紹介とトライアル
前のエントリー、「経験年数とトライアル」と同じように、紹介においてもトライアルが問題となることがあります。紹介によって実力は保証されているのだからトライアルがあるのはおかしいと考える人がいるのです。
おかしいと考えるだけならまだしもで、経験年数の場合と同じように、メールや電話で怒りを爆発させる人もいると聞いています。
これもまた、私には理解しがたい考え方です。
■紹介とトライアルの有無
紹介だと、結果的にトライアルなしになることが多いのは確かです。でも、「紹介だからトライアルなしにすべき」とはなりません。そんなに単純な話ではないと思うのです。いろいろなケースがあり、また、それぞれの人にはそれぞれの立場があるものでもあるのですから。
ケースはいろいろといっても、トライアル関係のエントリーでくり返し書いている「実力を見る方法はトライアルしかない」ということの派生形です。ただ、それをどういう立場からどう考えるか次第で、いろいろなパターンになりうるというわけです。
私自身、紹介を頼まれることがけっこうあるので、今までそれなりに多くの人をあちこち、紹介してきました。その際は、実力を保証するような書き方をすることもあれば、実力はそちらの基準で再確認してくれと紹介することもあります。後者であれば、先方は基本的にトライアルをしているはずですし(確かめてはいませんが)、前者であっても、トライアルをしているケースがあってもおかしくないと思います(理由は後述のようにいろいろとあります)。
余談ながら、翻訳会社に翻訳者を紹介するようなケースでは、基本的に、翻訳会社側にどういう翻訳者なのかを紹介するのと同時に、翻訳者側にどういう翻訳会社なのかを紹介しています。どちら向きも、私から見ていいと思う点と問題だと思う点、両方を併記して。もちろん、悪い点がないと思えば、べた褒めになることもあります。
また、一時期、けっこういろいろな人に仕事をお願いしていた時期がありますが、そのときの紹介のされ方も、上記のように、2種類ありました。また、実力を保証されても、保証した人の実力に私が不安を持っているため保証された人の実力も信用できないとして、トライアルをお願いした場合もありました。もちろん、確認してくれと言われたときを含め、ちょうど小さな仕事があったので、それをお願いしてトライアルがわりにしたこともあります。
私がどこかのクライアントに紹介されたケースでも、トライアルなしのこともあれば、トライアルありのこともありました。トライアルありだったときは、「トライアルで実力を確認してくれ」という紹介だったのかもしれないし、紹介してくれた人の実力に向こうが不安を持っていたのかもしれません。それだけでなく、特に企業との直接取引など、担当者が誰かから私を紹介されたが私に発注するためには上司の許可が必要、というようなケースでトライアルをする形になることもあります。会社の方針として、必ずトライアルとなっていれば、ケースバイケースで対処するわけにいかないでしょう。そういう会社でも社長など上の人が信頼する人からの紹介だとトライアルなしになったりはしますが、例外があるなら自分に例外を適用しろと言えるものではありません。
このように、主だったものだけあげてもいろいろなケースがあり、紹介であればトライアルをなしにすべきというのは無理があると思います。
■善意で紹介してくれた人の顔をつぶす
ここまでは、先方や周囲の状況にもいろいろあるという、いわば消極的な意味で、トライアルをしろと言われても仕方がないという理由でした。今度はもう少し積極的な意味で、そういう場合にフレームメールを返したりすることはまずく、落ち着いた対応でトライアルを受けるなりにしたほうがいいという理由をあげましょう。
紹介なのにトライアルを受けろとは、と怒ってしまうと、最悪の場合、善意で紹介してくれた人の顔をつぶしてしまうおそれがあります。
紹介で話が動き始めたとき、関係者は、自分、自分を紹介してくれた人(Aさんとする)、Aさんが自分を紹介してくれた発注元(B社とする)の3者です。基本的に、自分とAさんとの間、AさんとB社との間は関係が良好、自分とB社との間には特につながりがない、という状態のはずです。
この関係の中で、「トライアルをお願いしたい」とB社からの問い合わせがあったとき、それはおかしいと怒ったメールを返したり無視するなどおかしな対応をすると、Aさんに迷惑をかけてしまうおそれがかなりあります。
