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2008年9月17日 (水)

Googleの活用-「ネットワークカード vs. ネットワーキングカード」を実例にして

先日の『ネットワーク vs. ネットワーキング』に関連して、「IT翻訳者の疑問」に「[翻訳者の疑問]Google検索結果の件数は「日本語としての正しさ」の判断基準になるか」というエントリーが書かれ、そこにさまざまな疑問が提示されている。それに答える形で、前エントリー、「Googleを利用した訳語選択のポイント」のうち、最後の「ターゲット言語における訳語・表現の使われ方の確認」の実例を提出しよう。

実例としてはあまりよくないのだが、あえてこれを実例とする。「IT翻訳者の疑問」の「[Linguistic Reviewerの疑問][カタカナ語]動名詞をそのままカタカナ表記するときのルール」や「[カタカナ語]enhanced storage networking=拡張ストレージネットワーク?」へのコメントにおいて、私が、「”ネットワーキングカード”」と「”ネットワーク接続カード”」は誤用と言うべき割合の使用例しかないと書いたことに関連して提出された疑問のようなので、一通り、答えておくべきだと思うからだ。

「Google検索結果の件数は『日本語としての正しさ』の判断基準になるか」と聞かれれば、「ヒット件数だけが基準になるはずがない。そこに各種の情報を組み合わせ、『日本語としての正しさ』の判断基準として活用することが、我々翻訳者に求められていることだ」と私は答える。

■お題
"networking card"とあったとき、「ネットワークカード」と「ネットワーキングカード」、どちらを選ぶべきか、がお題。その前段階となる、英語において"network card"と"networking card"に違いはあるのか、"networking card"の訳語にはどのような候補があるのか、という部分は、英語において"network card"と"networking card"に違いはない、"networking card"の訳語候補は「ネットワークカード」と「ネットワーキングカード」の二つである、ということにする(訳語候補となる言葉はもっとたくさんあるが簡便化のため割愛)。

まず、その英語に相当する意味を持つ言葉が日本語に定着しているかどうか、定着している場合、その中に、定訳と言えるほど圧倒的に使われているものがあるかどうか、を見てみよう。

「ネットワークカード vs. ネットワーキングカード」は、この時点で「ネットワークカード」に軍配が上がる。根拠は「ネットワークカード/ネットワーキングカード」を含む数パターンの検索語で検索してみたとき、ヒットの内容と件数から総合的に判断して、である。

総合的な判断とはどういうものなのか、という点は、「IT翻訳者の疑問」で提示された以下の疑問に対する回答を読んでもらえば分かるはずだと思う。

■Q&A

Google検索結果の件数というのは、「Googleが持っているキャッシュの中で、Googleの基準で数えた出現回数」ですよね。それを「日本語として通用するかどうか」の基準として使えるものかどうか。私自身は、参考にはしますが、クライアントに提出するコメントなどの公式の場では使用しません。「Googleが持っているキャッシュの中で、Googleの基準で数えた出現回数」でしかないから。

Googleのヒットというのはそういうもの。そのヒットにさまざまなことを組み合わせ、どう料理するかが翻訳者としての腕である。単純に多い・少ないで判断できるものではなく、総合的に判断する必要がある。しかも、その判断基準(何を組み合わせるべきなのか、なども含め)は、目の前にある言葉がどういうものであるのか、目の前の文書がどういう文書であるのかなどによって大きく変化する。画一的な判断基準などというものは存在しない。

簡単に判断できない、あるいは、判断できない場合があるからといって使わないというのであれば、辞書も使えない。辞書にもさまざまな訳語があり、目前の文脈でどういう意味に使われているのかを判断するには実力が必要。また、「権威ある辞書」と言われるものでさえも間違いはある。だから辞書もウェブも、鵜呑みにするのはバカ、使わないのは大バカ、と言われるのだ。

