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2009年2月22日 (日)

トライアルに関する質問

先日のエントリー、「トライアル」で以下のように書きました。

極端なケースでは、トライアルを突破することが第一義として他の人に訳してもらう人もいると聞いていますし、仲間内でいろいろと検討して訳文を作ることにしている翻訳者のグループがあると聞いたこともあります。これはもう、あきらかなズルで言語道断だと思いますし、そのようなことをしてもデメリットこそあれメリットはないように思います。

ここまで極端であればまずいのは明らかですが、では、トライアルについて原文の意味、訳し方などを翻訳者のオンラインコミュニティなどで質問するのはどうでしょうか。この点についてよく見かける考え方は、以下のようなものです。

  1. 翻訳者のオンラインコミュニティは、実際の仕事で疑問に思ったことについて質疑が行われている。トライアルは基本的に「その翻訳者がどの程度の品質で本番の仕事をあげてくれるのかを見るためもの」なのだから、本番で得られる助力であればトライアルでも得て構わない。
  2. トライアルは仕事ではなく、むしろ試験に近いのだから他人の力を借りるのはよくない。よって質問はダメ。
  3. 試験の一種なので答案を作るまでは質問してはいけないが、合否に影響が出ないトライアル提出後であれば構わない。

このようにさまざまな考え方があるため、翻訳者のオンラインコミュニティにおける管理者の対応もサイトごとにまちまちとなっています。

ちなみに、私が運営に関与している翻訳フォーラムでは、(↓)のように、「基本的に禁止」しています。(この禁止条項がどうして「基本的に禁止」であって「全面的に禁止」を意味しないのかは後述)

  • トライアル、教材・試験問題、懸賞課題などの内容に直接関連する発言は禁止です。

禁止としている理由は、トライアルについての質疑から翻訳者が得るメリットとデメリットを比較すると、どう考えてもデメリットのほうが大きいと思うからです。その程度であれば禁止せず各自の自覚に任せるという方法もありますが、この世界に入ったばかりでよく分からないまま質問してしまうことを防止するという意味から、禁止という形をとるのが最善だろうと考えています。

メリット・デメリットの検討は、前述のよくある考え方、その3について行います。この場合でメリットよりもデメリットが大きければ、その1やその2では当然にメリットよりもデメリットが大きいことになりますから。

■トライアルに関する質問のデメリット

トライアルに関係するのは翻訳者だけではありません。そのトライアルを課す側にも関係があります。

以下、トライアルを課す側を指して「翻訳会社」と書きますが、ソースクライアントから直接、トライアルを課されたようなケースでも同じことが言えます。

トライアルの課題は、しばらくの間同じものが課題として使われることがよくあります。そのようなケースでは、自分にとっては終わったものであっても、同じところのトライアルをこれから受ける人にとっては終わっていないわけですし、ということは、トライアルを課す側にとっても「終わっていない」ことになります。また、自分が質問した点をどのように処理するのかを見たいと思ってトライアル課題に選んでいたのかもしれないわけで、万が一、そんなことだったのであれば、オンラインコミュニティなどで質問することはトライアルを課した側に不利益をもたらす行為にほかありません。

このようにいろいろなケースがあり得るものについて先方への確認もなしに自分の判断でこのような場所で聞いた場合、最悪、「守秘義務などについても勝手な判断をしかねない人だ」という評価を下されるおそれもあります。

これに対しては、そもそも内容流出がないという前提で同じトライアルを使うことは怠慢だという考え方もあるのですが、課題を用意するというのもけっこうな手間なので、現実には仕方がない面があります。それにこれが怠慢であろうがなかろうが、翻訳者に返ってくる現実は同じです。

我々翻訳者としては、そのような行動・評価がいいとか悪いとか、内容流出がないという前提で同じトライアルを使うことが怠慢だとか言うことはできますが、上記のような評価を受けて自分に不利益が降りかかったとき、それを反転させる術はまずありません。反転どころか、そういう評価を受けたことを知る術さえないのです。であれば、どうしてもという必要性がないかぎり、危ない橋を渡ることはない。私はそう思います。

■トライアルに関する質問のメリット

訳文を提出する前に質問をする人の場合、メリットは(質問したことがバレなければ)「トライアル合格の可能性が高くなる」でしょう。トライアルに合格できずに過ごしている人にとっては大きなメリットに感じられるはずですが、実際の仕事をするという意味におけるメリットはないと言えます。他人の力を借りなければトライアルに合格できないというレベルでは、仕事1~2本でお払い箱になるのがオチです。

