スキルダウンは速く、スキルアップは遅い
スキルアップは薄紙を重ねて塔を作るようなものだと私は思う(『勝ち残る翻訳者-高低二極分化する翻訳マーケットの中で』)。仕事をしながら毎日、毎日、薄い紙を積み上げて行くという感覚だ。1日の終わりに塔が高くなった実感など得られるはずがない。でも高くなったはずと思って毎日を過ごすしかない。実感がないからとつい立ち止まれば、下りのエスカレーターでどんどん落ちてしまうのだから。
スキルダウンのスピードは速い。驚くほど速い。また、スキルダウンに気づいて回復しようとした場合、下降した時間よりも長い時間を必要とすることが多い。
これが私の実感なのだが、データがなく、感覚的な話にしかならないのが困ったものだと思っていた。しかし先日、データのようなものを手に入れた。
千住真理子さんというバイオリニストがおられる。クラシックになんて興味がなくても知ってる人が多いだろう(私もその一人)。
千住さんは、子どものころから18年間、毎日、バイオリンの練習をしたそうだ。バイオリンのない生活など考えられないという日々。あちこちのコンクールで優秀な成績を収め、天才などと騒がれた。ところがあるとき、そのバイオリンを捨てることにしたという。いろいろと大変だったらしい。2年後、とあることをきっかけにバイオリンを再開。2年のブランクなら、倍の4年で元に戻るだろうと思ったそうだ。そして、練習して練習して……結局、元に戻ったと本人が感じるまで7年もの年月がかかったという。
2年分のスキルダウンを回復するのに3倍以上の7年もかかったという話にも驚いたが、それほどの期間、元に戻れない自分に耐えて練習を続けた精神力もすごいと思う。できていたことができないというのは苦しいものだ。その苦しみに耐えて7年も練習を続けるなんて、凡人にはできないだろうと思う。
少なくとも自分にはできないと思う。だから、スキルダウンしそうなことには手を出さない。苦しい思いはしたくないから。
ツールが大好きで自作までしているくせに機械翻訳ソフトや翻訳メモリを使うことには強く反対していたりするが、その理由はこんなところにある。
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コメント
スキルアップを速くする方法
単独で翻訳をやっていると確かにスキルアップは遅いですね。
それは、翻訳した文章に対して、お客さんから有益なフィードバックを得られないからです。フィードバックがあったとしても、翻訳のスキル向上に役立つようなアドバイスは少なく、「訳漏れがあった」とか「数字が間違っている」というようなケアレスミスの指摘ばかりです。
スキルアップを速くする方法は、単独で仕事をするフリーランスの翻訳からチームワークの翻訳に移行することだとつくづく最近思います。翻訳のスキルを向上したいと思っている同士が、ああだこうだと議論しながらお互いの翻訳をチェックし合うと、本当に毎日得られるものが多いです。なんとなく理解していたことも相手にきちんと説明できなければいけないわけですから、すべて明確になって整理されていきます。スキルアップを目指すならば、同じ目的を持った人達と仕事するのが速いと思います。
投稿: arturo_tak | 2008年6月21日 (土) 22時38分
そうですね。おっしゃるとおりだと思います。
ベストな形はチームワークの翻訳かもしれません。ただ、一般翻訳だと、チームでやるほどの量でもなく、仕事分野と翻訳者の分野を考えると、チームによるチェック態勢というのも現実には難しそうな気がします。
私の場合は、翻訳フォーラムで他の翻訳者といろいろな議論をしたおかげで、多くのことを短期間に学ぶことができました。仕事の全部ではありませんが、要所要所を一緒にやったようなイメージだったと思います。そういう経験があるので、がんがんに議論できる場所として翻訳フォーラムを残しておきたいと思い、もう10年以上も運営を続けているわけです。ほかにもそういう場所が次々生まれているなら、もう、閉じてもいいのですが、残念ながら、そういう議論ができる場所というのはあまりないように思います。
投稿: Buckeye | 2008年6月22日 (日) 09時07分
翻訳フォーラムですか。ごめんなさい。存じませんでした。
後ほど立ち寄らせていただきます。
がんがん議論できるフォーラムがあれば、いいですね。
投稿: arturo_tak | 2008年6月22日 (日) 10時32分