ちなみに、私は根拠を出せと言われれば、Google検索結果を出すこともある。ただ、単純にヒット件数だけで比べているわけではないので、細かく論拠を書いていくと、膨大な時間がかかる。それは面倒なので、ごくごくかいつまんで、くらいまでしか書かないことが多い。その程度ですませると、Googleのヒット件数だけでは判断できないという当たり前の反論をもらったりするので、それはまたそれで面倒なことになったりするのだが。

Googleの検索対象というのは、誰でも自由にアクセスできるWebページに限定されているので、プロが書いたものほどヒットしにくいということになります。「上から目線」という言葉をGoogle.co.jp で検索すると結果は約1,030,000件です。この数字をどうとらえるか。それだけ多くの人が使っているのねという感想しかありません。日本語として正しいかどうかを判断するには、件数よりも、だれが使っているかが問題でしょう。企業のサイトや出版物などの「プロが書いた文章」以外はあまり参考になりません。

「プロが書いた文章」を参考にしたほうがいいとは言える。「プロが書いた文章」での使用状況はある程度、重視すべきだと言ってもいい。ただし、プロというとき、何をもってプロと言うのかは調べる言葉によって変化する点に注意する必要がある。

上記と同じ流れで、我々、翻訳者に関係がもっと深い点として、翻訳によって作られたページは、「日本語への定着」「日本語としてどう使われているか」あるいは「正しい日本語」の参考には基本的にならない、ということを指摘しておきたい。

このあたりについては、あとでまた触れる。

少し脱線するが、「上から目線」は日本語として正しいとか正しくないとかを検討するような話題ではない。翻訳者にとっては、「上から目線」などの新しい表現をよく使う人々が対象なら、そういう表現を使ったほうがいいこともある、逆に、そういう表現を基本的に使わない人々が対象なら、別の表現を探してくるべき、という話であり、日本語として正しい・正しくないとは次元が異なる。たとえば、社内における人間関係の研修資料などであれば、きちんと確認して、使うのか使わないのかを判断すべき、というところか。100万件というヒット数は、考慮の対象にすべきというくらいには日本語として普及している可能性があると考えるべき数だと思う。

字面が同じでも意味が同じとは限らない。「ネットワークカード」のすべてがネットワークインターフェースカードを指しているとは限りません。「ネットワークカードゲーム」の「ネットワークカード」は違いますよね。

そのとおりであり、判断時、とうぜん、その点を考慮すべきである。Googleの3行表示を見てゆけば、どういう状況にあるのか、ある程度の判断ができるはずだ。私はそのために、Googleの検索結果表示を1ページ100件に設定している。総ヒット数にもよるが、10件や20件を見ただけでは判断しにくいからだ。

Google検索結果の件数=用例の数ではない。たとえば、"ネットワークカード"の検索結果は約180,000件ですが、"プレイステーションネットワークカード"の検索結果は約8,780件あります。"プレイステーションネットワークカード"という固有名詞は、何回出現しようが"ネットワークカード"の用例としては1件とカウントすべきでしょう。

これも、Googleの3行表示をざざっと眺めれば、だいたいの状況がわかる。

同じコンテンツがあちこちで引用されるとその分検索結果の件数が増える。"増田さんへ。私は久しぶりに激怒しました。"の検索結果は約11,700件もあります。

これも、Googleの3行表示をざざっと眺めれば、だいたいの状況がわかる。

用例が少なかったら「誤用」でしょうか? "ネットワーキングカード"の検索結果は約115件ありますが(8月25日現在)、私のブログは置いといて、itmedia.co.jpや japan.cnet.comやcisco.comやjp.sun.comやdocs.info.apple.comや msdn.microsoft.comやcomputerworld.jpやitpro.nikkeibp.co.jpなどのサイトで使用されています。他にも、書籍の見出しで使用されていますが、これらは「Googleの検索結果が圧倒的に少ないから誤用」でしょうか。これらのページのオーナーに「ネットワーキングカード」という日本語は日本語として通用しないから「ネットワークカード」に修正したほうがいいですよと言えますか? 私のような末端の翻訳者が言ったところで余計なお世話と言われるのでそんなことは言いませんが(カリスマ翻訳者のような人が言えばまた説得力も違うかもしれません)。

