« 専門用語と一般的な単語の訳 | トップページ | "or"→「と」 »

2008年9月26日 (金)

「and、or」と「と、か、や、も、……」

"and"と"or"の訳し方について、少し検討してみよう。

産業翻訳とライティング」に“「and」と「or」”というエントリーがあった。このエントリーがもともと意図した部分と違うことは分かった上で、これをネタに、文脈というものについて少し考えてみたい。

内容は以下のような話で、「たしかに」って感じである。

You can get some good authentic Mexican food in California and Texas.
You can get some good authentic Mexican food in California or Texas.

上記の2つは意味としてはどう違うのでしょうか。

前者は、一般的な話の場合に使われ、後者は具体的な話の場合に使われます。
これは、日本語でも同じようなことが言えると思います。

前者は、一般的な話として、「本格的なメキシコ料理は、カリフォルニア州『と』テキサス州で食べることができます。」という具合に使います。

後者は、より具体的な話で、例えば、「本格的なメキシコ料理を食べるにはどこへ行ったらいいかな?」という質問に対して、「本格的なメキシコ料理だったら、カリフォルニア州『か』テキサス州で食べることができるよ。」という具合に使います。

まず、(↓)の部分について、

You can get some good authentic Mexican food in California and Texas.
前者は、一般的な話として、「本格的なメキシコ料理は、カリフォルニア州『と』テキサス州で食べることができます。」という具合に使います。

●いろいろな料理について話をしていて、「(他がどうであれ)本格的なメキシコ料理は~」という文脈で語りたいなら、(↓)のようなパターンがあり得ると思う。

  1. 本格的なメキシコ料理は、カリフォルニア州とテキサス州で食べられます。
  2. 本格的なメキシコ料理は、カリフォルニア州やテキサス州で食べられます。
  3. 本格的なメキシコ料理なら、カリフォルニア州とテキサス州で食べられます。
  4. 本格的なメキシコ料理なら、カリフォルニア州やテキサス州で食べられます。

1のように「と」とすると若干、排他的なニュアンスが生まれ、「カリフォルニア州とテキサス州以外では食べられない」を言外ににおわせる表現になると感じる。
2、4のように「や」とすると、この2州以外で食べられるかどうかは、どちらも可能性がある中立的な表現になるかな。
1、2のように、「本格的なメキシコ料理『は』」「本格的なメキシコ料理」を主題として提示する中立的な文。これに対して3、4のように「本格的なメキシコ料理『なら』」というのは、「本格的な料理なんて、アメリカで食えるのか」といった話に対し、他の種類の料理は知らんが「本格的なメキシコ料理なら」と取り立てる感じになるか。

●メキシコ料理について話をしていて、まがい物が多いっていうような文脈で語られたなら……

  1. カリフォルニア州とテキサス州なら本格的なメキシコ料理が食べられます。
  2. カリフォルニア州やテキサス州なら本格的なメキシコ料理が食べられます。

あたりか。この場合も、「と」には排他的なニュアンスが入る。

あるいは、(↓)もあり。

  1. 本格的なメキシコ料理なら、カリフォルニア州とテキサス州で食べられます。
  2. 本格的なメキシコ料理なら、カリフォルニア州やテキサス州で食べられます。

どちらがいいかは、「本格的なメキシコ料理」と「場所」のどちらに焦点が当たっているか次第だろう(要するに文脈に依存する)。

●どこなら本格的な料理が食えるかって文脈で語られたなら……

  1. カリフォルニア州とテキサス州なら本格的なメキシコ料理が食べられます。
  2. カリフォルニア州やテキサス州なら本格的なメキシコ料理が食べられます。

あるいは

  1. (本格的な)メキシコ料理なら、カリフォルニア州とテキサス州で食べられます。
  2. (本格的な)メキシコ料理なら、カリフォルニア州やテキサス州で食べられます。

日本語なら、この場合、「本格的な」は言わないのが普通だろう。後ろの「で食べられます」も、「だね」としてしまうなど、「食べる」と言わないことが多い。

●いろいろな州について話しあっている局面なら……

  1. カリフォルニア州とテキサス州では本格的なメキシコ料理が食べられます。
  2. カリフォルニア州やテキサス州では本格的なメキシコ料理が食べられます。
  3. カリフォルニア州とテキサス州なら本格的なメキシコ料理が食べられます。
  4. カリフォルニア州やテキサス州なら本格的なメキシコ料理が食べられます。

やはり、「と」とすると排他的なニュアンスが生まれる。ニュートラルなのは「や」か。

●カリフォルニア州とテキサス州について話しあっている局面なら……

  1. カリフォルニア州とテキサス州は本格的なメキシコ料理が食べられます。

ただし、こういう文脈なら、わざわざ「カリフォルニア州とテキサス州は」と言うのは日本語としておかしい。「本格的なメキシコ料理が食べられる」という部分だけを表現するのが普通だろう。「カリフォルニア州とテキサス州は」と出すと、どうしても、他州との対比のニュアンスが紛れ込んでしまう(他州の話などしていないのに他州との対比のニュアンスが入るのは不自然)。どうしても2州の名前を出したいなら、(↓)のようにでもしたほうがいいだろう。

  1. カリフォルニア州もテキサス州も本格的なメキシコ料理が食べられます。

まだまださまざまな文脈が想定できそうな気がするが、あまりに長くなるので、このくらいで(↓)の部分に話を移すことにしよう。

You can get some good authentic Mexican food in California or Texas.
後者は、より具体的な話で、例えば、「本格的なメキシコ料理を食べるにはどこへ行ったらいいかな?」という質問に対して、「本格的なメキシコ料理だったら、カリフォルニア州『か』テキサス州で食べることができるよ。」という具合に使います。