仮にAさんが私を「実力はそちらで確認してくれ」と紹介していたら……上記の対応がまずいのは明らかですよね。
その他のケースでは、翻訳者の立場にたってものを考えてくれるだけの分別がB社にあれば、あまり大きな問題にならないかもしれません。
翻訳者側が発注側の立場を斟酌しないのに(今回のケースでは、「先方にはトライアルをしなければならない理由があるかもしれない」ということを斟酌しないのに)、相手にはこちらの立場を斟酌してもらうことを要求するのは、身勝手なんじゃないかと私は思いますが、その後の展開として、相手次第で特に問題にならないのは事実でしょう。
それほどの分別がない場合、B社は多少なりとも腹をたてるでしょう。無視したり怒ったりしたメールを送り返した私に対してはもちろんですし、それは別にいいと思いますが(いいと思わなければ、無視もフレームメールもないわけですから)、ひどい人を紹介してくれたとAさんに対しても腹を立てるおそれがあります。しかも、Aさんが丁寧に推薦してくれていればいるほど、私の対応が悪かった場合にAさんへと累が及ぶおそれが強くなります。「この人はこれこれこのように実力があるだけでなく、とてもいい人で、信頼できる人です」なんて私を紹介してくれていたりしたら、目もあてられません。失礼な対応をする私を信頼するということは、Aさんも実はそういう人なのね、とか、少なくとも人を見る目がないねと言われかねません。
Aさんが今までB社と築いてきたいい関係に傷を付けるおそれがある、つまり、善意で私を紹介してくれたAさんの恩を仇で返すおそれがあるのなら……それを避けるため、丁寧な対応をするべきだと私は考えます。
もちろん、B社の対応があまりにひどいという場合もあるでしょう。
そういう場合でも、いや、そうであるならなおさら、丁寧な対応をすべきだと思います。ひどい対応をするということはB社に上記のような分別がない証拠だと言えるでしょうし、それはとりもなおさず、私の対応いかんでB社がAさんに対しても腹を立てる可能性が高いということですから。そんなB社でも、Aさんにとっては、それなりに良好な関係を持っている取引先のはずであり(だからこその紹介でしょう)、その関係に横から傷を付けるようなまねはしたくないと私は考えます。
いずれにせよ、B社に対しては丁寧な対応をする。その上で、B社の対応に不備があると思えば、それをAさんに伝えておく(B社との関係を考え直すかどうはAさんの判断だから)。そのくらいが妥当な線ではないかと思います。
丁寧にお断りする、という対応はもちろんアリです。対応が丁寧か失礼かという問題と、ビジネスとして条件が折りあい取引にいたるかどうかとは、まったく別次元の問題ですから。
若干脱線しますが、紹介の話が「B社を助けてあげて」というようなものであれば、通常なら断る条件の話でも受けることが多いでしょう。もちろん、無理なモノは無理なので必ずとは言えませんし、私とAさんとの関係次第でもありますが。仕事というのは人と人のつながりのなかでしていくものだと思いますので。
フレームメールうんぬん以外にも、紹介者に迷惑をかけないがために、トライアルがあったほうがいいという側面があります。
万が一、紹介された人(私を含む)のデキが悪かったとしても、トライアルありなら善意で紹介してくれた人に累が及ぶ心配がありません。私の実力、保証しますと紹介されたのに、もし、紹介先が満足するものを私が出せなかったら……紹介してくれた人に悪いと私は思います(せいいっぱいの訳文をだして満足してもらえなかったのなら、悪いけど仕方がない、ですが)。トライアルだったとしてもよくありませんが、仕事として請け負ってそんな結果しか出せなかったらもっとまずいことになります。
翻訳は、100人に聞いて30人が「いい翻訳だ」と答え、50人が「これなら許容範囲だ」と答える翻訳ならあります(80人が合格点をつける翻訳)。一方、100人に聞いて5人が「いい翻訳だ」と答え、10人が「これなら許容範囲だ」と答える翻訳だってあります(15人しか合格点をつけない翻訳)。トライアルだって、10社受けて9社、10社とほとんど通る翻訳がある一方で、10社受けて1社しか通らない翻訳だってあります。もちろん、全部落ちる翻訳も。でも、100人に聞いて100人が「いい翻訳だ」と答える翻訳は、まず、ありません。だから、どんな翻訳でも、相手から絶対にいい評価を受けるとは言い切れないものがあります。