用例が少なかったら誤用、などと言えるはずがない。ヒット数の多寡だけが判断基準にならないのは当然であり、用例が少なかったら誤用というのはその言い換えに過ぎないのだから。

逆に、用例がひとつでもあれば使えると思ってしまう、迷ってしまうのも、ヒット数が多ければよしとするのと同じくらい重症の「Google病」である。

くり返しになるが、単純なヒット件数以外の方向からも検討を加え、何が正しく何が間違っているのか、あるいは、目前の原文に対する訳文としてどこまでの表現が使えてどこからは使うべきでないのかを判断することが、我々翻訳者に求められていることなのだ。

ここについては、少し詳しく検討を加えてみよう。

まずは書籍。「ネットワーキングカード 目次」で検索したときのヒットは5件。ただし、うち2件は書籍ではなく(1件はダウンロード不可で確認できていないがおそらく違う)、残り3件は同じ書籍の目次である。「ネットワーキングカード 書籍」で検索しても、ほかの書籍は見つけられない。これに対し、ネットワークカードが目次や書名に使われているケースがかなりの数、存在することはGoogleで確認できる。「ネットワークカード」のヒット数が多すぎて完全に絞りこむことは難しいが、とにかく、ネットワーキングカードよりもずっと多いことだけは確実である。

次に、挙げられているサイトについて。話の流れからして、「プロが書いた文章」である可能性が高いサイトとしてリストアップされたものだと思うが……リストアップされたサイトをチェックすると、「ネットワーキングカード」だけでなく、「ネットワークカード」も使われている。また、「ネットワーキングカード」が使われているページは、3行表示を見ただけでも翻訳らしいと思われるものが少なくない。

というわけで、上記サイトのそれぞれにおいて、「ネットワークカード」と「ネットワーキングカード」のヒット数を調べてみた。また、「ネットワーキングカード」については使用されているページが翻訳によるものかどうかもチェックしてみた。

サイト 「ネットワークカード」のヒット数 「ネットワーキングカード」のヒット数 翻訳/書き起こし
itmedia.co.jp 244 2 全部翻訳らしい
japan.cnet.com 58 2 全部翻訳
cisco.com 299 7 全部翻訳らしい
jp.sun.com 22 4 全部翻訳らしい
docs.info.apple.com 11 2 片方は翻訳、もう一方もたぶん翻訳
msdn.microsoft.com 120 1 全部翻訳
computerworld.jp 9 3 全部翻訳
itpro.nikkeibp.co.jp 238 1 全部翻訳

こうして見ると、これらのサイトにおいても、「ネットワーキングカード」ではなく「ネットワークカード」を選ぶべきだという結論になる可能性、大である。少なくとも、翻訳ではなくて「プロが書いた文章」に「ネットワーキングカード」は登場しないらしいことから、「ネットワーキングカード」のほうがいいかもしれないという考えの傍証にもならないことは確かだ。なお、断言しないのは、これらのサイトにおいても「ネットワークカード」が圧倒的に多かったが、こちらも大半が翻訳である可能性があり(並んでいるサイトを見ると否定しきれないものを感じる)、その確認までは面倒でしていないからである。

視点を少し変え、別の「プロが書いた文章」として、店舗における表示を見てみよう。もちろん、ウェブにおける通販サイトのことだ。こういう場合、私は「送料」を掛け合わせることが多い。「価格」だとパーツを買った人の日記などのヒットが増える可能性が高いからだ。

検索語 ヒット数
"ネットワーキングカード" 送料 7
"ネットワーキングカード" 価格 23
"ネットワークカード" 送料 29,000
"ネットワークカード" 価格 68,500

