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2008年10月 1日 (水)

"or"→「と」

ひとつ前のエントリー(「and、or」と「と、か、や、も、……」)で、"and"も"or"も多様な訳し方があることを紹介した。実はその中にも出てきているのだが、"or"を「と」と訳したりすることがある。この部分について、もう少し検討しておこう。

"and"→「か」もあったように思うのだが、とりあえず、"and"を「か」と「訳してもいい」ではなく「訳したほうがいい」例を思いだせないので、今回は"or"→「と」をお題とする。

●お題

たとえば、以下のような英文があったとする。

  In this case, you can use A or B.

一般的には、(↓)のような訳が浮かぶだろう。

  この場合、AかBを使うことができます。
  この場合、AかBが使えます。

さて、これが正しいのか、あるいは、これがベストなのか。少し考えてみよう。

●翻訳の基本

翻訳の基本は下記3つのバランスをとること。翻訳フォーラムを一緒に主宰しているSakinoさんが昔、翻訳フォーラムに書かれたことだ。

  • 内容を追って読む作業
  • 原文と訳文の過不足等をチェックしつつ読む作業
  • 訳文を訳文だけで読んだ場合の文章としての完成度をチェックする作業

これに沿って検討してみる。

●原文の内容

まず、原文の解釈を見てみよう。上記英文で原著者が言いたいことは、ふたつの可能性があると思う。

  1. AとB、どちらを使ってもいい
  2. AとBの片方は使えるがもう片方は使えない

前者の"or"は、どちらも使えるが、なにがしかの理由があって、両方を同時には使わないことを意味している。後者の"or"は、「ほかにも条件があって、その条件しだいで使えるのがAかBかが決まる」というニュアンスだと言える。

なお、もう少し広く見た文脈としては、場合分けをして、この場合にはこう、別の場合にはこうと列挙しているときだと考えておこう。ほかにもいろいろなパターンがあるはずだが、よくあるパターンの一つではあると思うので。

●原文と訳文の過不足等

単語単位で原文を訳文を見比べると、過不足がないと言える。単語レベルで意味を考えていっても、過不足はないと言える。一般には、だからよしとされてしまうのだと思う。しかし、文が表す内容(言外の意味を含む)には過不足があるケースが考えられると思う。

「この場合、AかBを使うことができます(AかBが使えます)」は、「AとBのうち片方は使えるがもう片方は使えない」を意味する可能性がある。原文の意味するところが上記2ならいいが、1であるのならこの訳は避けるべきだろう(「原文は親切に読む。訳文はいじわるに読む」)。

また、原文の意味が上記2であっても、選択肢がAとB、ふたつしかないなら、上記の訳はよくないと思う。「この場合、AかBを使うことができます(AかBが使えます)」という日本語は、「A、B、C、D、……とたくさんある中から、ここで使えるのはAかB」と言外にA、B以外の選択肢を暗示してしまうだからだ。

結局、上記の「一般的な訳」が使えるのは、(↓)の条件が満足された場合のみになる。

  • 原文の意味するところが上記2であり
  • 選択肢が3つ以上存在する

原文の意味が上記1なら、(↓)あたりにでもするのがいいだろう。

  • この場合、AとBが使えます。

上記の訳は、選択肢がふたつでも3つ以上でも使える。選択肢がふたつだけなら、このほかに以下のような訳も可能だろう。

  • この場合、AとB、いずれを使用しても問題ありません
  • この場合、AとB、どちらも使うことができます。
  • この場合、両方とも使えます。

原文の意味が上記1なら、"or"を「か」と訳すより「と」と訳した方がいいケースがけっこうあるということだ。また、原文の意味が上記2であっても、"or"を「と」と訳すことが可能。それは、原文の解釈を検討したところで、私がつい、「2. A『と』Bの片方は使えるがもう片方は使えない」と書いてしまったことからも明らかだと思う。

●訳文を訳文だけで読んだ場合の文章としての完成度

ここは文脈がもっとないと検討できないと思うので割愛する。

ただ、訳文だけの完成度という意味からは、日本語内での書き換えを比較検討するケースがあることだけ指摘しておこう。とうぜん、"or"の訳として「と」か「か」かという単純比較にはならず、もっとさまざまな表現の仕方が登場することになる。

  • この場合、AとBが使えます。
  • この場合に使えるのはAとBです。
  • この場合、AとBの両方が使えるようになります。
  • この場合にはAもBも使えます。
  • この場合はAかBになります。
  • この場合、AかBを使います。

……などなど

●3つのステップのバランス

3つのステップは、一通りやれば終わりではない。最終目標は「バランスをとること」だからだ。つまり、2つめ、3つめの段階で何かを変化させれば、前のステップに戻って、そちらの状況に影響が出ていないかを検討する必要がある。訳文を変化させれば、過不足をチェックする必要があるのは当然だ。それだけでなく、訳文としての完成度を検討していたら、言外に別の意味があることを発見し、原文にその意味が含まれているかいないかを検討していなかったことに気づいて原文に立ち戻り、言いたかったことの微妙に違いに気づくなんてこともある。

そうやって、ぐるぐると回って、少しずつ、いい形に持って行くのだ。

いったんは訳が完成した文も、その後ろの訳を検討していたら、訳のバランスを変えたほうがいいと気づいて直すことがある。結局、3段階のバランスを小さな部分から文書全体まで、くり返し、調整する必要があるということだ。

●補足

結局、上記の「一般的な訳」が使えるのは、(↓)の条件が満足された場合のみになる。
・原文の意味するところが上記2であり
・選択肢が3つ以上存在する

原文の意味が上記1なら、(↓)あたりにでもするのがいいだろう。
・この場合、AとBが使えます。

と書いたが、"or"を「か」としたければ(↓)のようにする手はある。実は上にもちょろっと紛れ込ませてある。

  • この場合、AかBを使います。

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コメント

この議論をしだすと、必ず出てくるのが「および」「または」はどうなのよ、というはなしのような気がします。これらは、翻訳語で記号みたいなものだから、扱いが別というあたり、どこかで触れてあったのかもしれませんが、一応示されているとわかりやすいかも、と思いました。

あと「や」「か」はストンと理解しやすいけど、「と」って理解しにくいといったあたり、ふだん、だからこそ並列の意味での「と」の使用は避けて通っているわけですが、いざ説明しようとすると大変だったりします。

投稿: Sakino | 2008年10月 9日 (木) 12時52分

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