訳文提出後に質問する場合、勉強のためという人が多いようです。こういう人は勉強熱心だから将来伸びる……のでしょうか。「勉強のため(だからいいんだ)」と言われると、私は「じゃあなぜ、トライアル以外についての質問が普段、出てこないのか」と聞きかえしたくなります。トライアル以外は疑問もなくいつもすらすらと訳しているの? それともトライアル以外では翻訳なんてしていないの? と思ってしまうわけです。プロになろうと真剣に勉強しているなら、あるいは、トライアルに受かったり落ちたりする駆けだしレベルから上にあがろうと真剣にもがいているなら、トライアル以外に勉強のタネはいくらでもあるはずです。トライアルについては疑問点を疑問点のまま残しておいても大勢に影響が出ないくらいたくさん。逆に、トライアル以外では他人に聞いてでも解消したいと思う疑問点が出ないなら、トライアルの疑問点だけを他人に聞いて解消しても力なんてつくはずがありません。

トライアルには翻訳の神髄にかかわるようなポイントが含まれており、そこを学べば効率よく力をつけられる……トライアルを受け始めたころや駆け出しのころは、そう思っても仕方のない面があるかとは思いますが、現実はそんなに簡単な話ではありません。大事なポイントなんて掃いて捨てるほどあります。大事なポイントだけ効率よく学ぼうと思ったら全体をまんべんなく学ばなければならないというほどに。

■トライアルに関連する質問の仕方

冒頭、翻訳フォーラムにおける禁止規定は「基本的に禁止」であって「全面的に禁止」ではないと書きました。これは「内容に『直接』関連する発言は禁止」と「直接」の一言が入っているからです。

原文に書いてあるこの単語は、この略語は何を意味するのか、どう訳せばいいのか、こう訳してみたけどこれでいいのか……などはトライアルの内容に直接関連する質問であり、翻訳フォーラムでは禁止されています。でも、分からない略語があったらどういう風に調べればいいのか、自分が得意とする分野ではなく内容がよく分からないときはどんな風に進めればいいのか、など、翻訳者として身につけておくべき手法へと一般化してしまえば、その発端がトライアルであっても問題なく質問ができるのです。

一般化すれば、トライアルを課した側に迷惑がかかるおそれがなくなり、前述のデメリットがすべてなくなります。デメリットがなくなればメリットだけが残るわけで、禁止する必要がなくなります。いや、互いに学びあう場を提供することが翻訳フォーラムを運営しているそもそもの目的ですから、禁止どころか、推奨することになるわけです。

■仕事なら質問してもいいのか

「トライアルに関する質問のデメリット」で書いたように、トライアルを課した側に確認せず他人にいろいろと聞いた場合、最悪、「守秘義務などについても勝手な判断をしかねない人だ」という評価を下されるおそれがあるのであれば、プロとしての仕事でも同じことになるのではないかと思った方もおられるでしょう。

そのとおりだと思います。

仕事の場合、納品する成果物の品質を少しでも高めようという努力の一環であり、発注側にとっても基本的にメリットがあることだ(だから文句を言われる可能性が低い)という違いはありますが、それでも、仕事内容を漏らしているといったマイナスの評価を受ける可能性は否定できません。

このあたりは、プロとして各自が自己責任で判断・行動すべきものだと私は考えています。

我々が取り扱う文書には、公開すれば発注元に大きな損害が発生するなど、翻訳作業の時点で公開してはならない内容が書かれていることがあります。逆に、原文がウェブに公開されている場合もあります。公開されている部分だけを使って、あるいは公開してはならないことを表に出さずに自分が質問したいことを聞けると判断すれば、翻訳者コミュニティで質問すればいいでしょう。それによって疑問が解消され、発注元から感謝された、高い評価を受けたという場合は、胸を張って、その感謝や評価を受けとってください。質問すると決めた自分の成果なのですから。逆に、公開してはならないことまで書いてしまい、何か問題が起きたら……自分で責任をとるしか方法はないでしょう。それも自分が決めた行動の結果ですから。

トライアルのときと言ってることが違うと感じる方がおられるかもしれませんが、ここには大きな違いがあります。デメリット発生の危険があるからこの部分の質問を禁止するという決断は、少なくとも私や私と一緒に翻訳フォーラムを運営してきた人たちにとって、オンラインの翻訳者コミュニティを閉じることと同義だからです。この部分の質疑ができること、この質疑を通してさまざまなものが伝えられること……それがオンラインの翻訳者コミュニティを運営している最大の目的なのですから。

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