だからおもしろいと私は思うのですが……それはまた別の話ですね。
| 固定リンク
「翻訳-ビジネス的側面」カテゴリの記事
- 河野弘毅さんの「機械翻訳の時代に活躍できる人材になるために」について(2019.02.22)
- 産業系の新規開拓で訳書は武器になるのか(2019.02.21)
- 『道を拓く』(通訳翻訳ジャーナル特別寄稿)(2019.02.15)
- 仕事にも「枠組み」がある(2014.08.12)
- 消費税の取り扱い(2012.10.10)
コメント
「経験年数とトライアル」と「紹介とトライアル」、興味深く読ませていただきました。基本的にはBuckeyeさんと同意見です。
ところで…
>基本的に、翻訳会社側にどういう翻訳者なのかを紹介するのと同時に、翻訳者側にどういう翻訳会社なのかを紹介しています。
こういう形で紹介をしてくれる人が決して多くはないというお話。
ある日突然電話があり、「××翻訳会社と申します。実はお仕事をお願いしたいのですが」と切り出され、「なぜ私のことをご存知なのですか」と質問すると、「Aさんから紹介されました」との返事。でもそのAさんから私には「××翻訳会社に紹介しといたよ」という連絡は一切なし。ま、そのAさんが翻訳業界とは無縁な人である場合もあり、詳しい事情も分からず、「翻訳ならJackがいる」と気軽に名前を出したりすることもあって、一概に「片手落ちだ」とは非難できない場合もありますが、これまでの紹介ではけっこうこのパターンがありました。
そこで問題になるのが、そんなケースでも「ついてはトライアルを受けていただけませんでしょうか」となる場合があること。これは正直「カチンとくる」ことがありますね。というのも、そういう紹介を受ける時というのは、大概が忙しい時期だからです。おそらくその××翻訳会社もレギュラーで頼んでいる翻訳者が手いっぱいなので、こっちに頼んできたのでしょうが、「こっちだってヒマじゃねえよ」と心の中でつぶやくことになります(なんと小心な^^;)。それでも先方がトライアルの提出期限や仕事の納期で譲歩するなど、対応に誠実さが感じられる場合にはトライアル/仕事を受けてきました。
因みに私が人を紹介する時は、「××翻訳会社ってところから連絡が行くかもしれない」と本人に伝えます。ただしトライアルの有無をはじめ、納期や料金などの細目は当事者間で話し合ってもらいます。なぜって、仕事の詳細や、紹介した人がその仕事に適切かどうかなどということは結局は分かりませんからね。
投稿: Jack | 2009年2月17日 (火) 23時33分
Jackさん、
おお、そういうパターンもありますね。幸い自分がそういう経験をしたことが少ないもので、すっかり忘れていました。そういえばまだ二足のころ、家のFAXからいきなり「~さんから紹介された。この案件をいついつまでにやって欲しい。単価は~出す」と原稿が吐き出されてきたことがありました。得意な領域だったし(同じ領域の仕事をしている人がわかって紹介してくれた、というか、自分は手一杯だからBuckeyeに振ったら? みたいな話だったらしい)その他の条件も問題なかったのでその仕事もやりましたし、その翻訳会社さんとはその後何年か、おつきあいしましたけど、最初はナニゴトかとびっくりしました。
私の場合、双方への連絡って基本的に(↓)のようなパターンです。もちろん、紹介する双方ともを知ってることが大前提です。
翻訳会社に頼まれて翻訳者を紹介する→紹介したらどうかなと思う翻訳者に「こういう話が来てるけどどうする?」と問い合わせを出し、本人が望めば紹介、望まなければ別の人。別の人が見つからなければ「紹介できる人が見つけられなかった」と翻訳会社にあやまる。
翻訳者に頼まれて翻訳会社を紹介する→双方にそのままメール。翻訳会社に対する事前連絡・確認はなし。頼んできた翻訳者とは、「条件に合いそうなところはこことここがあって、それぞれこんな感じだけどどこがいい?」みたいに相談することはあります。
事前連絡で確認するほうがむしろ珍しいという自覚はあるのですが、どうしたわけか、私の回りには事前連絡で確認というパターンで処理する人が多いように感じます。
投稿: Buckeye | 2009年2月18日 (水) 06時10分