「ネットワーキングカード」は「ネットワークカード」の0.03%前後。圧倒的に「ネットワークカード」である。このパーツを買いたかったら、「ネットワーキングカード」を買いに行くのではなく、「ネットワークカード」を買いに行くべきだ。このパーツを売りたかったら、「ネットワーキングカード」として売るのではなく、「ネットワークカード」として売るべきだ。そうであるなら、翻訳においては、「ネットワーキングカード」ではなく「ネットワークカード」としておくべきだ、それが発注元にとってもメリットのある表記だと私は思う。それが分かった上で、ウチはネットワーキングカードで行くとクライアントが言うなら、もちろん、私もネットワーキングカードと表記するが。

もちろん、上記ヒットのなかには、パーツを買った素人が書いたものも含まれていれば、メーカーサイトなども含まれている。このヒット数がすべて物販サイトだと思っているわけでない。そのあたりの状況も3行表示をざざっと見ていけばすぐにわかる。そのような状況を勘案した上で、差が圧倒的であることは明らかなのだ。

通販サイトを書いているのはプロではないという意見もあるだろう。彼らは物販のプロであって、物書きのプロではないと。そのとおりではあるが、だから物販サイトにおける用例が参考にならないというなら、それは的はずれだと私は思う。「物書きのプロ」が書いたものしか基準に使えないのなら、メーカーサイトなどもどこまで「物書きのプロ」が書いたものか怪しいので除外すべきとなってしまう。また、「物書きのプロ」が、表記による内容の微妙な差違の有無を把握するほど、内容を必ず深く理解していると思うのも浅はかだ。「物書きのプロ」が書いたら信用できるのであれば、我々「翻訳のプロ」が訳したものは、全部、信用できる「はず」である。それが信用できないことは、翻訳のプロである我々自身が一番よく知っている。要するに、どこもピンキリなのだ。ニュースサイトもピンキリなら物販サイトもピンキリ。企業サイトもピンキリだし、もちろん、一般の人が書いたサイトもピンキリ。それを理解した上で、どう使うのかを考えるのが、我々、翻訳者の仕事なのだと私は思う。

■「ネットワークカード vs. ネットワーキングカード」についての結論

以上、「IT翻訳者の疑問」で挙げられたさまざまな疑問点について少し掘り下げて検討してみたが、日本語における使用状況という側面から、「ネットワークカード」ではなく「ネットワーキングカード」としたほうがいいと言える点はなかった。ニュースサイトでの使用など、条件ごとの比較でも差は圧倒的であり、ネットワークカードの使用例に対し1割、2割など無視するわけにもいかないレベルにさえ到達していない。

■表記修正について

「修正したほうがいいと言えるか」との問いかけがあるので、そちらにも回答しておこう。

"yes and no"である。ケースバイケース。

あくまで私の場合で他人がどうするかは知らないが、自分が関係していないサイトのオーナーに「修正したほうがいい」などと言うことはない。理由は、「ネットワーキングカードと書くことに問題がない」からではなく、それはおせっかいにすぎないから。

しかし、これらのサイトの見直しを頼まれたのなら、「修正したほうがいい」と言う。見直しではなくとも、これらのサイトのオーナーから翻訳の発注があり、その作業中にこれを発見したのであれば、「修正したほうがいい」と訳注に書いて提出する可能性はある。表記を統一すべき語句が不統一になっており、統一にあたってはネットワークカード側にそろえたほうがいい、と。クライアントとしては、過去に遡っての修正は大変なのでやらないだろうが、その後、どちらに統一すべきかを決めるといったきっかけにはなりうるだろう。ただまあ、正直なところ面倒なので、よほど思い入れのあるクライアントでなければそこまでせず、だまって「ネットワークカード」と訳して終わりにするわけだが。

■その他

同じものを表しているのに違う表記といえば「負荷分散」(Googleの検索結果約1,260,000件)と「ロードバランシング」(約38,800件)などの例が思い浮かびますが、このどちらかは「日本語として間違い」なんでしょうか。
load balancingの訳は「負荷分散」と「ロードバランシング」だけかと思ったら「ロードバランス」というのもあるんですね)。Googleでそのまま検索すると約84,700件あります。

詳しくは検討していないが、これは、どれかが間違いというほどどれかの用語が突出して普及しているわけではない、と判断すべき例である可能性、大だと思う。

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