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2009年2月13日 (金)

経験年数とトライアル

翻訳業界には、ある程度以上の経験を積んだプロにトライアルをさせるのは失礼だという考え方があるようです。翻訳者のコミュニティなどで「経験X年の自分にトライアルをやれとは失礼な会社だ」と憤慨している人を見ることがあります。また、新しい翻訳会社の方から「申し訳ないのですが、当社規定のトライアルを訳していただけませんか」と聞かれることがあるのも、経験が長いプロにトライアルを申し出ると怒られることがあるからでしょう。

この背景には、おそらく、実力は経験が証明しているから改めて「実力を確認する」トライアルは必要がない、であるのにトライアルをさせるのはバカにしているという流れがあるものと思います。

でも実はこの考え方、私にはまったく理解できません。新しいところと取引を始めるときには「なるべくトライアルをお願いします」とこちらから頼むくらいですから。

まず第一に、怒ることにデメリットはあってもメリットはないと思います。自分の中で憤慨しているだけでも翻訳の作業に悪影響が出るなどいいことはありません。相手に怒りをぶつければ印象を悪くするだけです。

トライアルを課す側の要求レベルがさまざまだという問題もあります。まず、会社による違いがあります。違いは、A社よりもB社のほうが甘いということもありますし、重視するポイントが違うということもあります。また、同じ会社でも、「そのうちお願いすることがあるかもしれないから」というケースと「これから始まるプロジェクトを頼める人を集めたい」というケースでは要求水準が異なるのが当たり前です。

冒頭の話は、経験年数という実績から、そういう違いがあっても全部クリアできるレベルだと判断せい、そうしないのはけしからんってことだろうと思いますが、現実を見るとそうも言えないことが分かります。

翻訳の世界は実力勝負。訳文がすぐれていれば、あるいはボロボロなら、学歴も経歴も関係ありません。プロとして何年も食べているというのは、たしかに一定レベル以上の力を持つことの証明にはなります。でも、それ以上は何もわからないのです。10年、翻訳で食べていても駆けだしと同じようなレベルに留まっている人もいたりします。プロになってほんの数年でどんどん上手になってゆく人もいます。もちろん、これらを両極端として、その中間にさまざまな人がいるわけです。「出版翻訳の実績があれば違う」という人もいますが、現実には出版翻訳もピンキリです。出版された時点での品質もピンキリですし、そこまでに編集さんなどがかけなければならなかった手間もさまざま。最初から出版向けの品質を作り込める訳者だけが訳書を出すわけではありません。結局、なにがしかの形でトライアルをするしか、初見の相手の実力を確認する方法はないわけです。

翻訳者としてトライアルがあったほうがありがたいという積極的な理由もあります。先日の「トライアル」というエントリーでも書いたように、トライアルはレート決定の基礎データとなるからです。基礎データなしに価格交渉をしたのでは、相対的に力が弱い我々にとって不利となるのが明らかでしょう。価格交渉における最大の武器は「訳文の品質」なのですから、トライアルはあったほうが絶対にいいと私は思います。

この程度の品質ではこのくらいしか払えないとトライアルを出したがゆえに低くなることがあるかもしれませんが、それはそれで自分に対する相手の評価がその程度ということであり、仕方がないでしょう。それでも契約するのか、それともそのレートではやらないと断るのか、それはこちらの選択になります。

なお、トライアルの形式としては、翻訳会社などが用意した課題を訳す、自分で選んだものの原文と訳文を提出するなどの方法があります。小さな案件を翻訳会社の言い値でやってからその後のレートを決めるという方法も、トライアルの一種だと言えるでしょう。

●余談

経験年数が長くなると、トライアルを受けろというのは侮辱だと感じる方がかなり多いという話は、翻訳会社の人たちから聞くことも珍しくありません。そういうとき、そのあとには「そういう人にかぎって質がよくない」「できる人はトライアルくらい、ささっと軽くやって出してくれる」という話が続いたりします。グチに近い話として聞くことが多いので話半分に聞いておいたほうがいいと思いますが、少なくとも、いろいろな人がいるということだけはたしかでしょう。

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