度わかるのではないかと思います。ただ、最初に申しあげたとおり、相場は相場であって、個別の事例については、実力と、買い手がなにを求めているのかでまったく違ってきます。
投稿: Buckeye | 2018年11月 4日 (日) 13時46分
作業量については、基本的に、自分のできる量を申告するしかありません。
一応、考えるべきポイントとしては……必要に応じてがんばることも可能ということなら自分にできる量の上限近く(量が多い人のほうが短納期に対応できるので翻訳会社としては使いやすい)、無理できない理由があるなら少なめにしておくというくらいでしょうか。
投稿: Buckeye | 2018年11月 4日 (日) 13時48分
お見舞い申し上げます。膝の怪我はいかがですか。早くよくなられることを願っています。膝の怪我だと寒くなると大変なのではと心配です。
お返事をありがとうございます。大変、参考になりました。教えていただいた3本の記事も読みました。
最短納期をきかれるのですが、これはどうやって計算するのですか。案件の分量を申告した1日の作業量で割って返事をしているのですが、そうすると答えた最短納期の半分の時間でして欲しいと言われます。こういう場合、答えた最短納期の半分の時間でも頑張ればどうにかなりそうなら、案件を引き受けた方がよいのでしょうか。
私の場合、そもそも申告した1日の作業量も正確ではなかったため(日英翻訳の場合、実際の作業量は申告したものより少なく1000字だということが最近わかりました)、申告した作業量に基づいて計算するのもおかしいのですが既に申告してしまっているためこの翻訳会社ではそれで計算しています。今後、1日の作業量をきかれたら正しいと思う作業量を申告します。
今、1社から時々、仕事をいただいているのですが、これだけでは生活をしていけないので他の翻訳会社に仕事をもらえるように頼んでみようと思っています。また、他に2社ほどトライアルを受けたい翻訳会社があるので受けようと思っています。ただ、今、仕事をいただいている会社の案件の納期に余裕がないので、この状態で他の翻訳会社から仕事をいただいても納品できるのか疑問です。今の翻訳会社は最初に案件の相談があるのですが、相談があっても正式に依頼がこないときもありますし、依頼がきても相談時の納期とは異なる納期でくるときもあります。相談後、正式な依頼がくる前に翻訳の下準備などをすれば、翻訳会社をもう1社増やしてもどうにかなるかもしれないとは思うのでそうするべきなのでしょうか。翻訳会社を1社増やしても大丈夫かと心配しているのに他の翻訳会社のトライアルを受けている場合かとも考えたりします。
人脈もなく、翻訳会社を通さないで翻訳の仕事を探す場合はどこから始めたらよいのでしょうか。
1. 最短納期のだし方
2. 自分では短いと思う納期でも仕事を引き受けるべきか
3. 2社以上の翻訳会社から仕事をいただいて案件が重なるときどうやって納品を可能にするか
4. 翻訳会社を通さない仕事の探し方
アドバイスをいただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。
投稿: けい | 2018年11月13日 (火) 09時27分
個人差の大きい問いなので、どうにも答えようがなく、時々思い返してはいたけれど、実質放置になってしまっていましたが、ようやく、ひとつだけ、アドバイスを思いつきました。あまりに遅くなってしまって、質問されたけいさんが読むこともないかもしれませんが、一応、書いておきます。
1と2は、自分がどういうふうに仕事をしたいか次第なので、ポリシー次第としか答えようがありません。ただ、質問のなかで、
>> 案件の分量を申告した1日の作業量で割って
>> 返事をしているのですが、
>> そうすると答えた最短納期の
>> 半分の時間でして欲しいと言われます
という部分が気になります。
あっちでもこっちでも同じことを言われるのなら、処理速度が業界的に見て遅いということになります。ですから、まずは、できるかぎりの仕事と勉強で力をつけていくことを考えるべきでしょう。特に、しっかりした翻訳をする力をつけていくことを。スピードは、経験を積めばそれなりに上がってきます。逆に、スピードアップを目的にすると、品質が上がらずあとで苦労することになります。