  1. 本格的なメキシコ料理だったら、カリフォルニア州かテキサス州で食べることができるよ
  2. 本格的なメキシコ料理だったら、カリフォルニア州やテキサス州で食べることができるよ
  3. 本格的なメキシコ料理だったら、カリフォルニア州とテキサス州だよ

1だと、言外に、「どちらか分からないけどどちらかでは……」というニュアンスが生まれる。3だと排他的な感じがする。たぶん、上記のような意味合いの日本語としては、2が一番素直なのではないだろうか。

ただ、この日本語はもともと無理がある。上記のような質問に対する回答なら、(↓)などが一番適切だろう。

  1. カリフォルニア州かテキサス州だね。

前後にごちゃごちゃつけると「か」で結んだとき「どちらか分からないけどどちらかでは……」というニュアンスが紛れ込むので「や」のほうがベターだと思うが、こういう形で回答するなら、やはり、「か」が最適か。「と」も「や」もちょっと無理があるだろう。

ごちゃごちゃと書いてきたが、要するに、どこに焦点を当てるのかによって、日本語はいろいろに変化するということだ。また、英訳という面で考えるなら、「や」は"and"と"or"の両方に訳せる可能性があるので要注意ということ。

しっかり調べたわけではなく、自分の感覚というだけの話ではあるが……並列の表現として、英語は"and"と"or"が大半、あとは"as well as"などが使われる程度でバリエーションがそれほど多くないように感じる。これに対して日本語は、ここまでに出てきただけで「と」「か」「や」「も」くらいは頻出という感じである。そのほか、(↓)のように「だの」もある。

本格的なメキシコ料理が食べられるところなら、カフォルニア州だのテキサス州だのがありますよ。

こういう表現をする日本語は、「並立助詞」というらしい(今回、辞書を引いて知った言葉^^;)。大辞林で「並立助詞」を引いてみると、(↓)と書いてあった。

口語では「と」「に」「か」「や」「やら」「の」「だの」など,文語では「や」「の」「なら」などがある。

そのほか、既出の「も」のほか、スタイルガイドなどで指定されることもある「および」「または」「あるいは」などもある。「ならびに」「もしくは」「それに」「ないし」など、まだまだいくらでも出てきそうだ。くだけた口語表現もあるので産業翻訳の主体である「文書」の訳に使えない表現も多いが、"and"は「と」、"or"は「か」などと固定的に訳すのが安直にすぎることはわかるはずだ。

最後に、「たかが辞書。信じるはバカ、引かぬは大バカ」なので、辞書の記載も紹介しておこう。定番の大辞典3つと、翻訳者でもある海野さんご夫婦が編纂されているビジネス技術実用大辞典(通称、海野さんの辞書)を並べてみる。もちろん、大辞典にはもっと多くの語義と用例が並んでおり、ここに取りあげなかった中にも今回の話と関係がある興味深いものがあったりする。また、海野さんの辞書は、大辞典で別立て項目となっているものも含まれている。

◆"and"
ランダムハウス
【1】*語・句・節を対等に結んで*…と[や,に]…,…も…も,…および…
リーダーズ
[語・句・節を対等につなぐのが原則]
1a …と…, …および…, かつ, また.
ジーニアス英和大辞典
[並列的に語・句・節を結んで]
[並置] そして, および;…と…, …や…
ビジネス技術実用大辞典(海野さんの辞書)
~と~, ~や~, ~兼~, および, ならびに, また, ~に加えて, 同時に, さらに, そのうえ, そして, それから, そうすると; ~付きの

◆"or"
ランダムハウス
*2個以上の選択すべき語・句・節を連結して
(1)*肯定文・疑問文で*…か…,…または…,あるいは…
(7)*否定文で*…も…もない.
リーダーズ
または, あるいは, もしくは, …か…か.
ジーニアス英和大辞典
1[選択][A or B] AまたはB, AあるいはB, AかB
2[否定語の後で] …でも…でも(ない)
ビジネス技術実用大辞典(海野さんの辞書)
conj. ~か~, ~または~, ~あるいは~, ~もしくは~; ~にしろ~にしろ, ~につけ~につけ; すなわち, 言いかえれば; さもないと, さもなければ

|

« 専門用語と一般的な単語の訳 | トップページ | "or"→「と」 »

翻訳-具体的な訳し方など」カテゴリの記事

コメント

==================
You can get some good authentic Mexican food in California and Texas.
You can get some good authentic Mexican food in California or Texas.
==================
のちがいって、前者はCalifornia and Texasが分解不能、後者は、You can get some good authentic Mexican food in California, and you can also get some good authentic Mexican food in Californiaあるいは、You can get some good authentic Mexican food in California, or you can get some good authentic Mexican food in Californiaというふうに分解可能という点。なので、訳としては、前者は、「や」「と」などで助辞で結んでしまうのが第一候補、後者は、「~でも~でも」というふうに分けて並列構造にするのが第一候補というふうに単純に思っていたのですが。

投稿: Sakino | 2008年9月29日 (月) 22時28分

あれ?……あ、「も」、書き忘れた(^^;)

提示されていた日本語に思いっきり引きずられてしまったようです。

投稿: Buckeye | 2008年9月30日 (火) 05時47分

「~でも~でも」は、日本語にもってくるときの副詞的処理の一例ということになるものと思います。

投稿: Sakino | 2008年10月 1日 (水) 13時10分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「and、or」と「と、か、や、も、……」:

« 専門用語と一般的な単語の訳 | トップページ | "or"→「と」 »