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2008年7月22日 (火)

UV吸収剤を配合したコンタクトレンズは、UV吸収サングラスの代わりにはなりません

先日、コンタクトレンズをアキュビューに変えた。そのときもらった四つ折りパンフレットを何気なく見たとき、あれっと思ったのが、題名にも書いた次の1文。

UV吸収剤を配合したコンタクトレンズは、UV吸収サングラスの代わりにはなりません。

この日本語、厳しく見れば少しおかしいと思う。もちろん言いたいことは十分にわかる。でも、いじわるに読めばおかしい。(「原文は親切に読む。訳文はいじわるに読む。」)

アキュビューを作っているジョンソン・エンド・ジョンソンは外資系でもあるし、これはもしかすると翻訳? だとすれば、「誤訳とは?」で書いたように考えるなら、誤訳となる可能性がほんのわずかだがある訳文、かつ、1%かもしれないが、誤訳となる可能性を引き下げることができる訳文なのかもしれない。

たぶん、ウェブ上にも同じ文言があるはずだと思ったら、やはりあった(↓)。
http://acuvue.jnj.co.jp/product/1day/index.htm

これに対応するアメリカ、Johnson & Johnson Vision Care, Inc.のページを探してみた。以下のURLに、以下のように書いてあった。
http://www.acuvue.com/1day_acuvue.htm

**(**は、本文中の"UV-Blocking"を参照している) Helps protect against transmission of harmful UV radiation to the cornea and into the eye. WARNING: UV-absorbing contact lenses are NOT substitutes for protective UV-absorbing eyewear such as UV-absorbing goggles or sunglasses because they do not completely cover the eye and surrounding area. You should continue to use UV-absorbing eyewear as directed. NOTE: Long term exposure to UV radiation is one of the risk factors associated with cataracts. Exposure is based on a number of factors such as environmental conditions (altitude, geography, cloud cover) and personal factors (extent and nature of outdoor activities). UV-Blocking contact lenses help provide protection against harmful UV radiation. However, clinical studies have not been done to demonstrate that wearing UV-Blocking contact lenses reduces the risk of developing cataracts or other eye disorders. Consult your eye care practitioner for more information.

英語でこれだけごちゃごちゃと書いてあるもののうち、"UV-absorbing contact lenses are NOT substitutes for protective UV-absorbing eyewear such as UV-absorbing goggles or sunglasses because they do not completely cover the eye and surrounding area."から理由の部分をのぞいた前半、"UV-absorbing contact lenses are NOT substitutes for protective UV-absorbing eyewear such as UV-absorbing goggles or sunglasses"のみが日本語側では書かれていることになる。

ここまで短くされたものについて、どの段階で訳したのかもわからずにどうこう言うのはどうかとも思うが……翻訳において参考とすべきポイントは生きていると思うので、私はこう考えるということを書いてみたい。

原文と訳文を並べてみる。

UV-absorbing contact lenses are NOT substitutes for protective UV-absorbing eyewear such as UV-absorbing goggles or sunglasses.

UV吸収剤を配合したコンタクトレンズは、UV吸収サングラスの代わりにはなりません。

まず原文の英語を見てみよう。

"UV-absorbing contact lenses are NOT substitutes for protective UV-absorbing eyewear such as UV-absorbing goggles or sunglasses"は事実を記述したものなので特に問題はないだろう。

これに対する訳文として、英語と日本語の対応を考えるかぎり、「UV吸収剤を配合したコンタクトレンズは、UV吸収サングラスの代わりにはなりません」は悪くない。一般的には素直な訳と言われてもおかしくないかと思う(ゴーグルがなくなってるなどは、横に置いておく)。文法的・語法的にもおかしな日本語ではなく、ごく普通だろう。

では、「UV吸収剤を配合したコンタクトレンズは、UV吸収サングラスの代わりにはなりません」のよくない点はなんなのか。

いじわるに読むと「じゃあ、UV吸収サングラスの代わりになるコンタクトレンズ、ください」と言いたくなるからだ。コンタクトレンズについている「は」を「限定の『は』」だと解釈すれば(「UV吸収剤を配合した」という限定があることもあり、「限定の『は』」と思ってもまったくおかしくない)、言外に、「UV吸収サングラスの代わりになる何かが存在する」という意味が生まれてしまう。「何か」は、言葉だけから考えれば、UV吸収剤を配合していないコンタクトレンズとなるはずだし、「UV吸収剤を配合せず、~をしたコンタクトレンズならUV吸収サングラスの代わりにはなる」という可能性がないとは言いきれない。

ほとんど難癖だと思うかもしれない。私もそう思う。でも、難癖であろうがなかろうが、読者がそう読んだら誤訳、というが私の基本姿勢である(「誤訳とは?」)。それを回避できる方法がない、あるいは無理矢理回避するとかえってバランスが悪くなるなら、難癖といえる誤読は無視するという道を取る。それなら最初から無視しても同じ……ではない。それはあくまで結果であり、過程としては、この誤読をなくせる道がないか、ひととおりチェックすべきだというのが、「訳文はいじわるに読む」である。

これを避けるためには、(↓)を、どう書き換えたらいいだろう。

UV吸収剤を配合したコンタクトレンズは、UV吸収サングラスの代わりにはなりません

「ない」が全体を否定するようにする手がひとつ。

  • UV吸収剤を配合したコンタクトレンズがUV吸収サングラスの代わりになることはありません

英語の意図は一応、間違いなく日本語で再現されているし、英語と日本語の対応という側面でも過不足のない訳文だと言える。でもこれは、日本語によくある「最後のどんでん返し」であり、警告の文章としてはあまりよくない。途中までで早とちりをされるとアウトだから。つまり、これまたいじわるに読むと誤訳になってしまう率が高くなるというわけ。