上記を特定の人に言われるのであれば、その人が必ず値切るタイプなのかもしれません。確認するには、いつもの計算方法で出せる納期の1.5倍くらいを伝えてみるといいでしょう。それでもやはり半分の時間でとなるなら、「最短納期って言ってもどうせ少しさば読んでるんだろ? その分+無理すれば、半分でできるんじゃないの?」と考えるタイプということでしょう。逆に、その場合は伝えた納期の1/3で返ってくるようなら、その会社の仕事はそういうスピードでないと難しいということです。対策としては、無理してでもやるか、別の会社を探すか、ですね。
投稿: Buckeye | 2019年2月20日 (水) 10時04分
案件が重なったとき納品を可能にする方法はありません。間に合うタイミングで仕事ができるなら請けるし、スケジュール的に無理なら請けない、です。それしかありません。
重なっている案件を次々処理していくというのもよくあるパターンですが、それができるのは、そのなかのどれを取りだしても、その1件だけなら納期の半分とかでできたりするからです。ちなみに、私は、いつも、最短納期の3倍から10倍、もらうようにしていました。それでも受け入れてもらえる納期になるのは、経験を積んでスピードが上がっていたから、なんですけどね。
翻訳会社を通さない仕事の探し方はいろいろありますが、正直なところ、けいさんはまだまだそういう段階ではないと感じます。翻訳そのものの力という面でも、ソースクライアントと直接やりあう事業者としての肝のすわり方という面でも。
投稿: Buckeye | 2019年2月20日 (水) 10時13分
役立つアドバイスをどうもありがとうございます。大変助かります。
処理速度が業界的にみて遅いのか、その人が値切るタイプかということですが、処理速度が遅いような気がします。できるかぎりの仕事と勉強で力をつけるようにしています。
重なる案件の方は、今のところはできるかもしれないと思ってもお断りするようにしています。結局は最初の案件に思ったより時間がかかってお断りしてよかったとほっとしています。もう少し慣れたら、余裕をもった推定作業時間内であれば重なる案件を引き受けることができるようになりたいと思っています。
私は案件に時間をかけ過ぎだと思います。これでは食べていけません。私が必要と思う時間より遅い納期の案件でも余っているはずの時間まで翻訳に使ってしまいます。
まだ翻訳会社を通さない仕事を探す段階ではないとのアドバイスをどうもありがとうございます。事業者としての肝の座り方というと永遠になれないような気がしてきました。とりあえず、別の翻訳会社を探す方向でいきたいと思います。
最短納期の方は今の翻訳会社に申告した1日の作業量を使って計算しても意味がないので(インターネットの情報を参考にして申告したのですが私には無理な作業量ということがわかりました)、これからはもっと少ない1日の作業量(私ができる作業量)を使って計算しようと思います。別の翻訳会社には少ない1日の作業量を申告します。最短納期の3倍から10倍で受け入れてもらえるというのは素晴らしいです。
投稿: けい | 2019年3月16日 (土) 08時24分
>> 私が必要と思う時間より遅い納期の案件でも
>> 余っているはずの時間まで翻訳に使ってしまいます。
バックログが貯まっているような状態でなければ、上記のようなやり方、一概によくないとは言えません。特に、仕事を始めたころには。そうやっていろいろと考え、手を動かしてみるというのをくり返さないと実力はつきませんから。
私は、経験年数が30年に近づきつつありますが、訳出のスピードは、いまも、時期によって上がったり下がったりします。いわゆる調子の良し悪しということではなく(いや、そういうケースももちろんありますが)、昔はあまり気にしていなかった部分が気になり始めると、考える時間が長くなるのでスピードが落ちてしまうのです。でも、何カ月かすると、スピードは戻っていたり。新たに気になった部分の処理方法が身につくと、その分、スピードが上がるからです。
投稿: Buckeye | 2019年3月16日 (土) 09時17分