ではどうするか。原文の構造を離れて文を組みたてる。つまり、限定のない「コンタクトレンズ」を中心に持ってくる手がある。

  • コンタクトレンズは、UV吸収剤を配合してもUV吸収サングラスの代わりにはなりません
  • UV吸収剤を配合しても、コンタクトレンズはUV吸収サングラスの代わりにはなりません

こうすれば、異なる意味に解釈されるおそれは減るはずだ。構造的には原文と訳文で対応が取れないが、訳語レベルなら対応も過不足なくとれている。

さらに踏みこむなら、(↓)とする手もある。

  • コンタクトレンズはUV吸収サングラスの代わりになりません

「UV吸収剤を配合してもダメ」なら「しなきゃ当然にダメ」であり、英語側の説明を読むかぎり「他にどういう手を尽くしてもダメ」なのだから、いらない限定をつけて読者を惑わすより、ポイントのみを提示したほうがいいと考えればこうなる。特に、この部分だけを出す場合には、一目で全体が読み取れるほうが警告としての性能があがるはずだ。

もっとも、ここは原文の英語についても同じことが言える。英語の構造を作るためにだけ必要という理由で書かれているわけではない単語、つまりは内容的に必要だ、少なくともそれを言いたいと筆者が思ったから書いたであろう情報を落としていいのか。その辺りも、仕事で訳文を作る際には検討すべきことだろう。

筆者には、「UV吸収剤を配合したらコンタクトをUV吸収サングラスの代わりにできると思うかもしれないが……」というような気持ちがあったのではないか?

訳文を使うときのことを考えればベストな形は「UV吸収剤を配合」の部分をなくすことだと考え、踏みこんだ訳とするのも、クライアントとの関係次第で(十分な信頼関係があるなら)アリだと私は思う。もちろん、前述のような理由で原文に書かれている情報なのだから訳文にも書くというのもひとつの考え方である。入れて間違いではないのだし、訳抜けだと言われたらめんどくさいから入れておくというのも、現実的な選択としてはアリだろう。翻訳者の対応としては、(この部分を削除するという検討をすること自体、珍しいと思うが、仮に検討しても)最後のパターンが一般的だろう。

なお、さきほど「ここまで短くされたものについて、どの段階で訳したのかもわからずにどうこう言うのはどうかとも思うが」と書いたのは、「UV吸収剤を配合したコンタクトレンズは、UV吸収サングラスの代わりにはなりません」という元の訳であっても、その理由である"because they do not completely cover the eye and surrounding area"の訳がつけば誤読される可能性ががくんと落ちるからだ。

原文は親切に読む。訳文はいじわるに読む」で書いた(↓)が効くとも言えるだろう。

また、文章ひとつの意味が多少ブレたり原文とズレたりしても、前後の文で修正なり意味解釈の幅を狭めるなりしてやれば、誤解・誤読される危険性がさらに小さくなる(=誤訳となる危険性が低くなる)

もっとも、その場合でも、「UV吸収剤を配合しても、コンタクトレンズはUV吸収サングラスの代わりにはなりません」あるいは「コンタクトレンズはUV吸収サングラスの代わりにはなりません」としたほうがベターであることには変わりがない。代わりにならない理由があくまでコンタクトレンズの物理的サイズに起因することなので、「UV吸収剤を配合したコンタクトレンズは」とすると現象とその理由とがねじれの関係になってしまうからだ。

ごちゃごちゃ書かれている後ろの部分もセットで私が訳したら、たぶんここは「UV吸収剤を配合しても、コンタクトレンズはUV吸収サングラスの代わりにはなりません」とするだろう。理由の後ろに続く"You should continue to use UV-absorbing eyewear as directed."へつなぐ布石として、「コンタクトにUV吸収剤が配合されている」という点を出しておいたほうがいいと思うからだ。

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コメント

substituteの部分を、「代わりになる・ならない」という属性として訳出してしまっているから(substituteが持っている、代わりに用いるといった「用いる」のニュアンスが消えてしまっているから)、じゃぁ、何なら代わりになるんだろうという疑問が浮かんできてしまうわけで、本来substituteが持っている、代用(品)のニュアンスを尊重して、「~を、~の代わりに用いることはできません」としておけばいいのでは、と思ったのですが。

参考:WordNet2.0
--------------------------------------------------------------------
n 1: a person or thing that takes or can take the place of another
--------------------------------------------------------------------

この場合は、別に、《とりたての「は」》を用いて、「「~は、~の代わりに用いることはできません」でも大丈夫なんだろうと思いました。

投稿: Sakino | 2008年7月22日 (火) 18時05分

Sakinoさん、

うわ、それ、言えてますね。日本語があったもので、そっちに思いっきり引っぱられたようです。

こういう経験をすると、後工程で文脈調整をすればいいっていう話を聞いても「自分には無理だろうな」と思ってしまいます。

投稿: Buckeye | 2008年7月22日 (火) 18時30分

Buckeyeさんのブログに初めて参加させていただきます、スプラウトです。
これ、いろんなことを考えさせられる面白い例文ですね。ありがちな訳文だし。また、いくら機械翻訳や翻訳メモリが進化してもhuman memoryのsubstituteとはなり得ない良い証拠でもあるかと!

"substitute"はニュアンスを伝えにくい、訳しにくい言葉だと常々感じています。今回の原文の場合にはおそらく、英文らしく後にくどくどと理屈が書かれているように、UV吸収コンタクトレンズのUV吸収効果はまだ臨床試験で実証されてはいません、という意味合いも暗に込められているのではないでしょうか(やはり、後に続く説明が端折られてしまったのがこの翻訳文の最大の悲劇ですね…(; ;))。

投稿: スプラウト | 2008年7月31日 (木) 21時13分

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